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過重労働が与える家庭への深刻な影響 妻のパワハラと子どもを連れての別居と離婚調停に至る経過(全般性不安障害) [労災事件]

過労死・過労自死遺族の会東北希望の会の
今年度の年間テーマは、過重労働の家庭に与える影響です。
昨年は、「どのようにして死ぬ前に過重労働職場を離脱したか」でした。
過労死防止啓発シンポジウム宮城ご報告 解決例の蓄積と他人の目の導入 survivor8

私は、過労死と離婚が今仕事の二本柱なので、
そういうことが良く目につくのでしょう。

過労死で死なないまでも、
それによって、家族が不幸になっていくということがあるので、
死ぬほどひどい職場でなくとも
(たまたま死者がまだ出ていないだけかもしれませんが)
過重労働はなくさなければいけないと思っているのです。

また、家庭に影響が出始める過重労働があるということは
死亡に至る危険が高まってきている
という指標にもなるようです。

離婚調停の中で、
妻側が、資料を出してくることがあります。
どういう事情があって離婚したいのか、
どこでどう相談をして、どういうアドバイスをもらったか
という資料です。
なぜか最近、よく出てきます。

その資料を見ていると、
勉強をして、曇りのない目で分析すれば、
「ああ、これは夫とは関係がなく追い込まれていたのだな」
ということがわかることが多いので助かっています。
どんどん資料を出してもらいたいと思います。

それに、一緒に住んでいた夫がいるのですから、
知識を補充することができます。
立体的に自体が把握できる貴重な事例ができあがります。

例えば、
子どもを連れて別居した妻の事例がありました。

このお母さんは、働きながら子育てをしていた方でした。

4月になり、職場の上司が変わりました。
この上司との折り合いが悪く、
夫に相談をすることが頻繁となりました。

(この時夫は、適確なアドバイスをしてしまったのですが、
 本当は、「それは大変だね。」と
 まず共感を言葉で示すことが必要でした。)

職場での軋轢がひどくなったのは、秋ごろです。
元々、まじめで責任感のある女性だったので、
上司の言うことをまともに受け過ぎたのかもしれません。
いろいろな言葉を受け流すということができない人でした。

だんだん、上司の言葉を悪くとるようになってしまって、
漠然と
何か良くないことが起きるのではないか、
自分ばかり損をしているのではないか
というような不安を抱くようになり、
あまり眠れなくなったようです。

もっとも、自分では全く眠れないと思っていますが、
実際は、短時間かもしれませんが眠っていたそうでした。
(夫のはなし)

年末から、不安は夫に向かうようになりました。
夫から何か言われると、
自分が責められているのではないかと思うようになり、
むきになって反論をするようになりました。

「コーヒーが飲みたいね」といわれると、
「自分ばかりコーヒーを飲みやがって、俺にもいれろ」
といわれたように受け止めるような感じです。
そういう風に受け止めた結果、
夫に対して、あれこれ不満をぶちまけて切れた状態になるのです。

子どもが散らかしているのを叱って片付けさせようと夫がすると、
自分のせいで子どもがまともではないと言われたような気になって

ただ夫が肩のあたりをポンポンと叩いたのに、
頭を叩いて首根っこを抑えつけて体を制圧した
と受け止めていたようです。
ただ、この感覚は、おそらくリアルタイムでは、
なんとなく嫌だなという気持ちだったのに、
時間をおいて、
具体的な記憶(真実ではない記憶)にすり替えられていく
といった感じでした。

年が明けて3月に、妻は、
子どもを連れて別居しました。
夫に何も言わないで突然でした。

ほどなく離婚調停が起こされました。

その中の資料で、
全般性不安障害という診断を
2月に受けていたことがわかりました。

全般性不安障害とは、
1. 仕事や学業、将来、天災、事故、病気などのさまざまな出来事または活動について、過剰な不安と心配がある。しかし、その原因は特定されたものではない。
2. 不安や心配を感じている状態が6ヶ月以上続いており、不安や心配がない日よりある日のほうが多い
3. 不安や心配は、次の症状のうち3つ以上の症状を伴っている。
o そわそわと落ち着かない、緊張してしまう、過敏になってしまう
o 疲れやすい
o 倦怠感
o 動悸・息切れ
o めまい・ふらつき感
o 集中できない、心が空白になってしまう
o 刺激に対して過敏に反応してしまう
o 頭痛や肩こりなど筋肉が緊張している
o 眠れない又は熟睡した感じがない

という病気だそうです。

精神科医の診断ですから、この基準に則って診断されています。
要するに妻は、
2月の6か月以上前から不安を抱いていたことになります。
前の年の9月頃からですね。

夫との関係は良好だったのですが、
仕事でのストレスが徐々に高まっていった時期だということになります。

その後の年末にかけての夫との緊張関係は、
この全般性不安障害が原因である可能性があるわけです。

即ち、病気のために、悪く悪く考えるようになり、
ちょっとした夫との会話も
自分を責めているのではないかと受け止めてしまうようになったということです。

妻に悪気はないので、
このことが分かったのなら、夫の方も対応を考えられました。

夫婦の場合はどうしても、
一方が不満や不安を表明する場合、
相手に対して攻撃的に発言することがある上、
そうでないとしても、
どうしても発想として、
一方が苦しんでいるのは他方が「悪い」からだと
思い込んでしまう
仮想加害者も、仮想被害者もです。

仮想被害者は、自分が悪くないと主張するのですが、
その際に、
「自分ではなく、相手が悪い」
という余計なことを口走る傾向にあります。

客観的には、どちらもかわいそうなのですが、
当事者は気が付きません。

だから、家族の誰かが悪いという発想は捨てるにこしたことがないのです。

ただ、相手が全般性不安障害に罹患しているとなると、
できれば夫婦そろって、本当は病院に行って専門医から
どういう病気で、どういう傾向があるか、
妻が不安を口にした場合、
不安で辛いということは共感を示しても、
その不安が実現するような肯定の仕方はしない。

例えば、仕事がなくなってしまうという不安に対しては、
「それは心配だね。
 もし本当にそうならば、正式に言われなくてはならないし、
 解雇の理由がないからそもそもなくならないよ。」
等と、説明することができます。
「大丈夫だよ。何とかなるんじゃない。」
というだけで安心することもあるみたいです。

