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知恵の実と失楽園、文明と不平等の起源 なぜ科学が人類を滅ぼそうとするのか。 [故事、ことわざ、熟語対人関係学]

アダムとイブは、
禁じられていた知恵の樹の実を食べたことで、
楽園を追放されました。

禁じていたのはエホバだとされています。

この記事は、この聖書のエピソード
解説するわけではありません。

対人関係学的に見た場合、
この聖書の記載が、
人類史の大きな転換点を象徴的に表現したものだという
真理を感じたので、
そのわけをちょっとお話してみようと思います。


おそらくアダムとイブという
個を確立する以前の人間は、
群れの中の一員という意識、無意識が大勢を占めていて、
一人一人の利益が衝突するということは
あまりなかったものと思われます。

人間の先祖がチンパンジーの先祖から分かれて
800万年と言われています。
そのほとんどの時期、
人間は群れを作って生存していて、
群れの構成員は全て平等だったと思います。

牙や爪といった武器を持たず、
逃げるための脚力や、敏捷性等を持たない人間は、
一人で生きていたのでは、
外敵から簡単に捕食されてしまっていたでしょう。

しかし、比較的大型の体格をした人間が、
集団を形成することは、
猛獣から見ても不気味ですから、
襲われにくかったと思います。

要するに群れの頭数が
人間の祖先を守ってきたわけです。

だから、群れ全体の頭数を確保することが
人間にとって必要でした。
食料は平等に分けられたと思いますし、むしろ、
むしろ弱い者にこそ手厚く施されたことでしょう。

なぜならば、
弱い者が病気になり、死んでしまったら
頭数が減ってしまうからです。
強い個体も、
自分が強いことで群れから大事にされることで満足し、
おそらく、自分の働きに応じて食料をよこせ
という発想はなかったことでしょう。

自分と群れを対立的に考えるのではなく、
群れの他の構成員と自分も
それほど区別がつかなかったと思います。

「自分が」ではなく、
「私たちの群れが」という意識だったでしょう。

だから、自分の死にあたっても、
群れの存続が図られるのであれば、
それほど怖さは無かったと思われます。
個体が群れに埋没していたともいえるかもしれません。

このような平等は、きれいごとではなく、
個体が生存するための必須条件です。
つまり平等を守ることができる群れだけが
群れの頭数を確保して
遺伝子を継承することができた
ということになると思います。

われわれはその末裔ということになるでしょう。

この遺伝子上の仕組みのために、自分の利益のために
他の構成員に不利益を与えるということは、
自然と嫌悪の情が湧いたのだと思います。
理屈ではなく、遺伝子レベルでの志向、感情
ということになるわけです。

さらに、抜け駆けをする個体を駆除しなければ、
群れを守れないというのであれば、
抜け駆けする個体を集団の力によって駆除したでしょう。

それは、おそらく何百万年かけて
遺伝子に定着していったものと思われます。

ここ数万年の最近になって、
食料が備蓄できるようになってきて、
また生産力も人工的に高められることによって、
客観的には、
必ずしも平等を貫かなくても、
弱い個体が死滅して群れの頭数が減り自分も死ぬ
ということにはならなくなりました。

しかし、客観的な事実の変化に反して
かなり長い間強制平等は徹底されていたと思います。

強制平等が生まれたのも、
理性の力というよりは、
強制平等を志向する遺伝子だけが生き残ったということですから、
客観的に強制平等の必要性が無くても
遺伝子が伝える感情がそう簡単になくなることはないからです。

そうだとすると、知恵の樹の実を食べることを禁じたのは、
遺伝子の声であり、
そういう遺伝子に作り上げた地球の神秘であり、
そういう意味で神であったということは
とても良く理解することができたのです。

では、結局知恵の樹の実の「知恵」とは
何だったのでしょう。

肯定的な面を見ると、
客観的な合理性のないルールを疑い、
必要のない縛りから個体を解放する
という面があるでしょう。

しかし、否定的な面を見ると、
自分の知識の範囲だけで行動することになったとともに、
自分の利益と他者の利益を対立させるようになり、
簡単に言えば利己主義の始まりだということになるでしょう。

他人と自分の区別をするようになり、
他人をさておいても自分の利益を守る。
弱い者を踏みつぶしても自分の利益を図る
ということが始まったわけです。

群れ全体の利益と自分の利益が
同じものにならなくなったために、
自分の個体の死というものが、
とてつもなく恐ろしいものになっていったわけです。

楽園から追放されて以来
「人間は死ぬようになった」ということは
こういう意味で、真理だと思います。

他者と自分の区別を感じるようになり、
他者との間で優越的地位を保とうとすれば、
羞恥の感情も現れるでしょう。

聖書の記載は全く正しいと感じるわけです。

人間が知恵を獲得したことが
原罪だというキリスト教の教えも
すんなり受け止めることができます。


知恵や理性は、私もこれまで
正しいもののように思っていました。
あるいは好ましいものだと思っていました。

しかし、まさにこの抜け駆けという意味での
「知恵」の中には
遺伝子から来る感情である、
「仲間に不利益を与えてしまって申し訳ない」
というものや、
自分の行為によって不利益を受けて、
悲しんだり、途方に暮れたりする仲間の
負の感情に対して共感を覚えたり、共鳴してしまったりという
遺伝子から来る感情を抑圧することができてしまいます。
そうして、自分の利益を図ることができるから図る
という意識的あるいは無意識の働きが
可能になるという仕組みが生まれます。

