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またしても出てきた「心のケア」 専門家が具体的に何をどう改善するのか 疑問 [震災等]

「心のケア」が、熊本の震災で
また唱えられるようになっています。

確かに、自宅に住めず、
大きな余震も続いているという
当たり前の日常生活が送れない状況では
緊張状態の持続が強いられ
心身の不調を訴えることは
あまりにも明らかなことです。

それは否定しません。

ではどのような対策を取ればよいかということについては
前に述べていますので、
割愛します。

「『心のケア』という言葉にうさんくささ、疑問を感じたのは、結果の押し付けというつじつま合わせを感じたからかもしれない。心は客観的状況を反映した結果。」
http://doihouritu.blog.so-net.ne.jp/2015-01-19

問題は、心に問題が生じているということは良いとして、
ではその問題を解消しましょう
ということになるのは良いとして、

誰が具体的にどのように行うのか
その行った結果は良かったのか
というところにあります。

私は、コミュニティーの機能を高め
自分たちと呼べる人たちが
積極的に助け合い気遣いあう環境を作ることが
心のケアであり、

根本的には、
生活環境の改善への手厚い援助によって
解決するべき問題だと考えています。

ところが、
「心のケア」という言葉が使われるときは、
このような根本的な対策と切り離され、

「心に問題が生じた人たちを
 スクールカウンセラーなどの
 コミュニティーの外部の
 『専門家』が解決するものだ
 ということが前提となっているようです。」

問題は、この専門家の先生方が
具体的に何をするのかということなんです。

「そんなこと素人が知らなくても良いじゃないか」
と言われるかもしれませんが、気になります。

素晴らしいお仕事をする方もいらっしゃるのだとは思うのですが、
子どもたちからの相談を受けていると
何もしてくれないという不満とか
結局同じことになるとかいう不満が
多く聞こえてきてしまうのです。

どうも、解決ノウハウや知識、技術よりも
熱意やお人柄の方が重要であるような
そんな印象を受けてしまいます。

私は、
行政やマスコミ
震災によって、心に問題が生じている
何とかしなければならない
心といえば、心の専門家に委託だという、
安易な発想しかないのではないか
と猜疑心を持ってしまっています。

委託という丸投げをする方が
具体的に、子どもたち、住民たちの
問題点がどのような原因で、
どういう反応をしてしまっているか
という分析をきちんと行い、

この分析に基づいて
具体的に、何を改善するかを割り出して
そのために必要な技術や専門性がある人たちに
具体的に行動を依頼しているのか、

そうではなく、
「心」という言葉に反応して
「心」の分野を売り物にしている人たちに
お金を払って、
心の問題の改善という結果だけを要求しているのではないか
と邪推しているわけです。

結果を要求するなら良いけれど
「なにかやっている」という実績だけを求めている
というわけではないことを祈るばかりです。

専門家の方も重々わかりながら、
何とか役に立ちたいという圧倒的多数の方々の中には
職域拡大のチャンスとして
結果の出ない仕事を引き受けているかたが
紛れ込んでいるのではないかと
そんな悲観的な考えもちらちら頭をかすめます。

ちなみに、私が邪推している心のケアの専門家
の方々のアプローチは
子どものケアであれば
子どもに直接働きかけるのでしょう。

私のアプローチは
むしろ、親たちやコミュニティーの大人たち
学校の先生という大人たちに
助け合う、緩やかなコミュニティー形成の方法を
提案して、ともに実践してみる
ということになります。


曽野綾子氏の不道徳発言を徹底的に善解してみる(東日本大震災についてのコメントについて) [震災等]


私は、友人との議論の中で、
人の心を動かしたり、結果を出したりするための言動
ということを考えました。
あくまでも今回はこの観点からの評価です。

この観点から一番意味のない言動は、
自分の同調者に向けて、
同調するだろう言動を行うこと。
これは、初めから同じ意見の人たちが
意見が同じだなということを確認するだけの言動ですから
言っても言わなくても同じです。

少しましな言動は、
相手の意見を制圧し、相手を言い負かす言動です。
意見が敗れたので相手に従うという
潔い人でなければ、動きにはなりません。

そうすると、一番意味のある言動は、
反対意見を吸収してより豊かな意見を構築していくこと
ではないかと考えるのです。

そう、怒りは、実は人の心を動かさない、
怒ってはいけない。
そう思った矢先であるにもかかわらず、
怒りを禁じえなかった記事がありました。

曽野綾子氏の発言です。
産経新聞のアパルトヘイト賞賛コラムをきっかけに
過去の発言がまとめられていました。
http://lite-ra.com/2014/10/post-575.html

最初は、「怒りは禁物」ということで
ただあきれて読んでいましたが、
東日本大震災の下りは、
どうしても怒りを禁じえませんでした。
その文章を以下に掲載します。

「大震災の時、私はその場にいなかったのですからよくわかりませんが、その夜から避難所には、食べ物を作る方はいらしたのかしら。私だったら津波が引いたら、鍋とかお釜を拾いどん焚いて暖を取りますし、高台に住む人におコメを分けてもらってすぐ炊き出しを考えますね。(中略)ところが、震災直後には『誰の所有物かわからない鍋や、誰の家屋の一部だったか定かでない木片を無断で拾ったり燃やしたりしたら、窃盗になる』なんてことを言い出す人も少なくなかったそうです」(「週刊ポスト」14年3月21日号)

「怒ってはいけない。悪くとってはいけない。」
頑張って善解することとしました。

何しろ冒頭から
私はその場にいなかったのですからよくわかりませんが、
と謙虚におっしゃっているではないですか。
現実を知らない無責任な発言ですと自覚していらっしゃる。
ではなぜ、あえてマスコミという公器を使って発言するのか
報酬をもらって発言するようなことかという疑問を持ちますが、
自分の無知を自覚していらっしゃることは評価するべきです。
「失礼を申し上げるかもしれませんが、お許しください」
といえば、もう少し趣旨が伝わったと思います。