その人によって違うようなので、
マニュアルはできませんが、
要は発言の後の妻の様子を見て、
安心するようなことを覚えればよいのです。

自分が責められているときも、
「ああ、不安なんだな」と受け止めることもできるし、
妻が責めれていると思う時も
「ごめんごめん。心配かけたね」
ということができるわけです。

こんなことをしなければならないのかと思う人もいるかもしれませんが
考えてみてください。
インフルエンザに罹ったときに、
布団に寝かせて、ゆっくり休ませますよね。
これと全く同じことなのです。

では、本件事例は、どうして別居になり、
離婚調停になったのでしょうか。

第1に、全般性不安障害を夫に告げなかったのです。
これでは、夫は何が起きているかわかりません。
突然、妻が攻撃的になり、
感情的になったと戸惑うだけになります。

第2に、では妻は誰に相談したのでしょうか。
先ずは自分の母親でした。
母親はしょうがないかもしれません。
病気になったのは夫のせいだと考える傾向が
最近のジジババにはとても多くうんざりします。

昔は、子供夫婦の独立と円満な生活を後押ししていたジジババは
今は、子どもに代わって相手を攻撃する傾向にあります。
我が国の文化的衰退を象徴的に示すものだと思います。
過労死の温床もこんなところにあるかもしれないと思います。

第3は、行政と警察です。
ここの果たしている役割は犯罪的だというべきでしょう。

強引に、夫の精神的虐待によって
不安が出現していると決めつけて
できるだけ早く子どもを連れて別居することを勧めたというのです。
弁護士も関与していたようです。

離婚調停で出てきた陳述書によれば、
何ら精神的虐待を示すものはなく、
客観的な調査結果からすると
つじつまの合わない不合理な主張といわざるを得ません。

要するに、極めてあやふやな話で、
簡単に家庭の崩壊を指導しているということです。

これでは不安を抱えた人が
行政機関に相談に行くと
必ず離婚を勧められることになるでしょう。

相談対応の引き出しが、
離婚しかないからです。
その必要性等一切検討せずに、
主張の裏付けを求めることもなく、
家庭を壊しているのです。

このことが離婚調停に提出された資料から
はっきりと確定できたのです。
こんな無責任なアドバイスで、
子どもは親から引き離されるのです。

夫が何が起きたかわからずに
精神的に混乱することは
極めて自然な成り行きです。

これは当該妻にとっても大きな精神的侵襲です。

全般性不安障害ですから、
根拠がなく不安になり、悪いことが起こるのではないかと
考えているわけです。

これら税金で動いている家庭崩壊軍団は、
あなたの不安は、正しいという烙印を押しているわけです。
不安に感じることは正しいということは、
あなたは不安を感じるべき環境にいる
あなたは逃げるべきだということですから、
ますます患者さんの不安を増長していっているわけです。

離婚しても親と子どもは会いましょう
なんていう曖昧な法律を作ったところで、
こういう親と子どもを引き離すことを
何の理解もないマニュアル人間たちが
税金で行っていることをやめさせなければ、
子どもたちだけでなく、親どうしも
むごい別れを押し付けられ続けるだけです。

こういう世の中ですから、
過重労働や、職場の人間関係を良好にしないと
あっという間に税金を使われて
離婚に誘導されてしまい、
子どもたちが不幸になるということになります。

失敗が許されず、緊張や不安を強いているのは、
ほかならぬ国家なのかもしれません。


過労死防止啓発シンポジウムIN相馬 子どもたちの未来に過労死を引き継がない【報告】 [労災事件]

平成29年4月16日日曜日
福島県相馬市で、過労死防止啓発シンポジウムを行ってきました。

取材は、過労死・過労自死遺族の会東北希望の会
仙台の会員と、宇都宮や八幡平の皆様と仙台駅集合で出発
常磐線沿線は、桜が満開で、暑いくらいでした。

会場は相馬市文化センターはまなすホール第三会議室
仙台より時間がかかりそうな福島市の方や郡山市の方が
既に会場の準備をしていただいていました。

私が作ってきたプログラムや資料を配布していただき、
時間を待ちました。
なんと、開始直前嬉しいハプニングがありました。
参議院議員の森まさ子先生(自民党)
に駆け付けていただきました。
急きょご挨拶をお願いしたところ
快く応じていただきました。

現職の国会議員で元大臣に過労死防止啓発シンポジウムで挨拶をいただくということは、
東京で厚生労働大臣にご挨拶いただくこと以外ないと思います。

60人の会場は用意した席が足りなくなり、
大量に追加の椅子を借りてきて後ろに並べたほど
参加された方があふれている状況でした。

森先生のお話は、過労死というものが何かということの
本質をついて、今後どのようにしていくべきかということを
適確についた素晴らしいスピーチでした。
圧巻でした。
こういう方が、どんどんイニシアチブをとれば
過労死のない社会を実現の加速度が増していくのだなあと
心強く、感激いたしました。

また、労働局の課長様もご挨拶にいらっしゃって
(シンポジウムの後援は、福島労働局と相馬市)
これまた、素晴らしいスピーチをいただきました。
まさに国を挙げての過労死防止に取り組み始めたということを
会場全体で実感しました。

遺族の訴えもよかったです。
本当は、もっと言いたいことがあったでしょうが、
ぐっと抑えて、淡々としかし構成を考えられていて
聞く者の心を最後まではなしませんでした。

若手の弁護士が事件報告をして
司会兼講演の私が40分ほど
「生きる仕組みが引き起こす過労死のメカニズム」
というお話をしました。

結局、
過労死、過労自死は破綻(死亡)するまで気が付かない
その人が大丈夫かどうかを調べても分からない
危険な働き方をやめさせるという方法しかないということや

心筋梗塞やクモ膜下出血、大動脈解離
あるいは精神障害等
一度罹患したらなかなか治らないから
予防をするしかない

自死する人が責任感が強すぎるから自死するという構造
等を話しました。

ゆっくり、語り合いたかったのですが、
電車の時刻も迫っていたので、
余韻を置き去りにしたまま
会場を後にしました。



上から目線の「過労死するくらいなら仕事をやめろ」ということが有害だと考える理由 [労災事件]


SNSなんかで、よく事情も分からずに
「自殺するな」とか、
過労死するくらいなら仕事をやめろ」とか、
なんで?っていうくらい上から目線で
攻撃的に語り掛ける人がいますが、
やめてもらえないかと思います。