弱肉強食を是認することは、
知恵や理性の力ということになるでしょう。

知恵や理性の集団的な表れである「文明」も
もしかしたら、利己的な思考の表れではないかと
ハラリの「サピエンス全史」を読むと
そう思わざるを得なくなります。

これを端的に表したのが、
ヒュースケンの「日本日記」です。
ヒュースケンは、幕末ハリスの通訳として
来日した人物で、
日記をつけていたものが公刊されています。

西洋文明が入ってくる前の
美しい日本人の情景がふんだんに記載されています。
日本の滞在時間が長くなるほど、
西洋文明とは異なる日本人の行動様式にひかれていったようです。

ヒュースケンは、次のように書き記しています。
「今や私がいとしさを覚えはじめている国よ、この進歩は本当に進歩なのか?この文明は本当にお前のための文明なのか?この国の人々の質素な習俗とともに、その飾り気のなさを私は賛美する。この国土の豊かさを見、いたるところに満ちている子供たちの愉しい笑い声を聞き、そしてどこにも悲惨なものを見出すことができなかった私には、おお、神よ、この幸福な情景が今や終わりを迎えようとしており、西洋の人々が彼らの重大な悪徳を持ち込もうとしているように思われてならないのである。」(青木枝朗訳岩波文庫221頁)

結局、このヒュースケンの見通しが正しかったかもしれません。

この点において、ハラリもサピエンス全史下巻で、言及しています。

要約すると、
境界を接しない国に対する侵略は、技術や国力で実現したのではなく、
西洋的な文明によって実現していった
だから、いち早く文明を取り入れた日本が、
西洋列強から支配されず、
他国を侵略していくに至った
というのです。

もちろんここでいう「文明」は
「知恵」や「理性」の総体としての「文明」です。

日本が西洋列強から支配されなかった原因が
西洋文明の導入にあるというハラリの考えは
私は不十分ではないかと思います。

日本の文化と秩序は、
日本人が意識的に形成していったものです。
そこには武士や僧侶たちの意識的な活動がありました。

但し、他のアジアの国々やイスラム圏の国々と異なり、
日本が、他国に攻め込んで支配しようとするようになったんは、
明治維新という、日本の西洋化の結果だと言われれば
得心できるところが多くあります。

「文明」は、他者との競争をもたらしましたが、
競争を勝ち抜くために
物事を単純に割り切るようになりました。

正と悪、
あるいは正と誤
自分側と敵側、
やるかやられるか、
好ましいもの嫌いなもの
加害者と被害者
支配する者と服従する者
勝つ者と負ける者
理性と感性あるいは、理性と本能

単純化して対立させることによって
「同じ人間なのだ」という当たり前の理解を
自分で封殺することができるようになったわけです。
だから、他人を陥れて
自分の利益を図ることができるのです。

これは、明治維新以来
日本においても徐々に定着するようになりました。

江戸時代までの日本は、
善悪で割り切るのは子どもの発想でした。
いや子どもですら、
例えば、仁義礼智忠信孝悌という
様々な価値観があるということを
読本などで知っていました。

かたき討ちは、
人を殺すことでよくないが、
親の敵を討つという側面では共感できる
という複雑な思考を
当たり前のようにしていたことになります。

文明が徹底されれば
ただの殺人者ということで終わってしまいます。

きわめて極端な結論の
どちらかに入ってしまうことにしかなりません。

サピエンス全史のハラリは、
一神教と多神教の影響を示唆しています。

割り切ってしまうことでは、
因幡の白兎は、
わにざめをだました悪ということになり、
皮をはがれても仕方がない
という存在なのでしょう。

しかし、大国主命は、
そんな白うさぎを助けます。
助けることが肯定的に描かれているのが
日本の心だと思います。
簡単に言えば、
「いくら何でもやり過ぎだ。
 もういいじゃないか。」
という発想です。

こういう発想は文明開化とともに
実際上否定されていくことになります。

明治維新以後に書かれた歴史書は
ことさら江戸時代の負の側面を強調していますが、
明治維新はまさに日本のイデオロギー対決の場面ですから、
少し懐疑的に見る必要があるでしょう。

