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「子どものしつけに熱心な」父親が、妻から「子どものために離婚」を要求される場合に何が起きているかについて その1 [家事]

本記事は三部構成です。

順に「前の記事」に続いています。

 

1 ある離婚パターン

 

考えてみると、昔から多い事例だったのですが

子どもを守るために」という理由で

妻が離婚を申し出るパターンがあります。

 

夫が、ある日家に帰ると、

妻も子どももいなくなっていて、

行方も知れず、途方に暮れてしまいます。

 

妻に暴力をふるったことはなく

取り立ててひどい暴言もない。

少なくとも、妻よりひどい暴言はない。

 

それなのに、離婚調停の申立書が届き、

警察官が、家庭の中に入ってくることも多くあります。

場合によっては、保護命令が申し立てられ、

電話やメールをすることも禁止される上

自由に外を散歩することさえ禁止されることもあります。

 

離婚調停申立書の離婚理由を見て愕然とします。

自分が子どもを虐待していることを理由としていからです。

読んでも意味がわからないことが多いのではないでしょうか。

 

全てにおいてやる気がなくなったり、

怒りがこみあげてきたり、

精神的に不安定になりますが、

不安定になっていること自体に気づかないことも少なくありません。

 

そして、これは、誰かの陰謀なのだろうと考えるでしょう。

虚偽の理由によって、離婚を申し出るということは、

妻が浮気をしているとか

弁護士や行政、警察にそそのかされたとか

妻の両親が主導しているとか

そういうことを考え始めることも自然なことなのでしょう。

(実際そういう場合も少なくありません)

 

このように、相手に打撃を与える方法で別居が始まると

夫は、なかなか自分の行為に原因があるということに

思い当たることができなくなります。

また妻の心情を思いやることもできなくなります。

 

そもそも、「自分は間違ったことをしていない

間違ったことをしてないために自分が不利益を与えられるいわれがない」

という発想が人間の特に男の自然の発想です。

 

子どもを連れての突然の別居という方法は、

解決を遠のかせて、

事態を深刻に、双方にとって危険な状態にする

稚拙な方法であると私は思います。

 

2 夫(父)の言い分

 

確かに自分は子どもに厳しいところもあった

ということに、運が良ければ気が付くこともあるでしょう。

それだけで、立派な人物だと思います。

こういう理不尽な思いをした場合の人間の心理は、

自分を守るために、他人に原因を求めるものですし、

その過程の中で、無意識に自分の弁護に役に立つ記憶をかき集めているからです。

 

しかし、問題はこの先に進まないことです。

厳しく接したことには言い分があるということです。

 

1)      厳しくしたのは理由がある

 

なるほど、特に理由がないのにわが子に厳しくする人はあまりいません。

子どもの年齢によってまちまちですが、

例えば、おもちゃを片付けないで違う遊びを始める

勉強をしないでゲームばかりをしている。

そして、これまでも同じことを言っているのに守らない

また、大事な時に頑張らない

これを放置していると子どもがだめになってしまう

という意識があり、理由があるというわけです

子どもに八つ当たりをしていたわけではない。

むしろ子どものために行ったという意識があるからです。

 

2)      自分は子どもを理解し、コミュニケーションがとれている

 

確かに、こういうお父さんは、

子育てを妻に任せっきりという人とは正反対のようです。

妻に用事がある時は、自分で子どもを見ることができます。

遊園地やキャンプやミニ旅行に子どもを連れていくこともできるようです。

子どもの好きな漫画やゲームもわかっていて、

子どもと一緒に楽しむことができると思っています。

だから、多少厳しくしてもメリハリができていて、

子どもとしっかりコミュニケーションがとれている

と自分で思っていますし、

それはあながち独りよがりというわけではなさそうです。

 

3)      そうして、一番事態の理解ができない理由は、

別居の前日まで、普通にみんなで

一つ屋根の下で暮らしていて

会話も普通にあり、心の交流もあったのに

どうしてある日突然心変わりとなったのか

理解できないというものです。

誰が考えたって、それはそういう気持ちになるでしょう。。

本当に突然の別居という方法は

長期的に見れば紛争を拡大する稚拙な方法だと思います。

 

3 妻の実際の気持ち

  

  これは案外単純で、

  離婚調停で妻が言っている

  夫に対する、恐怖、嫌悪、不快という負の感情は

  実際に感じていることが多いです。

  一言で言って、夫と一緒にいることに安心できないのです。

  この原因は次に述べますが、子どもたちはどうでしょう。

 

  子どもたちが本当に怖がっているかどうかは

  それぞれの事情によって違います。

  

  よく妻が主張しているパターンは

  子どもが何人かいる場合、

  「一番上の長男にばかりつらく当たる」ということですが

 