わたしでさえ、なんか責められているみたいで、
苦しくなってしまいます。
そこで働いていることが
悪いことをしているみたいに思えてきます。

だいたい、伝わるべき人の心に響きません。

その理由

「あたかも、そういう上からの人は、
 過重労働等で苦しんでいる人が
 自分の苦しさを自覚していて、
 それが過重労働によるものだと
 理解している
 そうして、過重労働から抜け出す選択肢を持っていながら、
 その選択肢を、行使しないで、しがみついている。
 つまらない見栄や、生活費のためが、その理由だ。」

これらは、概ね間違いです。

第1に、
自分が苦しいということを自覚することはなかなか難しい
という事情があります。
苦しいんですが、苦しみの連続なのですが、
何とかしなくてはならないという気持ちがあります。
自分が苦しんでいるという客観的な視点はありません。

これに気が付けば、多くの人は仕事をやめますよ。
どうやって、それに気が付くかということを
東北希望の会では、弁護士、心理士、
遺族、当該労働者のチームで去年研究したのでした。

特に、過労死に陥りやすい人は、
家族と接する時間が短いので、
家族の気づきはなかなか困難なので、

仕事との距離を置く(四、五日休む)ことが有効で、
距離を置くことを考えるべき性格の人
距離を置くべき事情を類型化し報告しています。

そのまとめの記事
【宣伝】 過労死する前に仕事をやめる方法 心理学者のみた過労死防止の技術 過労死防止啓発シンポジウム宮城 
http://doihouritu.blog.so-net.ne.jp/2016-10-27

この中では、特に、おかしくなる前から
華道とか、茶道とか、
自分の心の状態が客観視できることを続けることも
有効だということを報告しています。

それだけ、自分の状態を自覚することは
大変難しいようです。

第2に、過重労働のために苦しいという自覚はさらに難しい。

過労死や過労自死になりやすい人は、
苦しいからといってそれをやめようとしません。
先ず「与えられた仕事はやらなければならない。」
次に「やり通すことができない場合はさらに頑張る。
   残業してでもやり遂げなければならない。」
そして、「途中で投げ出すと、自分がだめな人間になる。」
という意識を持つ人が驚くほど多いのです。

従って、苦しいと自覚しても、
それは自分が悪いのだということで、
さらに頑張る理由にしかならないのです。
ここもポイントです。

おそらく、仕事のために苦しんでいるという自覚があるのですが、
さらに頑張ることが、彼らにとって
自己防衛の行動として自分を守る意識なのでしょう。

企業の方も、
まじめで責任感が強いという人に
甘えて仕事を振っていると、
思わぬ落とし穴があるということで、
「この人は特別大丈夫だ」
という気持ちを捨てることが大切です。

第3に、自発的に退職する選択肢はないということ。

特に、過重労働や職場の人間関係が原因で、
悩み切っている人たちは、
退職する選択肢はないようです。

いろいろな過労うつ体験者の話を聞いても、
もう辞めたいという気持ちにはならないようです。
「このまま苦しみ続けるか、
 死ぬか。」
という視野狭窄状態になっているようです。
やめるということと死ぬということが
同じ意味になってしまっているところが怖いところです。

第4に、生活費のために退職しないわけではない。
確かに、収入がなくなることはとても怖いです。
しかし、そこまで、つまり退職後のことまで
考えが及ぶようなら、半分危険から脱出しかけている状態です。

生活費が無くなることを恐れて
仕事をやめられない
というわけではないのです。

対人関係学的に言えば、
人間は本能的に、所属する群れ(対人関係)から
外されないように努力してしまう
ということなのです。

いじめも同じです。

攻撃されればされるほど、
自分の行動を修正しようとしますが、
どうしても群れから追放されることを
免れる手段がない、不可能だと認識すると
生きる意欲が失われていく
というように把握していた方が
予防の上からは有効だと思います。

冒頭掲げたSNSは
善意なのはわかるのですが、
以上申し上げたことから、
苦しんでいる労働者をさらに鞭打つ
あなたの選択肢は間違っている
ということを突き付けているだけで、
退職しろという結論が正しいとしても、
どうやってその結論に向かえばよいのかということを
一言も提案しないで
絶望だけを突き付ける結果となる
そういう可能性があるということを
指摘しなければなりません。

他人が頑張れと言っても
下手すれば、死ねといっていることと同じになる場合があります。

きちんとした信頼関係を築いた上で、
相手が自分の状態を自覚し、
合理的な選択肢を持てるように
誘導することが必要です。

また、それは専門家だけが行うことよりも、
家族なり友人関係なり、
その人を取り巻いている
暖かな対人関係の存在を自覚させ、
問題のある職場などの対人関係に
不具合があることに気が付かせる
そういう丁寧な
集団的な作業こそが有効であると
経験上感じていることを申し上げておきます。

長時間労働、パワハラで自死に追い込まれた件の謝罪の会に立ち会いました。 [労災事件]

長時間労働とパワハラで私と同年代の方が
妻子を残して自死に追い込まれた事件の
損害賠償請求の代理人をしています。

和解がととのいつつあるのですが、
和解の条件として、
正式な謝罪と
将来に向けた過労死防止措置と遺族に対する配慮の
申し入れを行うから真剣に検討するように
というものを上げました。

これを受けて企業体の側が、
ホテルの一室を用意して
会をもうけてくれました。

全国組織の本社と支社の
相応の身分の方が来て、
謝罪をしていただきました。

こちら側は、遺族と私で
申し入れ書を作り渡しました。
骨子は、
長時間労働等過労死認定基準に該当する出来事を
排除すること
パワーハラスメントが起こる要因の排除
労働者が家族と生活するという事実を
大切にしていただくこと
偏見にさらされている自死遺族の心情を理解し
誤解を招く言動を行わないということ

出来事排除の趣旨は、
過労死と言われる心臓疾患、脳疾患心筋梗塞
自覚症状がないまま進行してしまうこと
このため、自分や家族は症状の進行がわからない
病気を進行させる客観的な環境を改善することしか
防止の方法がないこと

パワーハラスメントは、
上司個人の性格の問題にするのではなく
ノルマの問題や、
計画的業務命令となっているか
上司が困難を抱えていないか
等のやはり環境的整備が必要だ
ということを述べました。

家族とともに生きるということについては
最近、このような要望書を作るときに、
よく入れさせていただくのですが、
過労死、過労自死が起きる時
パワハラももちろんですが、
相手の労働者の人間性が捨象されているのです。