その夜から避難所には、食べ物を作る方はいらしたのかしら。

当たり前のように避難所といっていますが、
夜までに家に帰れた人は良い方です。
電車も、バスも、もちろんタクシーも動いていません。
みんな長い距離を歩いて帰ってきたのです。
うっかり、自家用車で帰るものなら、
信号機も停電で動かない大渋滞の道路で
かえってたどり着くこともできなかったかもしれません。

水につかったまま、陸に上がれず
低体温症で死んでいきました。

食べ物を食べる気なんて起きませんでした。
激しい余震が何にも続いたのです。

曽野さんは、そういうことがわからないで言っているのでしょう。
だから、悪意があるわけでも、できないことをしろと
被災地ではむごい話と感じることも
無邪気にお話をされているのでしょう。
東京で被災したような感覚で、お話しされているのでしょう。
こちらを思いやっていらっしゃるのでしょう。

私だったら津波が引いたら、鍋とかお釜を拾いどん焚いて暖を取りますし、

鍋とかお釜をどこから拾うのでしょう。
もしかしたら、道路とか空き地に落ちているとか思っていらっしゃるのでしょうか。
落ちていたらそうしますということなのでしょうか。
それとも、津波で流された人の家に勝手に入り、
食器を盗んでくるというのでしょうか。
われわれ、東北人は、そういうことができないのを
歯がゆく思われているのでしょう。
曽野さんの国の文化と、日本の文化は少し異なるようです。
あるいは夜の真っ暗な水の中に潜って探せということなのかもしれません。

それから、どうやって火をたくのでしょう。
乾いたマッチやライターはどこにあったのでしょう。
何を燃やすというのでしょう。
水で湿っていない建物を壊すというのでしょうか。
やはり日本の道徳とは相いれないお話だと思います。
電気、ガス、水道などのライフラインが途絶したことは
ご存じでないはずはないので、
海辺のことだと思いますが、
燃やせる素材を提案されるのであれば、
今後のこともあるので、ぜひ教えていただきたいと思います。
何も暖をとるものもなく、
水が引かずに低体温症で死んでいった人たちに対して、
鞭打つようなことをおっしゃることにも
おそらく理由があることなのでしょう。
木の上だったり、家の屋根だったり、
水の中でも、どんどん燃やして暖をとれと
そういうことを言っているのではないのでしょう。

海辺の地域でないところでも
ライフラインは途絶していました。
乾いたマッチやライターはあったでしょう。
何を燃やして暖をとれというのでしょう。
避難所といえば学校や公民館、役所でした。
外は雪が降っていました。
人のものを燃やして、公共の危険を生ぜしめる
不道徳な人はいませんでした。
道徳にこだわるなという励ましなのでしょう。

高台に住む人におコメを分けてもらってすぐ炊き出しを考えますね。(中略)

海辺の街の中学校は避難所でした。
体育館は一階なので使えません。
もちろん一晩中水などひきません。
狭いスペースでも教室はいっぱいになり、
廊下でじっとしている人たちもたくさんいました。

水が引かないため、高台などへはいけません。
そもそも高台に行けたならば、
高台の避難所に始めから行くでしょう。

夜中でも次の朝でも
水浸しになりながら高台に住む人のところに行って、
教室という教室にあふれかえっている避難民のために
どれだけ、米を分けてもらえることでしょう。
ちょっと想像するなりしてもらえばよいはずです。
高台の人が、有り余るコメを備蓄しているという
事情もありません。
われわれは、考えませんね。

震災直後には『誰の所有物かわからない鍋や、誰の家屋の一部だったか定かでない木片を無断で拾ったり燃やしたりしたら、窃盗になる』なんてことを言い出す人も少なくなかったそうです」

誰が言っていたのか、情報源を明らかにしてほしいですね。
どの程度の影響力のあったことなのか、
わざわざ週刊誌に発表することなので、
よほど重大な情報だったのでしょう。

避難所の風景を知っているならば、
偶然落ちている鍋釜や、木片を拾うことが
それほど意味のあることでないことは
よくわかります。
一言で言ってどうでもよいことです。

どうして曽野さんは、どうでもよいことを
週刊誌にお金をもらって書いていたのでしょう。
どうして週刊ポストはこんなどうでもよいことを
お金を払って書いてもらっていたのでしょう。
きっと意味のあることなのでしょう。

知り合いが、平成23年3月11日
低体温症などで亡くなった場合、
このような記事が発表されたこと自体
とてもむごく感じることだと思います。
誰に何のために2014年になって書いたのでしょう。
なすすべもなく死を迎えた人たちに対して、
工夫も努力しないということを嘲笑し、
自分だったらたくましく生きるということを
得々として語っているようにしか読めません。
しかも、そんなこと誰だって思いつくし、
可能ならばやっていることです。

海辺でも避難所でも人の鍋釜を拾って来たり
濡れた木片を拾ってきても
何もいいことはありません。

被災者や被災者を知り合いに持つ人たちに対して
何の慰めにならないどころか
臓物をえぐるような酷い文章です。

それでも、週刊ポストは意味があるということで
表現の自由を行使したのでしょう。
ではなぜでしょう。

私は想像してみるのです。
おそらく、今の日本には、
津波におびえている人たちがたくさんいらっしゃるのでしょう。
その中には、あまりおびえる必要のない地域の人たちも
いらっしゃるのでしょう。
無駄な不安は精神を蝕むと心配されたのかもしれません。

