So-net無料ブログ作成
検索選択

死刑の現場を描いた「休暇」という映画(嫌な気持になりたくない人は読まないで下さい) [刑事事件]

死刑は抽象的に行われるのではなく、
実際に執行する人がいます。
大変なお仕事だと思います。

その現場を描いた映画について、
今日は書きました。

死刑に反対する人も賛成する人も、
死刑が何かわからないで、
賛成も反対もないと思うからです。

この記事は、下に行けばいくほど、
凄惨な内容が記載されています。

このことを、再度ご注意申し上げます。
ご自分のご判断で読み進めてください。

何も今日読まなくても良いかもしれません。
でも、死刑判決を受けた少年が、
控訴をせずに判決を受け入れるようなので、
書かずにはいられなくなってしまいました。


++++++++++++++++++



昨年、弁護士会で、死刑を考えるシンポジウムということで、
休暇」という映画を上映しました。

吉村昭原作の短編小説「休暇」を映画化したものです。
原作は中公文庫「蛍」、全集等に収録されています。
図書館では、自選作品集15が探しやすいでしょう。

話の筋は、
小林薫演ずる、青年と言うにはとうが立ち始めた刑務所職員が、
大塚寧々演じる子持ちのバツイチ女性と
見合いで結婚することになったのだけれど、
その子供との接し方に不安があり、
新婚旅行に出かけて、なじんでいきたいと思うのです。
家族になるための時間が欲しいと考えました。
しかし、年次有給休暇は、
母親の死亡に伴う相続手続きで使い果たしてしまっているので、
旅行をするには、休みが取れない。

そこで、死刑の執行を行うことによって、
1週間の休暇をもらえるので、
折から執行が決まった死刑に、
立ち会いを名乗りでる。

上司や同僚の非難の目の中、
執行に立ち会い、
結婚式を挙げて新婚旅行に出かけるのですが、
自分が幸せを築いていく新婚旅行が、
自分が立ち会った一人の死にゆく姿と重なり合い、
そして・・・・
という吉村昭の短編独特の切り上げ方で終わるわけです。

映画の場合、
秀逸なのは、死刑執行予定者を演じる西島秀俊です。

もちろん、主役の小林薫もその苦悩の切実さが、
単に刑務官の苦悩にとどまらず、
職場と家庭、男と女という普遍的なテーマを感じさせる
味わいのある演技力が感じられるし、

男が、もろもろの犠牲、自分さえも犠牲にしても
獲得したい、守りたい対象である
家族、女性という対象を
大塚寧々が説得力を持って演じている
という見所が多数あるのですが、

やはり一番の見どころは、西島秀俊の死にゆく人でしょう。
自分が死刑執行の判決を受けて、
静かな深い絶望感と、
生物であれば必ず持つ一縷の希望
この微妙な、しかも不安定な精神的バランスの上で、
死刑執行予定者として生活を送るシーン、
この役者さんは、見事に演じきっているように思います。

みればすんなりわかるという話ではないので、
なかなか難解なシーンと受け止められると思います。

昔は、死刑執行は何日か前に告げられて、
会いたい人にあえたり、
食べたいものを食べるくらいの希望がかなえられて、
執行されたそうです。

今は執行する日の朝に突然告げられるそうです。
但し、この辺の事情も、公的には明らかにはされていません。

死刑予定者は、
毎朝、今日は生きているけれど、
明日はどうなるかわからないという生活を送っているようです。

それでも、
映画の西島秀俊演じる死刑予定者は、
絵を描くのを楽しみにし、
カレンダーや本の風景をスケッチしています。

看守の結婚を知らされて、
看守と妻の似顔絵を描いてプレゼントしたりします。
その妻の顔は想像で描くのですが、
唯一人面会に来る妹の顔ににています。

本人だけがわからないで、
死刑執行の日が決まり、近づいていきます。
本人は、至極当たり前に、
風邪をひかないように運動、日光浴程度ですがをしたり、
腹が減れば、食事をするわけです。
生の営みをするのですが、
これは、その日を生きるために行うのではなく、
寿命をまっとうするための、
生きていくための営みであることに気づかされます。