具体的にどのようなことが人間性かというと
一つの切り口として
みんな、家族や友人やつながりの中で生きている
そういう立場やメンツというものをもつことが
人間というものだという意識、
こんな罵倒されている姿を
妻や子に見せるわけにはいかない
悔しかったり、辛かったりする背景に
自分のつながりの中での緊張関係が生まれる
ということにつながるということが一つなのですが、

もう一つ、
家族ぐるみで、支え合うということの大切さを
訴えるということが、
むしろ遺族が要望されることが多いです。

自死遺族に対する配慮ということですが、
どうも、第三者は良かれと思っていろいろ述べてしまうのですが、
解釈のしかたによっては、
自死をしたこと自体が不祥事であるとか
もっとつらい労働をして自死をしていない人がいるという言葉は
その人に比べて弱いとか
そういう風に受け止めてしまうものだということを
具体的な出来事を上げて述べさせていただきました。

この概要を私の方で説明した後
ご遺族が心境を語りました。
率直に素直な気持ちを語られましたが、
淡々とお話されて、とても立派でした。

むしろ淡々と語られたことが
相手方の心にも響いたようです。

使用者側の対応も立派でした。
ご遺族の負の感情の吐露も
使用者側の対応によって、安心して話ができたから
ということもあるのでしょう。

言い訳をするのではなく、
故人がいかに立派で、業績があり、
責任感が強く、意志が強かった
ということに力を入れてお話をされていました。

いろいろと辛いお話を聞かなければならかったのに
全て受け止めていただきました。

何よりも、
今回の事件をきっかけに
職場のシステムがだいぶ変わったというのです。
予想を超えた対応で感心しました。

ご遺族のお話で印象的だったのは、
一つは、社員研修で、自分の事件について
あるいは過労死のメカニズムについて
お話してほしいということと、

原職のご家族に、
申し入れのことについても周知してほしいということでした。

その後は、色々な思いを抱えていたとは思うのですが、
故人の生前のエピソードなどについて
打ち解けてお話を交わしました。

この場に立ち会って、
あるいは申し入れ書を作成しながら感じたことは

人を採用して働いてもらうということは
宝物を預かるということかもしれないなということです。
みんなみんな人と人とのつながりの中で生きている
宝物です。
お預かりしたものは、
定年まで大事に扱わなければならないし
毎日、家族の元に大切にお返ししなければならないものだと
つくづく感じました。

また、相手方が立派な対応されたので、
ご遺族の表情も和らいでおり、
第三者である私は、
その場では怒りの感情を失っていました。

その代わり
ただ、ただ、過労自死という形で人が亡くなったことが
取り返しのつかない悲しい出来事だという思いが強烈に高まり、
怒りの感情が失せたことによって
逃げようのない辛さ、苦しさを感じました。

怒りを抱くことが、
悲しみを和らげる効果があるということを
改めて感じました。

この日は雪が降っていました。
帰宅したころには夜になっていました。
街灯に照らされて、次から次から
暗闇の夜空から降り落ちる雪を見ていました。

命の営みは、
このように降り続く雪のように
悠久の時を通じて繰り返されるものなのかもしれないと感じました。

雪が落ちて溶けて、また降り落ちては溶けて
ただそれだけのことかもしれないのですが、
ただそれだけのことがとても愛おしく
崇高なことのように感じました。



過労自死と離婚の関係 死ななければ良いってもんじゃない [労災事件]

過労自死は、
過労によって精神的に追い詰められてゆき、
極端な視野狭窄と悲観的な考え方に支配されてしまい、

例えば、

この仕事、ここが不合理だから
こういう風に修正するように提案してみよう
等と言う建設的な選択肢をもてなくなり

この仕事苦しいから退職して、
別の仕事を探そう
という選択肢もなくなり、

「このまま仕事で苦しみ続けるか
 死ぬか」
ということばかり考えるようになり、
自死に至るということになります。

生きる力が根こそぎ奪われてしまった結果が
過労自死です。

このように追い込まれる原因として、
一つに睡眠不足があるわけですが、
それは時間外労働の量で決まるとされています。

一か月177時間労働だとして、
その他に100時間追加で働くと
一日の睡眠時間に5時間を確保することが難しくなる
と統計上算出されています。

つまり、一日100時間働くということは、
9時から6時の仕事の場合
週休二日を維持したとしたら
毎日5時間の残業ですから
11時まで残業をするということです。
そうして帰宅すると
12時を過ぎる人も大勢いらっしゃるでしょう。

そうして8時前に出勤していく。

たまの土日は寝ダメをして
昼過ぎに起き出すとしたら、
ほとんど単身赴任ですね。

仮にウイークデーは4時間の残業で
10時過ぎに帰るとすると
土曜日も5時間出勤ですから
日曜日はほとんど休息です。

これが150時間の残業となると
土日もほとんどつぶれるでしょう。

さて、先ほどの視野狭窄と悲観的見通しの支配ですが、
これが極端に推し進められれば自死に至りますが、
自死にならないまでも、
睡眠不足と仕事上の不具合で、当然起きてしまいます。

普通に生活しても多少精神的な波がありますから
それに睡眠不足が加わると、

自分が何らかの攻撃を受けているのではないかという
過剰な警戒心が常時発動されてしまいます。
安心を獲得できないという症状です。

そこに、100時間を超える仕事が押し付けられるのですから
それなりにトラブルや
日常、その人の人格を考慮しない扱いの労務管理がなされているわけです。

どうしたって、
自分は大事にされていない
働く仲間として尊重されていないという疎外感も高まります。

簡単に言えば、うつ病のような状態になってしまいます。
それが極端に高まれば自死ですが、
それに至らなくても、

毎日の感情が失われます。
家族がテレビを観て笑っていても、
一人ポツンとつまらなそうにしている
そもそもテレビを観ない。

買い物外食に出かけようと誘っても
外に出たがりません。

何か口を開くと
くよくよと、悲観的なことばかり言います。
聞いていて大変つらくなります。
しかも、その内容が言いがかりのように
「あなたによって、自分が見捨てられるだろうと」
突き詰めて行けばそういう話になります。

自分は不幸だ不幸だと
さもあなたが原因で不幸であるかのような
発言になることもあります。

(本当はそういわれている人が一番安心できる人なのです。
 厄介なことに本人はそれに気が付いていません。)