  こういう場合でも、長男が本当に父親を怖がっているかと言えば、

  怖がっていないことも多いのですが、

  結果として深刻な精神症状が出ている場合もあります。

  

  むしろこの時父親を怖いというのは

  長男が厳しくあつかわれているのを見ていた二番目の子ども

  ということが多いです。

  ただ、これは、なかなか疑わしいことが多く、

  父親の行為を見て父親を怖がっているというよりは

  怖いと思うべきだという意識が強い場合も多く見られます。

  実際に会うと最初は拒否的ですが、

  父親が気にしないで遊びなどを始めると

  すぐに昔のように一緒にはしゃぐようになることが多いからです。

 

  3番目の子どもがいる場合、通常は全く怖がっていません。

 

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「子どものしつけに熱心な」父親が、妻から「子どものために離婚」を要求される場合に何が起きているかについてその2 [家事]

4 妻の否定的な感情の理由

 

  それでは、なぜ、妻は夫に安心できなくなるのでしょうか。

  もちろん理由があることです。

 

1)      自分が叱責されているときと同じようにつらい

 

夫だって、妻がねちねちと子どもにあたっていると

イライラするわけですから、

当然妻だって同じでしょう。

 

夫が、感情を伴って子どもを叱責すると

子どものつらい感情に、

場合によっては本人が感じているよりも

母親が強く共鳴してしまうということは、

親ですから当たり前です。

 

そうすると子どもを守ろうという意識も当然強くなります。

それでも叱責をやめない父親に敵意が自然に湧き出てきます。

 

これは、とても便利な仕組みで、

過剰な親の叱責に対する抑止効果となります。

どうしても親も感情的になることがありますが、

両親がそろっているときは、

お互いがストッパーになるわけです。

  

    大体、子どもの弱点は親の遺伝です。

    自分が言われたくないことを夫が子どもにとはいえ

言っているのですから、

    だんだんと腹が立ってくることも、

これも男も女も一緒でしょう。

    子どもへの叱責を口実に自分の悪口を言われているような

感覚になることを感じたことはあると思います。

 

    それでも調子に乗って夫が子供を叱り続けると

    妻は、「自分を無視している」

    という気持ちになっていくようです。

 

    「子どもを守るための離婚」という理由の少なくない部分に

    自分を守るためということが入っていることは当然だし

    それは通常は、子どものためになる仕組みに基づくものだ

ということになります。

 

2)      子どもに障害がある場合

 

この種の事例では、お子さんに障害があるケースが多いです。

子どもの障害については、一つ傾向があります。

父親は、それが障害であることを否定する傾向にあり、

障害がない子として接する傾向にあります。

 

母親は、障害であること認める傾向にあります。

そうして、子どもの障害に対して

男親から見れば、必要以上ではないかと思えるほど

自分の落ち度のように罪悪感を抱いているようです。

 

母親は自分で叱る分にはそれほど感じないようですが、

父親に子どもが叱られていると、

自分が障害なく生まなかったことを

父親に責められているというか、

自分のせいで子どもが父親に責められているような反応を示してしまうようです。

もちろん、父親はそんなことまで頭が回らないのです。

子どもをかわいそうだとみていないからです。

 

子どもが片付けなかったり

最後の踏ん張りがきかなかったり

勉強をしなかったりしても、

それは障害の為であり、自分が悪いんだ

という意識で、余計に子どもがかわいそうに思うようです。

 

夫が「正しいこと」を言うことにより、

妻は身を切られるような苦しみを感じていたのです。

 

これが毎日続くことによって、

母親は次第に追い込まれていきます。

終わることのない家族の営みが苦痛になっていきます。

苦痛を終わらせたいという要求が出てくることは

自然なことだと思います。

 

離婚という方法を示されて飛びつくということは

もしかしたら、夫の行動も一因となっていることも

どうやらあるようです。

 

3)      もっと端的に、夫の

 

 

 

 

 

夫の叱りによって、否定的感情だけが子どもに伝わり、

 

教育的効果がない場合が多くあります。

 

この場合は子どもは恐怖を、妻は嫌悪を感じます。

 

 

 

「ちゃんとしろ、ちゃんとしろ」と

 

結局何を言っているか伝わっていなくて

 

怒っていることだけは伝わる場合、

 

 

 

「だからだめなんだ」というような場合もそうですね。

 

 

 

傍で聞いていると同じ言葉ばかりを繰り返している場合、

 

 

 

年齢的な到達度から比べると

 

どだい無理なことをやれと言っている場合

 

 

 

子どもに何らかの事情があるのに

 

それを知らないで、理解しないで、気が付かないで

 

結局無理を強いているような場合、

 

 

 

言葉遣いが乱暴な場合

 

自分では親身になっているつもりでも

 

特に女性が聞くと大変怖いものらしいです。

 

 

 