実際の津波では何の役に立たない絵空事ですが、
そのように無用の心配をする人たちに対しては、

津波が来ても、東日本の津波のように
何日も水が引かないということはないのよ、
避難所に人があふれかえるということもないし、
体育館でも公民館でも気を燃やして暖を取ればよいし、
建物の中で暖をとれないなら、
雪の降りしきる外に出て落ちている木片で暖を取ればいい、
東日本じゃなければ、水が引いたらすぐ燃える
それから、町中あるけば、鍋釜が落ちてるから拾えばいい。
多少財産的価値があっても命には代えられない。
こういう時に他人のものなんてことを考えてはいけない。
高台に行けば、避難所の人たちが食べるコメが
大量に備蓄されているのだからみんなで行って
分けてもらいましょう。
と励ましているのでしょう。

これで十分なのでしょう。
実際に津波が来るとは思っていらっしゃらないのでしょうから。

もう疲れてきました。
やはり、曽野さんの主張は
善解しようがありません。
縦横ななめ前後ろから見ても
不道徳なお話だというほかはないようです。

訳知り顔で、罪もない人を傷つける言動です。
そしてそれにメリットは何もないようです。
不道徳です。

3月11日午後3時ころ。私は海辺の町に自宅のある職員に帰宅の指示を出しました。 [震災等]

2011年3月14日にアップしたこのブログの記事です。
3月11日の午後3時ころの裁判所付近の様子がレポートされています。

http://doihouritu.blog.so-net.ne.jp/2011-03-14
「3月11日2時45分その時仙台市青葉区一番町では。震度6はこんな感じでした」という記事

電気が通じて、まず記録を残さなければならないということで、
この記事を書いた記憶があります。
何かに利用しようという目的はなく、
ただ、事実を残そうという気持ちで書きました。

記載してあるとおり、
裁判所も法律事務所
しばらくは、全くなすすべなく
激しい余震が続く寒空の中
職員を待機させたままでした。

合理的に考えれば、
小さいお子さんのいる職員は
直ちに子どものもとに返すべきだったと思うのですが、
それすら出来ていないようでした。

私の事務所の職員は、
海辺の町に自宅があります。
私は躊躇なく帰宅を指示しました。

幸い交通機関がなかったために
途中津波に巻き込まれることがありませんでした。
私は、使用者で、職員に対する安全配慮義務があったのですが、
自分が早く帰りたい一心で、
職員も同じだろうと思い帰宅を命じたのです。

冷静な判断なんてできず、
今日は仕事終わりと、
裁判所や他の法律事務所に先駆けて
業務終了を宣言したのでさえ、
誇らしい気持ちでした。

もし、自分のパーソナリティに「障害」があり、
全く冷静な思考が可能だったとしましょう。
帰宅途中職員が津波に巻き込まれるということを
果たして考えたでしょうか。

まず、津波が来るという発想は全くありませんでした。
では、たまたま津波の知識があって、
地震のあとに津波が来るぞというところまで
考えが行き着いたとして、
まさか、海から1km離れた道路に
津波が到達するかもしれない
とまで考えたでしょうか。

ありえません。

南三陸のリアス式に津波が来たことは
経験者である祖母から聞いていました。

しかし、仙台湾の中に
大規模な津波が来るということは
一切念頭にありませんでした。
津波といっても
せいぜいいつもよりも波打ち際が
陸地に食い込む程度の
ニュース映像を思い出すのがせいぜいだったと思います。

仮に職員が帰宅途中に津波に巻き込まれて死亡し
両親から訴えられたら
私はどう対処していたでしょうか。

震度6の地震で呆然として思考力が落ちていることを
言い訳にすることはできないのでしょうか。
1000年に一度の津波を想定しなかったことで
職員の全損害を私だけが引き受けなければならないのでしょうか。

民事裁判は、損害の公平な分担を目的とします。
私が全損害を賠償するのは公平なのでしょうか。

国も自治体も1000年に一度の津波を想定した訓練も
情報提供もしていませんでした。
名取市閖上では、消防署の近くに住んでいる人も
津波が来ることを知らず、
親戚が通りかかったためにようやく気がついた
ということをその人から聞いています。

それでも、その国の機関である裁判所から
国の責任を棚上げにして
私が全損害を賠償することを命じられるのでしょうか。

地域でも、誰も1000年に一度の津波が来ることを
震災前は話題にもしなかったと思います。
少なくともうちの職員は言っていませんでした。
それでも、全責任が
使用者である私に課せられるのでしょうか。

リアリティとは
必ず誰かに責任がある
ということを意味するわけではないと思います。


東日本大震災、町の課長さんの公務災害逆転認定のご報告 震災の風化を心配する前に教訓の共有を始めよう [震災等]

マスコミにも大きく取り上げていただいた事例ですので、
改めてご報告することといたします。

宮城県の海辺の町の課長さんが、
東日本大震災の激務により、
地震の1週間後に胃静脈瘤破裂による出血性ショックで
お亡くなりになった事例です。

遺族は、公務災害申請をしたのですが、
地方公務員災害補償基金宮城県支部長は、
公務災害ではない、持病が悪化したための死亡だとして、
公務災害を否定しました。
遺族はこれを不服として、
審査請求という異議申し立てをしました。
この段階で、我々が代理人となり、主張立証活動を行いました。
幸いにして、3月20日付で、
地方公務員災害補償基金宮城県支部審査会において、
同宮城県支部長の公務外決定を取消しました、
即ち、公務災害認定されたことになります。

課長さんは、3月31日で定年退職になり、
年休未消化がかなりあったので、
本当は年休を取得して仕事を休んでいても良かったのですが、
確定申告時期であるので、
3月15日まで年休消化を見合わせていたのです。
地震があと4日遅ければ、
今も元気でご家族と一緒に過ごされていたことと思います。
担当した弁護士は、あの著名な川人博弁護士、
目下売り出し中の気鋭の三浦直子弁護士、そして私の3名でした。

この課長さんをはじめとする町の職員の方々の震災後のご奮闘は、
「ものすごい」という言葉を使用しても足りないほどです。
3月11日から17日18時過ぎの発症まで、
支部審査会の認定では、
仮眠時間29時間、勤務時間111時間という激務でした。

