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身を捨ててこそ浮かぶ瀬もあれ 杉山先生から頂いたコメントをきっかけに [家事]

4日ほど前の記事に対して
子を連れて別居した妻に対して家族再生を進めるために克服するべき夫の2つの誤った意識傾向

なんと、面会交流事件の大家である
弁護士の杉山程彦先生から直々にコメントをいただきました。
まだお若いのに、次々と重要判例を引き出す
今一番尊敬している弁護士の一人です。 

誇りをもって引用させていただくと
「もっともだと思う反面、連れ去られたら男性にだけ
 一方的な反省を強いるのかという反発もあります。
 真の反省を促すためにも、司法が公平でなければならないでしょう。」

大変恐縮でありごもっともなコメントではありますが、
杉山先生と私のアプローチの違いがわかりやすい形になっています。

第1は、司法に対する期待ないし信頼の程度に違いがあると思います。
本当は、私も弁護士だから、司法の公平を訴えていかなければならない
のだと思います。
ダメだとあきらめたら、何も変わらないので、
この姿勢こそが正しいのだと思います。

しかし、私は、司法の公平を追及するには
年齢を重ね過ぎたような気がします。
今、国家や権力によって家族が分断され、
問答無用に家族再生が切り捨てられる現状について
司法の公平の実現を主たる戦場とするには、
司法に対しての期待があまり残っていない
ということなのだと思います。

それは伝える側の弁護士の責任かもしれません。
現に杉山程彦先生や上野晃先生は、
先進的な判決を勝ち取っています。
この点については、大いに学ぼうと思っています。

第2に予防の観点です。
それではどうするか?
どちらかというと、私は、
予防が主戦場だと思っています。
あるいは、裁判外の解決を目指すということを考えています。

やはり一度壊れると、
なかなか人間の気持ちが再生することが難しいので、
壊れるまえに、
家族の在り方を修正することを
主眼としてこのブログを書くことが多いです。

また、私の依頼者群がそうなのかもしれませんが、
一番の目的は、家族でまた
昔のように一緒に行動して一緒に笑いあう
子ども誕生日をみんな笑顔で祝ったり、
遊園地旅行で、少し冒険してドキドキしたりという
あの時を取り戻したいという方が多いということがあるかもしれません。
こういう祈りは、そもそも、裁判では何も解決しません。
裁判で勝っても家族は戻りません。

3夫が妻の心に働きかける方法として

何かできることが無いかということになれば、
必死になって、相手の心に働きかけることだと思います。

大体の子どもを連れて別居に至った妻は、
夫が怖いという心理状態にありますが、
そのように恐怖の対象が特定される前は、
漠然とした不安を抱いていることが多いようです。

この不安に夫が対応できれば、
妻の態度はだいぶ変わるということも実際に起きています。

面会交流の連絡の時とか
調停や裁判であっても、
わずかなチャンスを利用して
妻の不安を承認し、それに手当てしようという態度を示すことで、
法律的結論は不利になっても
最低限度の信頼関係を形成し、
子どもの気持ちを安定させたい
という思いでおります。

そのためには、自己の行動を修正し、
修正したことを相手に伝える必要があります。
何を修正するかということで
冒頭のブログを書いたつもりです。

相手の気持ちを変えるためには、
自分の行動を修正することが一番だと思っています。
自分を変えて見せることで
相手の変化を期待するわけです。

必ずしも万能の方法ではありませんが、
これをしないことには
なかなか他人の心に影響を与えることは
難しいと感じています。

その人にとって、何が一番大切なのか、
守るべき自分とは何か。

そうすると、自分とは、
単体で生きているわけではなく
家族の中にいる自分、家族と関係を有している自分
これが一番大事であると思い当たる方が
多くいらっしゃいます。
(そうでない方ももちろんいらっしゃいますが)

そうなると、我を通すよりも
相手にあわせて柔軟に行動を修正することの
大切さを再認識していただくようになります。

4 反省という言葉について

杉山先生は、反省という言葉をお使いになっています。
私は、反省という言葉は誤解を生むのであまり使っていません。

何があるべき行動であったかを振り返り、
相手方の心情を思いやって何をするべきか
ということを考えるので、文字通り反省なのかもしれませんが、

自分のやったことが悪いことだったという評価は
迂遠であり害ばかりです。
そうではなく、相手を安心させる行動をする。
それができなかったのは、必ずしも夫が悪いわけではない。
ということなのです。
その事実を認識するということです。

そうして、一つの家族を
夫が主体となって理性的に修正していくということですから、
自分を殺すという感覚でもないはずです。

ただ、打ち合わせが終わって、やるべきことを理解しても
自宅に帰ってしばらくすると、
自分だけが努力をするという意識が起きることも通常かもしれません。

しかし、これは家族の関係の中に存在する自分というものを
取り戻すための前向きの行動だと思っています。

5 絶望回避のために
もう一つ、このような家族再生アプローチをする理由は、
自己の行動で修正をするポイントを提案することで
絶望を回避していただくということがあります。

何も理由なく、妻が子どもを連れて知らないうちに別居されていた
となると、絶望しか残りません。
実際に、うつ状態になっている方が大勢いらっしゃいます。

出て行ったのは何か理由があり、
自分が行動を修正することで回避できたことかもしれない
という考えは、
最悪の絶望を回避する場合があります。

そうでなければ、自分の存在自体を
全面的に否定されたという意識になられるようです。
この絶望を回避していただきたいという思いもあります。

6 まとめ
自分にもおぼえがありますが、
自分の行動様式を守りたいという要求がありました。
つまらない意地を張って相手を傷つけたこともあります。
しかし、それもこれも、本来
仲間の中で安定した状態でいるための手段だったのではないかと思っています。

そうであるならば、
そのような行動様式はいくらでも捨てられる
そういう「自分」を放棄することで、
本当に望む自分を手に入れる可能性があるのではないかと
自分の実体験も含めて考えているところでした。









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