罰として食事を抜くとか

 

家から外に出す

 

というような叱り方の限度を超えている場合。

 

 

 

こういう場合もあるようです。

 

 

 

それでも自分は悪くないという父親がいますが、

 

それはだめです。

 

こういう場合は、子どもに障害があるお母さんのように

 

毎日が苦痛になり、

 

父親が嫌悪と恐怖の対象のように思われてきます。

 

 

 

ちょうど職場の嫌な上司と

 

毎日同居しているようなものです。

 

 

 

 

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「子どものしつけに熱心な」父親が、妻から「子どものために離婚」を要求される場合に何が起きているかについてその3 [家事]

5 なぜ夫は稚拙な叱り方をするのか

  こんなことを夫がして、

  妻の言い分を聞かないで

  正しいことをするのを妨害するなという態度だと

 

  妻が行政や警察に相談して

  「それは精神的虐待です。DV男は一生治りません」

  という言葉に縋りついてしまうのですが、

  このような稚拙な叱り方をすることには理由があり、

  比較的簡単に行動を改めることはできます。

  但し、自分の行動が合理的ではなく、

  特に妻の感情を害しているということを理解し、

  妻の感情を害さないことに価値を置かなければなりませんが。

 

  では、その理由を考えてみましょう。

 

1)      父親が育った環境に原因がある場合

 

父親にやさしくされた記憶のない人が結構います。

そもそも父親と生活した記憶のない人

父親に厳格に育てられすぎて、

自分の意見を父親に受け入れてもらった記憶のない人

 

父親から厳しくされて、追い込まれたという記憶のない人も

父親から厳しくされ過ぎて子どもが絶望的な孤立感を抱く

ということを理解できません。

 

こういう父親には

子どもも、自分で考えて自分の身を守りたいという気持ちが

少しずつ出てくることを理解させる必要があります。

絶望的な孤独の恐怖を教える必要があります。

 

2)      職場での環境

 

夫の会社が、従業員に甘えているよう会社で

会社の論理が夫の行動原理である場合があります。

 

無理なノルマを課して長時間労働を強いる職場

従業員の人格を無視してパワハラをしても誰も止めない職場

 

上司に説明をすることをすべて言い訳だといわれて

許されない職場

 

下請けや取引先を食い物にするような職場

 

そのように合理性よりも

厳しさを追及している会社

人を大事にしないで、結局生産性が阻害されている

日本の平均的な会社で、

自分が扱われているように

長男を扱ってしまう

ということも見られるようです。

 

八つ当たりや報復というよりも

それが男として当然の扱いだと

思いこんでいるような印象を受けます。

 

会社の洗脳から自分を解放する必要があります。

 

3)      教育やしつけのノウハウがない

 

例えば、片づけをしない子どもに

片づけをさせる方法を知らないということです。

知らないくせに、片付けさせたいので、

「片付けろ」と求める結論を連呼するしかないのです。

 

片づけをするように誘導することができないのです。

せめて、なだめたりすかしたりという知恵があれば

もう少しうまくゆくでしょう。

 

4)      子どもの事情を考慮できない

 

子どもが、どうしてそういうことをするのか

あるいはしないのかについて

情報量が少ない場合があります。

 

原因がわからないのに

行動の修正を誘導するということは難しいことです。

それはイライラもしてくるでしょう。

 

この間知ったことですが、

耳から聞く情報が頭に入りにくい

というお子さんもいらっしゃるようです。

 

面倒でも雑記帳を手元において

字や絵をかいて

教えるという方法をとると有効です。

 

また、集中力が足りない、続かない子どもは

多くいますし、また

将来知的職業に就く人の子どものころというのは

大抵そんな感じです。

興味関心が、次から次へと移ってしまうのです。

 

こういう子どもでも

一緒にいることで、集中力が続くことがあります。

中学校の部活動の顧問みたいなものです。

 

しかし、偶然うまくいっただけなので

どうしてうまく言ったのか教訓がわからず、

妻ではなく自分がやったほうがうまくゆくという

勘違いが起きる理由もここにあるのです。

 

5)      理想が高すぎる

 

自分だって子どもの年齢の時は、

そんなに大してきちんとできていなかったのに

子どもに多くを望む人もいます。

そりゃあ、大人になった今なら簡単でしょう。

子どもの時に、自分が要求していることが

できていたかということを

振り返ることができない人も多くいるようです。

 

6)      正しさに価値観をおくこと

 

やはり男性の方が多いようなのですが、

正しいことをやっていればうまくゆくと信じている人です。

もっとわかりやすく言えば

間違ったことをしていないのにどうしてつらい思いをするのか

と、自分の境遇について思考停止になってしまうヒトです。

 

正しさは、一つではない

そうだとすると正しさがぶつかり合うことがある

 