津波やガソリンタンクの爆発による火災で、
地域住民の方々が役所に避難してきていました。
役場は、庁舎の廊下も避難者が寝泊まりしていました。
役場の避難住民の対応の他、
避難所周りや交通整理、食料の確保などで、
役場はしばらく騒然とした日々が続いていました。
職員の方々が寝るといっても、避難者が大勢いる庁舎で、
横になるスペースもなく、椅子に座ってうたた寝をする程度でした。
連日深夜や翌朝まで会議が行われ、
早朝から、町民のためのおにぎり作りなどをしていました。
備蓄していた食料は、町民に提供し、
職員は、期限切れのクラッカーなどの非常食を
日に、1、2回口にする程度でした。
支部審査会は、不眠不休の激務だったと正当な評価をしています。
どうして、支部長(第1段階)が、公務災害ではないとしたかというと、
課長さんは、肝硬変等の基礎疾患があったのです。
門脈圧亢進症は、肝硬変によって生じる合併症です。
ストレスはあったかもしれないし、
ストレスによって胃潰瘍になったとすることは医学的に矛盾がないが、
証明されていないし、偶然的要素が大きいということで、
公務災害による死亡とはわからないという感じで、公務外とされていました。

弁護団は、二つの柱で活動をしました。
一つは、公務の実態を丹念に調査することです。
東京の2人の弁護士も現地に来て、
役場の職員から当時の仕事の内容の事情聴取を行いました。
お二人は、初めて聞くお話に蒼白になっていらっしゃいました。
この課長さんの件は、激烈な公務による死亡だとされなければいけない
という強い意志をもちました。

同時並行的に医学的主張のための調査活動です。
私の事務所の優秀なアドバイザーの内科医にレクチャーを受け、
どう言う体のメカニズムのどこが問題となっているかを把握しました。
そうして、6年越しの主治医の先生の意見書に従うべきだという
貴重なアドバイスを受けました。
このアドバイスが、最終的に効果的で、正しい方針でした。
医学的立証活動は、この主治医の先生の医学的意見を、
専門家ではない人たちにどうわかりやすく解説するか
ということに力点を起きました。
理系の方の文章は、簡にして要を得ているというところがあり、
裁判などでは翻訳作業が必要となります。
当初から、アドバイザー医からも指摘を受けていたのですが、
課長さんは、安静と栄養補給が不可欠な病気だったようです。
ところが、一日中立ったり座ったりして過ごし、
夜も椅子に座って仮眠を取るという激務が続いていました。
横になれないのです。安静の正反対の状態でした。

食事も、町民を優先にして、
一日ビスケット1、2枚という日々が続いていました。
肝硬変の人は、食感が空くことが病態を悪化させるので、
消化器学会は夜食を摂る事を勧めているくらいなのです。
これも逆行しています。
この時、我々被災地の住民の多くは、
いつ食料が尽きるのだろうということが常に頭の中に有りました。
この観点からも、本来、公務を解除して、
自宅で安静を確保できる状態にするべきだったのに、
あえて公務を遂行したという表現が
つくづく当てはまるということを理解しました。

弁護団は、これは、
絶対公務災害だと認定されなければいけない事案だ
と全員が、そのような強い意志をもちました。

今回、支部長判断が支部審査会で覆るという
画期的な結果になったのは、宮城県支部審査会の、
公平な視点と論理の賜物だということになります。
但し、それは、突飛な論理というわけではないのです。
地方公務員の公務災害についての最高裁判決に則って、
職務実態の判断も、医学的な判断においても
合理的な判断をしたということになります。
(中には、被災地の審査会でありながら、地震発生後30分してから、沿岸部に避難広報に行けと命じられて津波に巻き込まれて亡くなった事案で、命をかけていけと言っていないからといって、高度の危険があったとは認められないという審査会もあるのです。)
宮城県支部震災会は、特殊公務災害でも、
理にかなった判断をされています。
被災地の実情を正確に把握してのご判断に敬意を表する次第です。

今回の私の言いたいことは、河北の記者さんに、
全く見事に表現していただきました。(オンラインが出たらコメントに貼り付けます)
私たちも、遺族も、そしておそらく亡くなったご本人も、
申請にあたって一番に望んでいたことは、
課長さんが、ご自分の体調が悪いにもかかわらず、
公務員としての使命感で、
町民のために公務を遂行したということを認めてもらいたい
ということがその言いたいことです。

自衛官や警察官のご活躍は、広く報道されました。
しかし、一般職員の方々も、
自分の健康や家族を投げ打って、公務を遂行されていました。
ご自分のお子さんが地震でどうなっているかも分からず、
連絡も取れない中で、ご自分の学級の子供たちがすべて、
父兄が迎えに来るまで、
教室で子どもたちを励まし続けたお母さん先生、
自分の家が流されて家族の安否もわからないにもかかわらず、
避難所を回ってメンタルヘルスのケアに努めた保健師さん、
みなし仮設住宅で情報が入らないことで憤りをぶつける住民に対して、
寝不足の目を血走らせながらも、
言い訳をせずにひたすら謝りつづけた役場職員の方々、
みんな新聞紙さえ引かないで背広を着たまま、
床にごろ寝をして、5月ころまで一日の休みもなく奮闘されていました。

私は、東日本大震災の公務災害や
特殊公務災害の事件を担当するとき、
このような一般公務員の方々の活動の真実を知っていただきたい、
公務員の方々という職種の人は、
東日本大震災の際に、いかに我が身を削って、
住民のために公務を遂行されたか、
この当たり前のことを大声で力説しなければならないと感じています。
それというのも、私の手がけた多くの事案が、
どうやら東京で、被災地の実情も、
公務員の方の実情も知らないで判断されているとしか思えないからです。

