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黒石市よされ写真コンテスト市長賞内定作品(被写体故葛西りまさん)を絶賛する。web東奥さんより [自死(自殺)・不明死、葛藤]

昨日のテレビニュースで、
黒石よされ写真コンテストで市長賞(大賞)に内定していた作品が
被写体のご遺族の承諾を得たにもかかわらず、
被写体が、その10日後に自死された葛西りまさんだったということで
対象を取り消されたと報道していました。
それを聞いて思わず憤ってしまい、
怒りに任せてフェイスブックに投稿したら、
かつてないたくさんの反応がありました。
コメントを求められたということもあり、
今回は、この件についてお話ししたいと思います。

しかし、大方の期待を裏切る形でのコメントとなります。

WEB東奥に掲載された写真ですが、
ご遺族の貴重なコメントも掲載されていて
東奥の記者、編集者に心より敬意と感謝を申し上げます。

東奥.jpg

<作品についての私の感想>
私は写真は素人ですが、素人目に見ても
お祭りのはじけた華やかさが良く表現されていると思います。

農耕民族にとっての祭りは、
夏の暑い日々の中、水不足等の過酷な自然環境から
必死になって稲を守り続ける日々だったと思います。
収穫を迎え、辛い肉体労働から解放され、
翌年の農耕が始まるまで、活動を停止しなければならない
冬の日々が始まる、その前の一瞬
すべての仲間たちが、一年の苦労を忘れ
未来に向けてはじけ飛ぶ一日だったと思います。
恩讐もわだかまりも今日だけは水に流して、
みんなが笑顔で許しあい、たたえ合う
そんな人間の生きている意味を感じさせた一瞬
それがお祭り、ハレの日の意味だと思います。

どうですか、この写真
おそらく部分ですし、修正があるのですが、
少女の笑顔が、まさにハレの日の良い表情だと
私は思います。
動きのある姿勢と背景の大輪のごとく開いた
傘の朱の色が燃え上がるような命を表している
背景の濃い緑の中に、
ハレの日が浮かび上がって躍動している
黒石よされにふさわしい一枚になっていると思います。

同時に、この笑顔の持つ意味を
見るものは感じ取ると思います。
このような笑顔ができるということは、
この少女が生まれてからこれまで
たくさんのハレの日を経験したことでしょう。

生まれてきたとき、
初めて歩いた時、
初めて親を呼んだ時
幼稚園や小学校に上がったとき、
いくつもの、両親や周囲の
自分に向けられた笑顔が
少女の笑顔を形作ってきたのだと思います。

この衣装を用意し、
少女を送り出した親御さんの
暖かいまなざしも見えてくるような気がします。

<被写体が葛西りまさんであることは作品にどのように影響するか>

もし、市長賞の内定が取り消されなければ、
この子がその10日後に自死したとは
想像すらできなかったでしょう。

親御さん方には市長賞として展示されることの
許可もとっていたというのです。
先ず、ご遺族をはじめとするりまさんの死を悼む人たちを
不快に思わせるということはなかったでしょう。

加害者、あるいは傍観者
に対する配慮は必要でしょうか。
りまさんはいじめもあったことから自死しました。
加害者の関係者の方々が罰せられるか否かはともかく、
いじめをしているときは、被害者の人格、
被害者にも家族がいて、友達がいてということを
意識することができなくなっています。

どうか、この写真を見て、
いじめという意味について考えてもらいたいと思います。
取り返しがつかないということの意味と同時に、
自分たちにしかできないことがあるということを
考えてほしいと思います。

どんなに加害者に支持的に考えたとしても
加害者の存在によって、被害者の在りし日の写真を
公的な力で、日の当たらない場所に
おかなければならない理由にはならないと思います。

では、被害者でも加害者でも、傍観者でもない人たちにとって
この写真を公表しないことの理由があるのでしょうか。

これが、たとえば
被写体が交通事故で死亡した人だったらどうでしょう。
急な病で亡くなった方ならどうでしょうか。
震災で被災して亡くなった方ならどうでしょうか。
戦争で亡くなった女子学生だったらどうでしょうか。

やはり、遺族から承諾を受けてもなお、
大賞は渡せないということになるのでしょうか。
私はそうはならないと思います。

そこには、自死にさわらないという
差別があったと感じてしまいます。

ただ、私もこの写真に気づかされたことがたくさんあります。
web東奥のタイトルが、
「かわいそうなだけの子ではない。」というものでした。
とても良いタイトルだと思います。

そうなんだ。

過酷な状況について調べ上げるのが弁護士の仕事なので、
当たり前のことを忘れてしまいがちになります。
自死者も、生まれたときからずうっと苦しんでいたわけではなく、
りまさんのように、
ハレの日も、温かい心を感じた日も
生きていることに喜びを感じた日も
当然あったわけです。
この写真を見ると、人一倍幸せな日を体験されてきたことでしょう。

ただかわいそうな子ではない。
素晴らしいタイトルです。

みんな、誰かから尊重されて、大事にされて
生まれ育つわけです。
かけがえのない家族や友達、恩師らに囲まれて
成長しているわけです。

それもこれも、ご両親が名前と映像を公表し、
それを東奥日報が適切な取材をもとに記事にしたことで
私も改めて気が付いた気がします。

ご両親と東奥日報に最大限の賛辞を送りたいと思います。



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コメント 2

のり

「弘前よされ」ではなく、「黒石よされ」ですね。(^。^;)
by のり (2016-10-19 19:33) 

ドイホー

ありがとうございます。ごっそり直しました。
by ドイホー (2016-10-20 15:38) 

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