    一見正しいようだが、

    個別事情という情報を見落として結局正しくない場合がある

 

    正しさは他人同士を規律する概念であり、

    家族を規律する行動規範は

    相手の気持ちを大切にするということだと

考えることはできませんでしょうか。

    そういう考え方もあるかもしれない

    という程度でよいので、そういう視点を持ってみると

    見えてくることもあるようです。

 

6 どうすればよいのか

 

1)      もし、やり直すことができた場合

 

まだ、妻が我慢しているうちに

夫は行動を修正するべきです。

何よりも、このように、

子どもの都合も聞かないで正しい事ばかり押し付けていると、

子どもは父親の話を受け付けなくなります。

 

人間も他の動物と同じように、

自分で自分の身を守りたいという要求があります。

この思いが強くなる時期が反抗期と言われる時期です。

 

自分の行動を自分で決められないということは

自分の身を自分で守れないという意識となり、

それは、生きることの妨害者として意識付けされてしまうからです。

 

逆に、すべて親の言いなりになる場合は、

親の言うことを聞かないと自分で何もできない

依存体質になりますので、

子どもの健全な成長を妨げるだけのことです、

 

    それぞれの事情に合わせた解決方法が必要なのですが、

    一つの方法論として

    チームとして行動するということがあります。

 

    家族というチームの中の

    両親というユニットで対応するということです。

    

    子どもの問題については、

    特に叱る場合は、

    母親と相談して、情報を共有し、

    どう誘導するかという観点で意見を出し合う

    ということです。

 

    そして、自分が子どもをどうしたいという

    理想から始まるのではなく、

    今の子どもの状態を0として、

    ここからどう誘導してプラスを増やしていくか

    という発想に切り替えると良いかもしれません。

 

    要するに、子どもを信頼するということなのです。

    子どもの人格は自分と同じところと妻と同じところと

    親と関係のないところがあり

    興味が尽きないところです。

    これを楽しむことができれば幸いです。

 

    子どもを縛るのではなく

    自由に行動できる部分を承認するということなのでしょう。

    

    チームのメンバーを自分の思い通りに動かそうとするのではなく、

    それぞれの良いところを引き出し

    それぞれの弱点をかばおうとするということですね。

 

2)      不幸にしてバラバラになったとき

 

もし、私の分析に心当たりがあるならば、

自分の行動を修正するという方法で

チーム状態を修復できる可能性が出てきます。

 

相手があなたを怖がっているならば

安心させることをめざすことです。

 

少しずつ、安心させることです。

貴方と「一緒にいても、悪いことが起きない」

という経験を少しずつ積んでもらい

なれてもらうということなのです。

 

但し、最初は、自分の行動を修正しようとしている

ということを理解してもらう何らかの行動が必要です。

 

それは次のような文章を作成することが有効だと思います。

 

   自分の行動の何が修正すべきことだったのか

 これを具体的に、述べることです。

   その時どうすればよかったのか

ということですね。

 

例えば、

平成28年夏ごろ、

自宅で、子どものゲーム機を取り上げて隠したことがあった。

この時、子どもなりに精神的に辛いことがあり、

何もする気になれず

ゲームをすることによって気を紛らわせて、

つらい思いをやり過ごそうとしていたのに、

そんなことを聞きもしないで取り上げて隠してしまった。

子どものつらい気持ちに気づくことも、共感してあげることもできず、

ただ、勉強しろという気持ちをぶつけてしまった。

 

子どもにもうまくやれないときがあることを理解せず、

信じてあげることもできなかった。

子どもは、家族として信頼されていないという

辛い気持ちが強くなったかもしれない。

 

妻は、そんな子どもの気持ちを察して黙っていたのだから、

自分が行動に出る前に一言事情を聴けばよかった。

 

これからは、先ず、何か理由があるかもしれないという態度で、

家族を先ず肯定することから始める。

先ず、妻から事情を聞いてから、

妻と相談してから強い行動に出ることにしようと思う。

 

とか、

 

29年1月に子どもに食事をさせないということをしてしまった。

子どもにとっては食事をしないということは、

自分を家族として認めてもらっていない、

何かあったら守ってくれないという

絶望的な孤独を与えてしまった。

どんなに子どもが言うことを聞かなくても

粘り強く、子どもを尊重しながら

少しずつ修正していくように考えるし、

妻がそんなことをやめてと言っているときは、

先ず必ず妻に従い、

どうしたらよいか相談する

とか

 

相手の心を言い当ててあげて

それでよいんだというメッセージを送り続ける

ということだと思います。

 

長々と書きましたが

何かの参考になれば幸いです。

 

一番のカギは、

自分が攻め込まれている状態で難しいことなのですが、

自分を守るという発想よりも

家族の状態を自分が修正する

という意識を持てるかどうかだと思います。

 

 


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