この点、さすがに宮城県支部審査会の方々は、
理にも情にもかなった判断をされました。
どこかの政令都市の支部審査会とは雲泥の差以上のものがあります。

支部審査会の宮城県支部長は、あて職で、
知事がなっています。
私は、不合理な支部長判断事案の一つ一つで、
現場が東京に従おうとしていることに対して、
名前を使われる方が、被災地の実情に鑑みて、
猛烈な抵抗をしていただいたと感じています。
今回の妥当な支部審査会の判断も
この知事の姿勢の影響があったと感じています。

私は、宮城県の事例では、自信を持って、
現場庁はともかく、トップは、我々の味方だと言い続けてきました。
今回の逆転の公務災害認定で、一番喜ばれている方の一人に、
名前を使われた方がいると勝手に確信しています。

今、震災の風化を防ごうという声が上がっています。
誰の心で風化が始まっているのでしょう。
それ自体よくわかりません。
ただ、津波に備えた都市計画だけでなく、
震災の時、誰しも目にしていた一般職の公務員の方々の
ご奮闘を正当に評価することが、
その風化を防ぐひとつの方法になるだろうと思っています。

この点を正当に評価せず、ご苦労に報いることがなく、
公務員の方々の生活や家族が崩壊していくならば、
この次なんらかの混乱が生じた時も、
もはや我と我が家族を投げ打って、
住民のために公務を遂行する公務員はひとりもいなくなることでしょう。
命や家族を投げ打って働くのが、公務員として当たり前だというなら、
要領のいい人は公務員なんかにならないでしょう。
もっと要領のいい人なら、公務員になっても、
家で待機し続けるでしょう。

震災の教訓は、まだ共有されていないのだと思います。
その努力をしないで、風化を心配するならば、
今回以下の被害で、今回以上の混乱が生じることは目に見えています。
震災で何があったか、どこが不十分で
誰に感謝するべきか
これから震災の教訓をあぶりだしていかなければなりません。
今回の公務災害認定が,
そのひとつの契機になるべく、努力を続けていきたいと思います。

震災特集番組を見て気分が悪くなったこと、救われた投稿記事 一般公務員のご苦労にもっと光を [震災等]

ここ何日か、震災関連番組が目白押しだった。
大丈夫だと思って、随分見てしまった。

何日か前は、寝る前に、
パンドラの小箱みたいな様々な化物が
体中を襲うような奇妙な感覚になったし、

11日は朝から重く、
上からのしかかられるというより、
腹をつかまれて、下に押し下げられる
というような感覚だった。
自然と半泣きになっていた。

要するに3年しか経っていないのだ。

実際に宮城県の被災者として
テレビに出てくる人の何人かは、
生きている時に、話をしたことのある人だ。
親戚だったり、友人だったり、
知り合いの知り合いの知り合いくらいで
ほとんど8割以上だろう。

津波の映像が流れるが、
要するに自分の関係者が死ぬ瞬間なのである。
そこに自分の知っている誰かがいる可能性がある。
インターネットで遺体の映像が流れることがあるが、
自分の家族の遺体を晒したいか。

おそらく、こういう感覚は、
よほど感受性がない限り、
被災地の住人という感覚なのだろう。
被災以外にもいろいろな
他人に対する支援はあるけれど、
その難しさを自分でも感じる契機になった。

それから、震災番組の多くが、
被災地以外の人たち向けに作られているのだろうな。
復興という娯楽が提供されているのだろう。

本当に何かを伝えたいなら、
例えば、遺体捜索以外の
被災地の公務員の活動を紹介して欲しい。

震災で、自分の子どもの安否も確認できず、
学校で、父兄が迎えに来るまで、
他人の子どもを励まし続けて、
最後の子どもが引き取られるまで、
学校に居続けたお母さん先生。

自分の家が津波で流されたにもかかわらず、
家に帰ることもできずに
避難所を回ってメンタルヘルスケアを行った
保健師さん。

仮設住宅で、情報が入らないで不安が募り
クレーマーみたいになってしまった住民に、
明らかに寝不足の目を血走らせながら、
ひたすら謝り続けた市役所の職員、

そして、命をかけて避難誘導をしていた
職員の方々。
この方々が、命をかけて公務を全うした
とは認められていない現実。

こういう方々を紹介して、賛美して欲しい。

昨日はかなりネガティブな状態でした。
酒飲んでもさっぱり酔えない。

そんな時、フェイスブックで、
震災後のお子さんの成長と
家族の絆の深まりについての
ご報告の投稿がありました。

初めて暖かい涙を感じました。
失ったものもあるけれど、
得たものもあるというメッセージをいただきました。

震災特集をするなら、
こういう地に足がついた
生活の息吹を込めた
番組を制作して欲しいと切に願います。

間一髪とか、スリルとサスペンスとか、
そういうのは、被災地以外でやってほしい。


仙台市に「基準」とは何か問い合わせました。これからのがんばる方向について [震災等]

仙台市に、
6月6日の市長の記者会見で言っていた、
基準値を下回っていたというところの
「基準値」とは何かというところを問い合わせてみました。

ここで、話を聞いてもらうために、
まず、測定をすることに感謝を述べました。

考えてみれば、みんな自治体職員の方が忙しい中、
大変な話です。
話しているうちに、健康にご留意されてという気持ちに
なってきました。

新たに職員を増やして、
その人件費を国や東電で出してほしいと素朴に思います。

それはさておき、
やはり20ミリシーベルトのことをいっていたので、
文部科学省に電話したら、福島限定だし
その福島県でさえ5月27日に
基準は年間1ミリシーベルトを目指すということに
変わったという話をしました。

安心という言葉ばかり先行して
できる対策をしない
という間違いが生じないか不安だと説明しました。

とても丁寧にお話を進めましたが、
とても丁寧に受け答えしていただきました。

(ただ、記者会見資料の電話番号は
誤記の可能性があるということのようです。
内部連絡がまだ確立していなかったかもしれません。
まあ、ご愛嬌ということで)