住宅事情にもよりますが、
帰ってきて、まっすぐ自室にこもり、
下手をすると食事も自室でとるようになります。

家族としては、
自分が拒否されていると思うようになることは当然です。

また住宅事情によっては
寝室に戻らず
ソファなどで寝ていたりします。

うっかり、離婚したいのかと尋ねると
よくわからない等と言いだしてしまい、
離婚も考えているようなそぶりも見せます。

ますます家族は自分が否定されているような感覚を
もってしまいます。

家族の方も
会話も成り立たなければ、共同行動もなし、
それがいつまで続くかだんだんと気が遠くなり、
毎日が楽しくなくなり、
自分の人生って何なんだろうと
思うようになるでしょう。

愛すべき図々しい家族は、
自分の落ち度なんて考えませんから
本人がおかしくなっているということに気が付きます。

気が付くのですが、
「疲れているんだろうな」
ということで終わってしまいます。
それほど長時間働いているのですから
それはそれで正解ですが、
肉体的につかれているのではなく、
精神的につかれているのです。

病院に行くなり、なんらかの働きかけが必要な状態ですが、
お医者さんの休養するようにという指示を守らず
長時間労働をそのままにして
向精神薬だけを大量に服用していくと
極めて危険な状態になることは想像に難くありませんね。

さて、うつは伝染するということは、
夫が過労うつ病に罹患して、
そのうつ病に気が付かない家族が
自分が否定され、傷つけられている
仲間として尊重されず、離婚を切り出されそうだ
となると、
こちらもうつ状態になっていくことをいいます。

このまま夫婦として苦しんでいくか
死ぬか
みたいな視野狭窄と悲観的な考えで
さらには、
「それは精神的な虐待だ」
とか、それだけをいうしか能のない人たちから
頓珍漢なアドバイスを受けて、
自分は虐待されていると
恐怖を植え付けられてしまうわけです。

過労自死、過労死の存在する職場には
死に至らない無数の離婚事件を抱えています。

死ななければ良いというものではなく、
生きるための組織行動としての
職場の改善を考えなければなりません。



心の折れない方法は過労死させる方法かも。逃げても良いんだという選択肢こそ有効 [労災事件]

「心が折れない方法」が大流行です。

しかし、この考えは、大変危険で、
むしろ、過労死を出す危険があります。

言葉のまやかしの典型例です。

「心」という実態はありません。
心というのは、その人の環境に対応した
脳を中心とした体の反応です。

「心が折れる」というのも
何か心という実態が傷つくのではなく
環境が過酷である為、
これ以上頑張れないという状態で
反応すらできないという状態です。

これ以上頑張れないのですから
休むしかないし、休めばいいわけです。

あるいは
過酷な環境から離脱すればよいわけです。

レジリエンス等と言う言葉は、
少なくない割合で、
会社の業績が悪くなっても
心を折らないで頑張りきる
という文脈で使われる危険があります。

過酷な労働状況を放置して
なおも頑張れという文脈なわけです。

もっと創意工夫をして頑張れと
今までやったことのない試みをしろと
頑張りの最後の一滴まで会社に奉仕しろという
文脈で使われていることを
冷静に見極めるべきです。

過労死をする人たちは
この要請にこたえてしまう人たちです。
まじめで、責任感が強いのですが、
強すぎるわけです。

環境が過酷だけれど、
自分がここで逃げてしまっては
会社全体がうまくゆかなくなる。
途中で投げ出してしまうと
自分もだめになりそうだ
そういう考えが身についている人たちです。

自分や自分の家族のために
途中で投げ出すという選択肢こそ
そういう人たちには必要です。

心が折れるような環境を改善することが
全うな人間のやるべきことです。

また、自分の限界が来たなら、
それ以上前に進まないということこそ、
動物として自然であるわけです。

それにもかかわらず進むことに、
何か理由があるのでしょうか。
例えば自分の家族を助けるためであれば、
自分が倒れても、傷ついても私は応援するでしょう。

しかし、そこで、仕事をやめないで過労死するより、
仕事をやめて、
生活条件が低下しても
生き続けることの方が
家族を不幸にしないことです。

何百人という過労死遺族を見ていて
強く実感します。

今吉少し不自由かけることの方が
家族を亡くして苦しむことよりも
家族にとってはプラスのお釣りにあふれています。

強い心というのは、
過酷な環境でも頑張るという無茶な心ではなく、
一度逃げても、したたかに這い上がる心です。
負けることを受け入れる心です。

自分と家族の将来的展望を冷静に持つことができて、
合理的な交代を選択できる勇気を持つこと
そういうことだと思います。

逃げる選択肢を提起しないレジリエンスなんていうのは
大変危険な洗脳だと思います。

過労死防止啓発シンポジウム宮城ご報告 解決例の蓄積と他人の目の導入 survivor8  [労災事件]

11月26日、エルパークスタジオホールで
宮城の過労死防止啓発シンポジウムが行われ、
本日の地元紙にも写真入りで報道されました。
多数お運びいただきありがとうございました。
(報道より参加人数は多かったようです)

かなり内容の濃いシンポジウムになったともいます。

第1に、過重労働でうつ病発症した3人の方が
別室で声の参加をされました。
自らの体験談をリアルタイムに語ってもらいました。
お三方とも打ち上げに参加され、
とても良い表情でした。

第2にというか、これがメインなのですが、
過労死の悲惨さを訴えるだけでなく、
どう解決していくかということを
心理学者の先生2名に研究していただいて
その成果を発表できたということです。

これまで、過労死の悲惨さとか
抽象的な会社の論理とか、
人間として扱われていない
というようなことは言われてきたのですが、

解決する例があり
それはどうやって解決したのか
ということの研究はあまりなかったのではないでしょうか。

成功例から具体的に過労死を止める
という発想は、独特のものでした。

今回は、お二人の先生に
主として二人のサバイバーを研究していただきました。

バックアップ研究として、
かなりの人数のうつ病治療を受けている人たちからも
希望の会の例会で話していただきました。

共通する話に落ち着いて行った方向として、
自分の都合、自分のモチベーション、感情
そういうことが自分の職場での行動につながず、

会社として必要な行動
会社として必要な発想
が、自分を動かしていたというのです。

上司だったらどう思うだろうか
会社からすればこうしてもらいたいはずだ
ということだけで動くわけです。

これがパワハラ被害者から
パワハラ加害者へ転じる原因にもなっていたようでした。

会社からすればという考えですから、
「疲れた」とか
「これは自分でやることは無理だ」
ということは、
「そんなことを考える自分は劣っている」
「自分に能力がないことは悪だ」
という発想になっていくようです。

