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自殺対策基本法が、子どもの自殺対策で、子どもに対処させることを求めることに対する疑問 [自死(自殺)・不明死、葛藤]

自殺対策基本法は、改正されて、
17条で、心の健康保持に関する養育及び啓発の推進
が掲げられた。

3項前半の人間として尊重しあういう意識を持たせる
ということは、総論として賛成であるが、
後半の「困難な事態、強い心理的負担を受けた場合等における対処の仕方を身に付ける等のための教育又は啓発その他当該学校に在籍する児童、生徒等の心の健康の保持に係る教育又は啓発を行うよう努めるものとする。 」
という点については、問題があると思う。

困難な事態、強い心理的負担を受けた場合にそなえて、
子どもが対処の方法を予め身につけておく
というそんな教育があると思っているのだろうか?
ぜひ具体例を教えてもらいたい。
大人だって無理なことだ。

子どもの自死対策で大事なことはそれなのか?

私は、子どもの自殺対策で最も大事なことは、
子どもが追い込まれない環境を大人が整備するということ、
子どもが困難な事態や強い心理的負担を受けないようにする
環境整備だと思っている。

そして、子どもがそのような事態に直面してしまったら、
大人がいち早く気が付き、
子どもを孤立させないで大事にかばうことだと思う。

要するに、子どもの自死対策は
大人の問題なのである。

ある新聞の今日の社説で、
子どもに援助の求め方を教えるべきだと言い、
子どもが大人に援助を求めないのは、
心が弱いと思われるのが嫌だからだなどといっている。
だから、子どもの考え方を変えさせるための教育が必要だというのである。


(その社説は、自殺対策基本法の改正には何も触れていなかった。
白書を引用しているだけなので、法改正を知らなかったのかもしれない)

法律を作った国も、白書の論者も、新聞も
子どもがなぜ大人に助けを求めないかを
少しでよいから考えてほしい。

他の動物と異なり人間の子どもというのは、
群れの大人に依存して生きている。
困難なことがあれば、大人に助けを求める動物なのである。
それが助けを求めなくなったとしたら
明確な理由があるはずだ。

この理由は、誰でも少し考えればわかることだ。
つまり、
助けを求めても大人は助けてくれない
さらに、助けを求めると、大人はぎゃくに自分を攻撃する
ということを学習しているからだ。

せめて辛さに共感してくれたり、
逃げ場所を提供してくれれば大人に逃げ込むだろうが、
それすら拒否されることを学習してしまっている。

これ以上傷つくことを避けるために
助けを求めることをしない。

助けの求め方を教えても
身近に助けを求めるに値する大人がいないのだ。

だからかもしれないが、その新聞は、
信頼できる大人や機関を見つけることが
第一であるようなことを書いている。

やれやれだ。
おきまりの、心の専門家に心の問題を委託する
という主張らしい、
親や教師や地域の大人はこのままでという前提らしい。。

体の痛みは、体に傷など不具合があることを教え、
そこをかばうためのシグナルである。

心の苦しみや痛みも、
対人関係等に不具合があるというシグナルではないだろうか。

対人関係等の不具合を改善するための制度なのに
痛みを感じなくするテクニックだけ覚えてしまったら、
それこそ、本当に追い込まれきってしまうまで
頑張り続けるマシーンが量産されるだけのことではないのか。

そういう危険な事態にならないことを祈るばかりだ。

大人は子どもを守るものだ。
自分の子ども以外でも守るものだ。
そういうことが忘れられれば、
子どもたちが絶望することは当たり前だと思う。

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