いろいろお話をしていくうちに、
仙台市の危機管理室は
年間1ミリシーベルト以下を意識しているようで、
そのための動きを作り始めているようです。

おそらく仙台市の担当部署においても、
いろいろな動き、考えがあるようです。

そうだとすれば、
仙台市とわれわれは、もともと利害が一致するのですし、
悪いのは東電であるわけですから、
仙台市と対立的に接するのは、
得策ではありません。

一緒に乗り切っていこうという姿勢こそが、
同じ仲間という姿勢こそが、
より効果的でもあると思います。

クレーマーだと思われているだろう私ですら、
まずは、御礼をいい、最後も健康にご留意されるよう申し上げて、
電話を切りました。

私の電話口での感謝でさえ、
本当に喜んでもらっているようで、
いい人を担当者としたなあと
やられたという気持ちでした。

それだけに、激しい不安を
激しい怒りに転化させた素の感情で
接してしまったら、
それ自体も危険な話だなとつくづく感じたので、

大急ぎで本日3本目の記事を書いている次第です。

仙台市は、放射能対策という流れができつつあるようで、
とりあえず年間1ミリシーベルトという数字も
意識され始めているようです。

お母さんお父さんのがんばる方向
力の入れる向きも
この流れを定着させて
確かなものにするという感覚が、
最も有効な方法論になるのではないかと
思いました。

そのためには、その流れに向かう動きを
きちんと評価して、
その流れでがんばっている仙台市の職員の方々を
大いに励ますことからはじめることを
お勧めいたします。

震災で選挙もできない町があるのに、内閣不信任案を提出するのか。切り捨てられるのか。 [震災等]

内閣不信任案もよいけれど、
宮城県ではまだ選挙できない自治体もあるのだけど、
そこのところ、わかってやっているんだろうか。

わかって、国会を解散しようとしているのだろうか。
自民党も、公明党も
菅さんも。

なんか、もしかしたら、
震災の被害の実態や、
原発の被害の実態を
把握していないってこと?

それとも選挙できない自治体の国民=被災者は
選挙権という国民の根幹の権利を
切り捨てられるってこと?

選挙にお金かけている場合?

震度6を経験せずして、パニック行動を嗤うなかれ、結果論ではその先の真実にたどり着かない [震災等]

某週刊誌に、
津波被害にあった園児の通っていた幼稚園を
糾弾するような記事が掲載されていました。

出張の時、本屋でちらりと表紙の見出しを見て
ちょっと立ち読みしただけです。

宮城県民なら大抵の人が知っている話です。

要するに、高台にあった幼稚園なのに、
マニュアルには、高台に避難するよう記載してあったのに、
わざわざ海の方へ、
園バスで園児を返しに行ったことを、
マニュアルの存在さえ知らなかったのではないかと
糾弾している記事でした。

これが、亡くなった園児のご遺族の方のご主張
ということなら、理解も共感もいたします。
私だって、同じ立場なら、
そういうことを言っていたと思います。

しかし、
ある程度公的な週刊誌の主張となると、
おそらく、宮城県民の少なくない割合の人々は
違和感を感じると思います。

誰が、あの時、冷静で合理的な判断ができ、
冷静で合理的な行動をとったでしょう。

津波が無い地域でも、
お帰りの時間という幼稚園は多くありました。
自宅近くに園バスの停留所があればよいのですが、
働いているお母さんとか、
停留所から遠い所に住み、地下鉄などで迎えに来るお母さんも
結構いらっしゃいます。

園バスが「いつものように」子どもたちを停留所でおろして、
交通機関が止まったために迎えに来れなかった親を
いつまでも待ち続けた園児も結構いたようです。
おそらくマニュアルはあったはずです。

自分の直接体験しただけでも、
というか自分についても、
ずいぶんとんちんかんな行動をしています。

地震がすぐにおさまるだろうと
揺れが続く中、法律相談を続け、
弁護士会の職員に促されて、ようやく弁護士会館から外に出ました。
ちなみに、歩道でも法律相談は続いていました。

その後、事務所に戻り、
気にしていたのは、
4時に打ち合わせがあったので、
どうやってキャンセルしたらいいかということでした。

電車を利用して仙台にくるお客さんだったので、
そもそも、仙台までもこれなかったということは、
今になれば笑い話ですが、
その時は、思いもよりませんでした。

最終的には、謝ろうということで、
事務所を解散して、自分も子どもを迎えに移動したのでした。

それでも私は、まだ好判断をした方です。
(と言っても、冷静な判断ではなく、ほとんど勘)

国や国に準ずる公的な機関は、
いつまでも、何をするともなく、
裁判所や公園に職員を待機をさせていました。

前に書いたとおり、私は事務員を探し回ったため、
解散までに時間が大分経過したのですが、
相当時間経過後に解散を決めた後も、
多くの人たちが、不安そうな表情をして
解散もできず、ただ、立ち尽くしていました。

公的な機関も、冷静な対処はできませんでした。

上司の判断が遅れて、
帰宅が遅れた人が大量にいたわけです。
無駄に足止めを食っていた人が多数おり、
そのために、
冷静に子どもたちをキープしていた学校等の
先生方は、帰宅できませんでした。
私が何時ころ学校に着いたか今となっては覚えていませんが、
4時前ではあろうと思います。
まだ、半分くらいの子供たちが教室に残っていました。

私は、早く返したことを自画自賛していましたが、
よく考えてみれば微妙です。
職員の帰宅方法を確認しませんでした。
その日に限って、オートバイなどできていたら、
それこそ、津波に巻き込まれたかもしれません。

何を言いたいかといえば、
それほど3分続いた震度6の地震は、
人々から冷静な判断力と、迅速適切な行動力を
奪うに十分な衝撃でした。
ということです。

それでも、
幼稚園児という判断力を期待できない人たちを
預かる仕事は、冷静な行動を、マニュアル通りの行動を
しなければならないのかもしれません。
それはそうかもしれません。