これを一人のサバイバーは、
自分軸ではなく、他人軸で物事を考えていた
と言っていました。

目の前に仕事があると
それをこなすことがまずメインテーマとなりますから
自分の状態を自分で気にかけることもできなくなり
過労死スパイラルに陥っていく
ということらしいです。

今回、二人のサバイバーが
過労死スパイラルから脱却できたのは
偶然の要素があります。

お一人は、長期連休中に
何もしないで一人でいて
自分はやっぱりおかしいと
うすうす気が付いていたことに
結論を出せたようです。
退職という結論が天から降ってきたと言っていました。

もう御一方は、
業務中の交通事故に遭ってしまい、
入院と療養で、会社を長期休職しました。
そこでようやく退職ということを意識できたそうです。

事故前は、退職して転職するということは発想になく、
会社を辞めることは死ぬことだと
極端な視野狭窄に陥っていたようです。

偶然でも何でも、解決事例です。
会社から距離をとるということは、
そう簡単ではありませんが、
これまでのsuvivor研究を
このブログに掲載していますので、

特に一度距離をとるべき人、
距離をとらなければならない状態の人は
参考にしてみてください。


【宣伝】 過労死する前に仕事をやめる方法 心理学者のみた過労死防止の技術 過労死防止啓発シンポジウム宮城 
http://doihouritu.blog.so-net.ne.jp/2016-10-27


今回シンポジウムでもう一つ解決例に学ぶ
過労死防止の方法が提起されました。
これが一番大事だと思います。

自分のことを自分で評価するということは
なかなか難しいことだということです。
過労死スパイラルの中にいた場合は、
ますます難しくなります。

自分で気づくことが難しいのなら
他人に気づいてもらうということです。

自分軸を取り戻すために
他人の目を導入するということです。

家族や職場の仲間でもよいのですが、
過労死スパイラルに陥る前に、
緩やかな、つながりですね
一か月に1回とか2か月に1回とか
そういう、会おうと思えばいつでも会える仲間で
経済的なつながりがなく
別に会わなくても非難もされない
そういう人間関係が理想のようです。

趣味の集まりでもよいのでしょう。
同窓会や、一歩踏み込んだ異業種交流会
なんてのも使えるかもしれません。

もちろん、対人関係学の勉強会でもよいですね。

そこで、必要な人間関係は
相手の未熟さ、欠点、弱点を
責めない、笑わない、批判しない
という態度で、安心した居場所である
ということです。

誰かが一方的に、誰かにああしろ、こうしろ
と指図をしない関係であるとよいですね。
それぞれが思いのままにふるまって
誰も嫌な気持ちがしない
そんな関係でしょうか。

なまじ利害関係があると
相手に多くを期待しすぎてしまいます。
批判をしたり、感情的になってしまいます。

それがない集まり。
それが理想のようです。


【宣伝】 過労死する前に仕事をやめる方法 心理学者のみた過労死防止の技術 過労死防止啓発シンポジウム宮城  [労災事件]

以下の要綱で厚生労働省主催の過労死防止啓発シンポジウムが行われます。

平成28年11月26日(土)13時半より4時前くらい
三越定禅寺通館6階エルパーク仙台 スタジオホール


心理学者と弁護士と遺族、労働者のコラボ研究の成果が発表されます。
これは、「おそらく」世界初でしょう。

精神的不調に気が付いて職場を退職した
2名の女性労働者の方々に全面協力をいただいて
東北大学大学院の新進気鋭の心理学者の先生2名と私とで、

彼女たちは、精神的不調にどうやって気が付いたか
彼女たちは、どうして退職に踏み切ったのか
ということを今年時間をかけて調査分析してきました。

この調査には、東北大学大学院若島先生の研究室の全面協力と
仙台弁護士会の自死PTの協力があり、
それぞれ、あるいは合同で検討を繰り返しました。

かなり、突っ込んだ研究成果が生まれました。

私の研究成果は小出しに、五月雨式に
このブログで発表しています。
以下が、まとめです。


人生に必要なものは、無駄な時間、何もしない時間 過労自死予防研究 survivor1
http://doihouritu.blog.so-net.ne.jp/2016-06-08

うつのかかり始めのサンプル(たとえば、自分が悪いからだと思って安心するとか)過労自死予防研究 Survivor2
http://doihouritu.blog.so-net.ne.jp/2016-06-08-1

自死予防の支援者に必要なこと 緩やかなつながりの意味 過労自死予防研究 survivor3
http://doihouritu.blog.so-net.ne.jp/2016-06-08-2

うつ病等の休職中の方の居場所を作りたい 過労自死予防研究survivor4
http://doihouritu.blog.so-net.ne.jp/2016-06-10

過労死リスクの高い人に、過労死予防の声は届かない 困難を認識しない啓発は効果が期待できない survivor
http://doihouritu.blog.so-net.ne.jp/2016-07-03

やり過ぎ、やり抜きすぎ症候群 過重労働からの離脱 survivor研究
http://doihouritu.blog.so-net.ne.jp/2016-07-15

過労死、過重労働でうつ病等にかからないために、他人軸から自分軸への切り替えが必要な人、必要な状態のサンプル付survivor6
http://doihouritu.blog.so-net.ne.jp/2016-09-26

うつ病患者は、家族に何を求めているか。逆に家族は本人に何を期待しているのか。survivor7 
http://doihouritu.blog.so-net.ne.jp/2016-09-28

【実務的過労死防止啓発】気を付けよう!これが過労死に誘導するキーワード。 
http://doihouritu.blog.so-net.ne.jp/2016-10-12

(途中でシリーズの番号の振り方を間違えてました。
 今、気が付きました。)

これは、弁護士から見た過労死職場からの離脱の方法です。

心理学者の観点からはまた別の角度からの分析結果が
わかりやすく(ここもプレシンポジウムを開いて練りました)
報告されます。

この報告と
会社のメンタルチェックに引っかかって
休職をさせられたと感じていた労働者が
主治医や産業医、会社に対して不信感を持ちながら
あるキーマンとの出会いによって快方に向かい
会社に復職しただけでなく、
復職の条件を労働者側から提示した事例も報告されます。