生きているんです。

死刑執行の日、
房から出され、刑場へ連行されます。
もちろん抵抗はできません。

国家権力によって強制的に執行されるのですが、
具体的には、職員の方が
本人を力づくで殺すわけです。

西島秀俊演じる死刑執行を受ける在監者は、
あまり抵抗をせずに、刑場に向かいますが、
いつもと違う場所に連れて行かれるわけですから、
気がついて抵抗する人も当然いるわけです。
引きずって、力づくで形状に連れて行くのでしょうが、
この辺の情報も、公的にされていません。

死刑の執行は、
太政官布告によって、首をつって行うことに決まっています。
江戸時代だか明治時代だか、
どちらでもいいようなくらい古い法令です。

実際は、2階部分のところで、首を縄にかけ、
床が空いて、1階に落ちる時に、
首が閉まる仕掛けになっているようで、
この刑場の構造については、
千葉景子元法務大臣が、公のものとしました。

もっとも、首がしまって死ぬよりも、
落ちるときに首の骨が折れることが
直接の死因になるようです。
この音については、
原作では、ずいぶん取り上げられているのですが、
映画では、あまり印象に残りませんでした。

小林薫演じる刑務官は、
同僚と二人で、1階部分で、待ち構え、
激しく揺れる、死にゆく体を支える
という役です。

西島秀俊が、
執行直前の、宗教家の話を聞いたり、
手紙を書こうとしてなかなか書けない様子や、
最後に水を飲むことを要求するのだけれど、
なかなか飲めない状態が、
物凄く、文字通り物凄いとしか言いようがない。

だから、最後に、頭に袋をかけられるシーンの
絶望的な恐怖というのが、
強烈に観衆に伝わってくるのです。

下の様子も、
もう一人の同僚は腰が抜けてしまい
支えることはできず、
小林薫演じる刑務官が必死に支えます。

但し、本当はあるはずの、
死後の人間の体の反応については、
さすがに省略されています。
現場の方からすれば、
本当のご苦労は、ここからだと言われるかもしれません。

刑場に連れてくるのも結局は力づくですし、
最後の説教を聞かせているときも、
力づくで抑えているということもあるのでしょう。
もちろん、縄のところまで連れて行ったり、
縄をかけるのも、
大暴れする人もいるのでしょうから、
力づくで行われるのでしょう。
まさか麻酔で眠らせて執行していないとは思いますが。

国家権力と言っても、
誰かが、職員の方が、
力づくで行っているわけです。

下で汚物にまみれながら支えている人がいるわけです。
すぐにふろには入れるのだそうですが、
いつまでも匂いが取れないそうです。

その直前まで、生の営みをしていた人の
体温が次第に失われていくまさにそれを感じている
そういう仕事をする人が現実にいるわけです。

それが仕事ならしょうが無いと
私は言えません。

今日お話ししたかったのは以上です。
だからなんだということをお話ししようという気持ちは
初めからありません。
ここまでをお話ししようとして書き始めています。

あえて付け加えれば、
この映画をもう一度見ようという気は、
今のところありませんし、
家族に見せたいという気持ちもありません。

できることなら、それで済むなら、
みないでほしいとすら思うのが本音です。

nice!(1)  コメント(2)  トラックバック(0) 

nice! 1

コメント 2

フリ

刑務所ではなく拘置所です。
by フリ (2017-05-19 18:51) 

ドイホー

あっ[exclamation]ご指摘ありがとうございました。本日何ヵ所か訂正いたしました。
by ドイホー (2017-05-21 08:04) 

コメントを書く

お名前:[必須]
URL:[必須]
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

トラックバック 0

メッセージを送る