ただ、私は、第三者だからなのですが、
居丈高に、糾弾することには、
どうしても違和感があるのです。

園児のご遺族ならわかります。
そりゃあそうでしょう。
それなら、あえてこんな批判がましいことは言わないのです。

しかし、震度6を経験していない人から、
マニュアルがあったのにそれを実行しなかったのは、
マニュアルの存在も知らなかったからではないかと
そう書かれてしまうと、
どうしても、感情的には、おさまりがつかないのです。

このタイプの事件は、
我々宮城県民はいくつも知っています。
結果論で言えば、中には判断ミスということもあるでしょう。

裁判にもなるかもしれません。
しかし、
某週刊誌みたいに
あの震度6を経験していない人に、
結果論で裁かれると思うと、
怖い気もします。

今回の責任を裁くことはともかく、
今後同様の結果を回避するためには、

マニュアルを実践しなかったという批判は、
結果論に過ぎず、何ら実践的ではありません。

その時、幼稚園側が無意識下に何を気にしていたのか、
なぜマニュアルを実践しなかったのか、
その言い分に、冷静に耳を傾ける必要があると思われます。

その津波の犠牲にあわれた幼稚園だけでなく、
交通機関がマヒした園バスの停留所に
園児を置き去りにした幼稚園の話も含めて、
総合的に情報を集めて、
結果論の奥の問題の所在をあぶり出す必要があると
思います。

応用のきく形で、記録としてとどめ、
後世、他地域に伝える義務はあるのだろうと思います。

マニュアルを実践できなかったのは、
この幼稚園だけではないのです。
何か共通の理由があるはずです。

マニュアルを実践しなかったのは悪い
で終わってしまったら、
形を変えて、悲劇は繰り返されてしまうでしょう。

第三者は、冷静に、その先こそ、将来に向けて
探求するべきだと思います。

被災者と接する異業種交流ネットでできることのサンプルを考える。社会的に先手を [震災等]

被災者に接する業種が一堂に会して、
情報交換をしたり、共同行動をしたりというプランなのですが、

新聞記者の人と話をしていて、
もっと具体的に、形を構想しなければならないと指摘を受けました。
なるほど。

4月11日に思いついた段階では、
弁護士等法律家、ボランティア、自治体職員、マスコミなどが、
被災者と接する場合、
もう一つ気遣いをするヒントを、医師などからもらって、
せっかく相談を担当しているのに
逆に被災者を傷つけないようにとか、
接することで、被災者を励ます方向に進化できればいいなと思ったのと、

長期戦に突入するので、
想定される精神的疲労を予想し、
できることの対策を立てるという2本に整理できます。

これでは抽象的だし、現段階では話は進みました。


第1に、相談担当者が相互に連携をとるということのサンプル

カウンセラーの方に伺ったのですが、
カウンセリングしていて、
相談者が、借金の問題や相続の問題で悩んでいる場合があるそうです。
カウンセリングを進めるにあたって、
法律的問題の解決方向、解決できる類型かということはよくわからない。
法律家がいれば助かる。
いい加減なことも言えないので、それは弁護士に聞いてくださいと
いうしかないということがあるそうです。

人権相談というか、お話し傾聴しますという相談会の時も
弁護士のサポートが求められました。

一人いると便利なようです。

例えば、避難所のカウンセリング活動に
弁護士を派遣し、同行させるというのが一つの提携でしょう。
逆に、法律相談にカウンセラーに同行してもらう。

カウンセラー、弁護士が、
人権相談というか、傾聴隊にチームとして参加する。
という方法もあると思います。

また、例えば法律家が、法律相談をしていて、
近くに医師等がいない場合、
どこかにつなぐ必要があると感じた場合、
そもそも、
どんな時につなぐ必要があると感じる場合があるか
つなぐ時、どこにつなげばよいのか、
つなぐ時、どういう言葉をかけてつなげばよいのか、
わからないと、どうしようもありません。

例えば、カウンセラーの方、
例えば弁護士会の窓口の担当者と
顔を見たり、言葉を交わしたことがあるかどうか
ということが、
安心してつなぐことに大きな役割を果たすように思うのですがどうでしょう。


第2に、被災者の情報の業種間の流通ですね。

マスコミの人たちの役割も重要でしょう。
色々な場所に行って取材しているので、
地域の違いも良くわかっています。

あの地域は、勤務中に被災にあった人が多く
働き手を失って困っている人が多いという情報が来れば、
社会保険労務士と弁護士が駆けつけて、
労災申請をして、遺族年金、就学援助等の
集団申請説明会を行うきっかけになると思います。

集団で行うことによって、
必要書類流失に対する対処を工夫したり、
労災と損害保険の区別のつかない人に
誤解を解いてあげて、少しでも生活の援助をしたり、

情報の流通は、
現地の肌感覚を流通させることによって、
切実なニーズを把握できると思います。

情報を提供する人が気づかないで報告したことも
受け手が専門家ならピンと来ることもあると思うのです。


第3に他業種からの専門的なヒントの流通も考えられます。

当初の案に近いのですが、
法律相談担当者が、法律情報を提供するにしても、
それはだめです、そんな制度ありませんというより、
それはこういう風に考えてはどうでしょう。
その制度は残念ながらまだありませんが、
今こういう動きがありますから、急がない方がよいですよ
というような
もっともっと、心理面に配慮した表現を教わるとか、

あそこで、ああいう活動をしていたけれど、
後で聞いたら、怖くて近づけなかったって言ってたよ、
なんか、立派なスーツ姿で来られていたので
気後れして、本当のことが言え無かったってよ
とか言ってもらえば、
じゃあ作業着ブルゾンを着て行くかとか。