この条件は極めて興味深く、
うつ病休職後の復職の方法に
新しい提案ができることと思います。

二つの報告を受けて
本当に亡くなる前に職場をやめることができるのか、
職場をやめるためには何に、誰が気が付くことが可能なのか
元気でいるときこそ気を付けたり工夫したりすること
という
具体的な過労死しない方法が話し合われます。

それから、本研究に協力してくださったのは
二人の女性だけでなく、
うつ病の闘病で苦しんでいたり、
家族のうつ病に苦しんでいる人たちの意見が
豊富に反映されています。

うつ病の人たちが社会参加をする方法、条件も
示唆できると思います。
また、うつ病の患者さんの録音による発言も
用意されております。

手前味噌ですが
きわめて画期的な企画を
過労死・過労自死遺族の会東北希望の会に
企画していただきました。

全国で啓発シンポジウムは行われますが、
仙台は一味違います。

そして、さらに一味違う豪華ゲスト
あの遠野物語で有名のシンガーソングライター
あんべ光俊さんのミニライブが
今年も実現しました。

昨年もざわついていた会場に
あんべさんの遠野物語Ⅱが始まったとたん
会場がシーンと水を打ったように鎮まり
みんな彼の歌に集中した姿は
それ自体が感動的でした。

プロの生歌は、いろんなものを超えて
心を一つにさせるという体験をしました。

悲しみ、怒りを乗り越えて
暖かい気持ちで、一人一人が
過労死防止に取り組むにふさわしい企画となりました。
今年も期待しています。

最後に嬉しいお知らせです。

このような歴史的瞬間に立ち会え
自分や家族や友達を過労死で失くさない具体的な方法を知り
あんべ光俊さんのミニライブまで聞けて
なんと無料、予約不要です。

是非お誘いあわせの上お越しください。

【認定報告】20歳代前半消防士自死事案が、公務災害逆転認定(支部審査会) 死後のパワハラの問題 [労災事件]


消防署に配属されて3年目の若者が、
パワハラを原因としてうつ病に罹患し、自ら命を落としました。
大変痛ましい話です。

地方公務員災害補償基金宮城県支部長が
第1回の判断をするのですが(実質的には基金本部)、
その時は公務が原因ではないと認定されてしまいました。

わざわざ職員が私の事務所に公務外とする決定書を持ってきて、
「おっしゃりたいことはあるでしょうが、
法律の規定に従って判断されたものです。」
と言わなくてもよいことを言っていったことは忘れられません。
「さっさと紙だけ置いて帰りやがれ。」という態度がにじみ出たことと思います。

消防署の勤務は2交代制です。
午前8時に出勤すると翌日の8時まで24時間勤務です。
翌日は一日休みとなり、翌々日はまた24時間勤務となります。
間に公休は挟むのですが、このような調子です。

一応夜の10時ころから朝の5時くらいまでは仮眠時間となるのですが、
119番から出動指令を受けるために、
1時間から2時間、交代で電話番を行います。
この当番が朝の2時から3時だったら、
ご想像の通り眠ることはできません。

また、仮眠ですし、火事があったらすぐ出動しなければなりませんので、
みんな制服を着たまま仮眠しています。
消防署は過酷な勤務です。
昼間も消防、防災活動や、消火器具や消防車の点検、
署内の清掃などを徹底的に行います。
小学校や地域の防災教室を開いたりとかなり忙しくされています。

24時間一緒に行動する上司からパワハラを受けたら、
とてもじゃありませんが、防ぎようがありません。
また、叱責が深夜まで続いても、
上下関係がはっきりしているところですので、
誰も止めることができない状況にあるようです。

宮城県支部審査会(第三者委員会)は、
基金支部長の判断を覆し(実際は基金本部の判断)、
若者の自死は公務災害だと認定しました。

理由は、
遂行困難な仕事を与えて、質問しても全く教えない
家族のこと、個人的な事情を引き合いに出して叱責
机を蹴りながら叱責する等強圧的な態度をとった。
夜中の2時3時まで叱責された。等ということが
指導の範囲を逸脱した嫌がらせ、いじめを受けた等に該当する。
というものでした。

こんな明らかなパワハラなのに、
どうして基金支部長(実際は基金本部)は、
公務災害と認定しなかったのでしょう。

その理由として、まず挙げたいのは、
法律も通達も知らなかったということにあります。
行きあたりばったりの判断で、
なんとなくパワハラではないという
結論だけを持ってきたという感じです。

だから、非該当認定の時に、
「法律に従って適切に判断された」なんてことは言わなければ良いのです。
ニコニコ笑顔で、お帰りを促しましたが、はらわたは煮えくり返っていました。

もう一つの理由として、
消防署で起きた事件でありながら、
その責任の所在がある消防署の調査をなぞり書きしたということもあります。
それでも事実関係はある程度明らかになったのです。
ところが、「一度聞いてわからない方(被災公務員)が悪い」とか、
「2時3時まで机を蹴りながら叱責されても、
怒られるようなことをした方(被災公務員)が悪い」
とか、もうむちゃくちゃな認定でした。

これに対して地方公務員災害補償基金宮城県支部審査会は、
消防署内の調査は、身内をかばう意識があるということを看破して、
独自の調査に乗り出しました。極めて異例なことです。
その結果、上記認定をしてくれました。深く敬意を表します。

その上で、むしろ3カ月という長い期間パワハラを受け続けたことに
心を痛めていただきました。大変ありがたい認定です。

それにしても、山形県酒田市の事案といい、
消防署内のパワハラが明らかになってきています。
私たちの安全図るはずの消防署内で、パワハラが行われ、
うつ病により若い命が奪われているのです。
一度聞いたことを覚えない方が悪いということで、
消火活動をしているわけではないと思いたいです。

当該消防署は、同僚の命が失われていたにも関わらず、真摯に反省していません。
それが、報告書の内容に反映しています。
報告書の中で、各職員のアンケートのようなものが報告されています。
この中では、明らかなパワハラが行われていて
それを見ているにもかかわらずなかったことにしたり、
被災公務員自身に責任があるとか、
パワハラ上司をかばったりする職員が圧倒的多数だったのです。

中には、色々な事実関係を認めた回答をした職員の方もいました。
だから、本当は、パワハラの事実はみんな知っていたことなのです。
一人が見ていて残りは見ていないということはありえません。
それにもかかわらずかばう人が多数だった。
亡くなった原因を隠蔽しようとする力が働いていたことがはっきりしました。
それも一人一人の消防職員の問題です。
これでは、亡くなった後まで同僚から
パワハラを受けているようなものじゃないかと私は感じました。