新聞やテレビを見ていて
こういうインタビューは、こういう心配もあるよ
こうすると生きてくるんじゃないとか。

業種間の相互啓発みたいなことができるといいなと思います。
なかなか被災者の方、一般の方は、
なんか不満があってもこんなものだろうと思ってしまいます。

あとちょっとのところで、格段に違うサービスになるのに
もったいないということもたくさんあると思います。

そんな被災者の声をぽろっと拾った別の業種が、
ネットワークの中でこんなことを言われたといえば、
別の業種の人が、こうすればもったいなくないさと
アイデアが出てくるのではないでしょうか。

結構専門業種は、日々同じことを繰り返しやっているので、
修正がきかなかったりすることがあったりするものです。


第4が、重要な潜在的なニーズや必要な行動の掘り起こしです。

なんといっても未曽有災害です。
誰もどうなるかわからないのです。

でも、日常生活と復興活動の二つの時間を
同時に生きているわけです。

肉体的疲労だけでなく、精神的疲労が起きてくることは
当然のことだと思います。

津波の被害を受けた方ばかりではなく、
宮城県民は、程度の違いはあれ、みな被災者です。

今専門家が何をしなければならないか、
別角度からの考える視点を入手する必要があると思います。

結構どの業種も、震災基準から日常基準に
戻ってしまってきているのではないでしょうか。
震災におけるマスコミの共同ということもなく、
東京の論理で、すっぱ抜きの競争に戻ってきているのではないでしょうか。
毎年のゆく年くる年だって共同できるのだから、
被災地の共同行動だって、不可能ではないはずです。
共同取材をするオリンピックは4年に一度ですが、
今回の震災は1000年に一度です。

違いは、東京と被災地ということなんだと思います。

人と接する業種が、共同行動を行い、
必ず起こりくる精神的疲弊に、先手を打って対処する
これが実現できれば素晴らしいことだと思うのです。

人と接してみて、
こういう変化があるようだけど、
何か悪い兆しだろうか。

他の業種では、
それなら、いつもはこういうこんな感じだったけど、
最近こういう相談がやたらと増えたって言ってたな
とか、

ああ、それなら、例えば、もっと感情を開放するきっかけがあるといいね、
そう言えば子どもたちの笑うきっかけがないね
現実を考えない夢中になれる時間があるといいかもね。

じゃあ、映画会を各公民館でやりましょうかとか、
じゃあ、俺たちがお笑いライブをやるよとか、

あるいは、
患者さんにこういう症状あったんだけど、
学校でも同じ症状のこどもがいるそうなんだけど

じゃあ、ちょっとアンケート調査をしましょうか。

それが学校だったり、父兄だったり。
バリエーションが広がって行くように思います。

アンケート結果に基づいて、
カウンセラーや医師が必要な行動を考える。
場合によっては、国にはたらきかけることもあるでしょう。

活動報告を兼ねて、情報提供と、問題提起を
シンポジウム形式で、
市民集会で市民に提起することもできるわけです。

そうして、精神的疲労が病気や病気の手前になる前に、
そうならないように行動をうつ
症状が出てから対処するのではなく、
社会全体で先手を打つということができると思うのです。

第5は課題ですが、

やっぱり、ネットワークの核があった方がいいのです。
ネットワークの会議自体は、
2カ月に一度くらいがせいぜいでしょう。
その間常設の情報集約方法があると良いと思うのです。

インターネットで情報提供を受けるとしても、
やはりそれを整理する役割の人が必要です。

問題は、この組織ボランティアで行うことになると思うのです。
お金もないし、
業種の性質上、暇な人はいないのです。

県も、市も、がんばれないほどがんばっているので、
民間ベースで動かなければなりません。
そうじゃないと進まないというか。

これが課題ですね。

マンションの中層階の壁の被害、修復のための時期とリフォームインフレの監視の必要性 [震災等]

マンションの中層階と高層階の格差というのがあるんだそうです。

自宅も事務所もマンションなのですが、
確かに特定の階に被害が集中しているのです。

もっとも、
柱とか梁とか建物の主要構造部に
今のところ被害が無い場合の話です。

特定の階の、雑壁に
ひびが入ったり、血管が怒張したような筋が入ったり
しているのです。

先ず、大きな地震でマンションが揺れているところを想像してください。
手でこんにゃくを立てて持ってゆらしてください。
手から3分の1くらいまでは、比較的まっすぐでしょう。
上から半分くらいもまっすぐでしょう。
下から3分の1から半分のところが前後に曲がって
揺れていると思います。
ここが被害の大きな中層階らしいのです。

次に、壁の亀裂ですが、
大抵は構造と関係ない雑壁なので、
亀裂があるからと言って建物が壊れるということは無いようです。

しかし、見た目は悪い。
確かに自分の家の玄関のわきに亀裂が入っているのは
いやな気持になるでしょう。
早くなんとかして欲しいものです。

これも、実は計算された被害で、
主要構造部である柱や梁に
過重な負担がかからないように、
あえて、雑壁の強度を強くしないということらしいのです。

筋交い(バッテン)のように亀裂がはいるのが、
理想形の亀裂なんだそうです。

要するに中層階の被害は、
高層階を含めてマンション全体を守るための被害なので、
修復はマンション全体で取りかかることが
当然だということになりそうです。

ここで問題なのは業者がいないということです。
1件だけの仕事を請け負うためには業者は来ない。
被災地の仮設住宅を作っているか、修理をしているようです。
しかも、関東方面からきているようです。
宮城県では仕事の無い人もいるのになんかもったいない。

仙台市内のマンションの修復工事は
9月くらいにピークになりそうで、
しかも、かなり高額になりそうなのです。

地元業者がなんとか、震災被害を挽回しようと
がんばっているなら、リフォームインフレも
まだ我慢できるかもしれませんが、
被害の無いところからきて、
相場より高い代金をとられると思うと納得できない。

物価統制というか、監視が必要なのではないかと
ちょっと耳にしたので、ご報告ということで
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