報告書は消防署の仕事に不案内な市役所から出向してきた方が作成しました。
再発防止を考えるべき責任者が、職場のことを知らない人で、
かつ、うつ病についても自死についても全く知識のない人でした。
典型的なことはうつ病を発症させて3か月後に自死するということは、
当初のうつ病発症理由と自死は関係ないのではないかとか明記しているのです。

この内容は、遺族には事前に明かされませんでした。
手続きの中で突き止めたものです。
うつ病はなかなか治らないことも多いです。
特にパワハラの場合は長引くようです。
そして、うつ病に罹患中であれば自死の危険は高いのです。
これは、厚生労働省も基金も裁判所も全て共通理解です。

客観的な事件分析をしなければならない立場の人間が
このような知識不足による先入観があることを
あらわにした報告書だったわけです。
これも、一人の尊い命が失われたことに対する
緊張感のかけらもないことを示す事情だと思います。

消防署は、私を招いて、人権教室を開催するべきです。
体質を改めなければならないと思います。

【認定報告】地公災基金審査会で逆転認定。職場内暴行被害後、上司の事件隠ぺいによってうつ病を発症した生存事案(時間外労働40~70時間) [労災事件]

このたび、地方公務員災害補償基金審査会(再審査請求)で
逆転で公務災害認定を受けましたのでご報告します。

1 被災公務員
  当時30代男性 
2 被災内容
 第1事件、暴行事件 
   平成23年、職場内で同僚職員から、
   胸ぐらをつかまれ前後に揺さぶられたことにより頸椎捻挫を発症した。
   (刑事事件となり罰金刑が確定)
 第2事件 上司の隠ぺい工作
   職場管理者は、事件をうやむやにしようと
   加害者を懲戒することも指導することもさえもせず、
   被害者に対して、「あなたにも責任がある。加害者に謝罪するように。」
   という理不尽な対応をし、
   公務災害申請をしようとしていた被害者を、
   公務中にもかかわらず幾度となく呼び出して、
   公務災害申請をするな、加害者に謝れと
   毎回1時間2時間に及ぶ説得を繰り返した。
   累積説得時間と被害者公務員の精神状況の悪化は
   カルテ上見事に対応していた。
   最終的には、加害者は職場にいさせたまま
   被害者に対して転勤を希望するよう迫った。
   この結果、重篤なうつ病となり、現在もその症状に苦しんでいる。
3 公務災害申請
  平成24年公務災害申請申請
  平成27年公務外認定
  平成27年支部審査会に審査請求
  平成28年棄却
  平成28年再審査請求
  平成28年9月 逆転認定

4 支部審査会
  宮城県支部審査会は、上司の上記一連の行為は、
  上司の保身のための行為であることを認定していながら、
  ひどい嫌がらせには該当せず、
  あつれきやからかいのレベルに相当する旨判断して公務災害とは認めなかった。

5 再審査請求の主張のポイント
  平成24年3月16日地基補第62号補償課長名の
 「『精神疾患などの公務災害の認定について』の実施について」
  という通達があります。
  これに照らして、本件上司の行為が「ひどい嫌がらせが執拗に行われた」
  というカテゴリーに該当するということ、相当因果関係が認められること
  を強調して主張しました。

6 審査会の逆転認定論理
  上司の上記行為を認定し(争いはない)、
 「本件暴行の被害者である請求人に対する
  管理職の対応としては不適切なものであり、
  請求人は、職場で執拗な嫌がらせを受けたものと認められる。」 
とドンピシャで認められました。

7 なぜ、2回認められなかったものが3回目で認められたか
  公務員側の請求は一貫していて全くぶれませんでした。
  このため、判断する側の問題であることは明らかです。
  1回目の支部長判断では、
  上司の隠ぺい工作を評価の対象として検討しませんでした。
  2回目の宮城県支部審査会判断では、
  学校や生徒を思いやっての行為ではなく
  上司の保身に基づく行動だと認定していながら、
  それがからかいや軋轢にとどまると判断しました。

  怪我の具合が悪く痛みと戦いながら公務に従事している中、
  公務災害も、相手の損害賠償も十分行われないで、
  このまま働けなくなったらどうしようと思っているのに、
  それも、上司の保身で行っているとしながら、
  「からかい」や「あつれき」ということで済まそうとした
  支部審査会の態度は問題だと思います。

  では、なぜ認められたかというと、
  審査会が、きちんと通達などを熟知していて、
  こういう出来事があったら、こういう感情となる
  という人間の当たり前を認定できたからだと思います。

  また、対人関係学的な説明を補充して
  からかいと軋轢のレベルを超えているということを
  丹念に主張したことも貢献していると思います。

8 感想
  一つには、労働組合の支援が適切に行われたということです。
  被災公務員がなぜうつ病を発したかというその理由の本質は、
  上司の隠ぺい工作によって
  職場の中で、自分が尊重されていない、仲間扱いされていない
  という孤立無援感を抱いたことにあります。

  公務災害認定の闘いはこれと全く逆に
  労働組合の仲間が(OBも活用して)、
  被災公務員を支援し、
  弁護士との打ち合わせにも同行し、
  手厚く丁寧に支援したことによって
  最後まで頑張り抜くことができたのだと思います。

  そして特筆するべきは、被災公務員の妻です。
  徹底して、献身的に、仕事も家庭も公務災害も
  一緒に苦しみ、一緒に頑張った、よく頑張られたと思います。
  お二人が、一つのチームとして強く暖かく歩くことができたことこそ
  何よりの力だったと思います。
  これまでの数年間の泣き笑いは、まさにドラマでした。

  もちろん、代理人も頑張りましたとも。

  時間外労働が多くなくてもうつ病にかかります。
  通達や法律を丹念に調べ上げて、
  そこに人間の血を通わせることができれば
  公務災害は認定される可能性が生まれる
  ということが、今回の公務災害逆転認定の教訓だと思います。

  ただ、認定まで5年が経過してしまいました。
  うつ病が公務災害だと認められてこなかったため、
  被災者は、療養のための休暇
  自分の有給休暇を消化しなければなりませんでした。

  公務外の決定がなされるたび、
  絶望の淵に叩きつけられてきました。

  公務災害を申請する責任者である当の上司が
  これを妨害し続けたことになります。
  なんらかの手立てが必要になると痛感しています。
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