江戸時代までの貧富の差は、
貧しき者の立場をつぶすということはなく、
生活は保障されていたわけです。
上に立つ武士が自らを正して
質素倹約に価値を置いて、
経済的実力以上の振る舞いを禁じていた
という側面があったことを見逃すべきではないでしょう。

もちろん、日本文化の否定的側面もあるのですが、
肯定的側面があまり正当に評価されていないのではないか
という問題意識があるわけです。

さて、そうはいっても、
文明という欲望の正当化という体系様式は、
科学の発展に寄与してきたことも間違いのない事実でしょう。
文明の正の側面ということになると思います。

しかし、その文明ということの出発点が
個人の利益を追求するということであったことの
必然的帰結として、あるいは内包する矛盾として
科学の発展の帰結が、
核兵器や地球温暖化という
人類の滅亡ということになりかねない状態にあります。

また、消えない800万年の遺伝子が、
平等に扱われない苦しい感情の源とになったり、
平等に扱わない自責感情の源となり、
社会的ストレスとなっています。

もともと、遺伝子の声から耳をふさぐことで出発した
知恵や科学や理性や文明です。
理由の理解できない掟から
人間(強者)を解放したという側面がありました。

しかし、
今は、遺伝子の声にこそ耳を傾け
人間本来の幸せを感じる感情を実現させるために、
あるいは、人間の滅亡を回避するために、
弱肉強食の常識を疑うことに使われるべきです。

知恵をそのような方向で
全力で稼働させなければならない時期に来ていると
私は考えます。



これが典型的なパワハラだ。「一度で覚えろ」、「こんなこともできないのか」がとても危険で即刻辞めるべきだという理由 [労災事件]

パワハラによって労働者が自死した事件を担当すると、
かなりの頻度で登場するのが、

「どうして一度でわからない」
「一度聴いたら覚えろ」
「何度説明すればよいのだ」
「何度言ったらわかるのか」
「どうしてこんなこともできないのか」
「こんなことができなくて今まで何やってきたんだ」

という、労働者の能力を直接否定する言動です。

挙句の果てには、
「一度言ったからもう言わない」
「あとは自分で調べろ」
「自分で理解する努力をしろ」
ということで、指導を放棄するという
行動に出ることも多く見られます。

(公共の安全にかかわる仕事で
 こういうことが横行しています。
 自分が言われたことをどうやってやればよいか
 わからない人に私たちの安全が
 ゆだねられているということが結構あることになります。)

こういうことは一度で終わらず、
何度も何度も繰り返されます。

そうすると言われた方はどうなるでしょうか。


人間は群れを作る動物です。
800万年前ですから「言葉」が生まれるはるか以前から
群れを作ってきました。
その仕組みは、
群れから追放されそうになると
「不安」を感じて、
自分の行動を修正することで
群れにとどまってきたというものだと思います。

この「不安」を生理学的に言ったのが
ストレスです。

そもそも群れから追放されるようなこと、例えば
理由もなく誰かを攻撃するとか
弱い者から食料などを奪い取るとか
そういうことを、はじめからしない
ということもこの仕組みです。

自分では気が付かなくても
群れの反応を見たり、推測したりして
やろうと思った行動をやめてみたり、
方法を少し変えてみたり
私たちもやっていることです。

現代社会ではもしかすると
群れにとどまる切迫した必要はないのかもしれませんが、

800万年の人類の歴史の上に自分たちは生きているわけですから、
こういう群れが命の維持の絶対条件だった時の
修正が無くなってしまうことはなく、
遺伝子にしっかり組み込まれているとみるべきでしょう。

無意識に、
不安感や自己嫌悪感が
キチンと形成されているわけです。

とにかく群れから追放されそうになると
群れにしがみつこうとしてしまいます。
人間というのはそういう動物です。

群れから追放されることの不安が高まるきっかけが、
自分が群れにとって不用な人物だという烙印を押されることです。
群れにとってふさわしくない人物だとか
どうでも良い人物だとか人より劣っているとか
自分がそういうふうに思われていると感じると
どんどん不安になり、ストレスが形成されていきます。

先ほどの言葉

「どうして一度でわからない」
「一度聴いたら覚えろ」
「何度説明すればよいのだ」
「何度言ったらわかるのか」
「どうしてこんなこともできないのか」
「こんなことができなくて今まで何やってきたんだ」

これらは、
自分が、職業をする職場の人間として
能力的資格がないということを突き付けています。

解雇するぞとか退職を示唆されているわけではないのですが、
遺伝子的レベルの無意識の反応の中に
群れから追放されるという不安を
つい持ってしまうきっかけになってしまいます。

要するにこれらの言葉の中には、
「これは、私たち職場の人間は、
 通常一回聞けばわかるものだ。
 これを一回聞いても覚えられないのは、
 私たち職場の人間の持っている資質よりも
 一段劣っている資質の人間だということだ。」
という言外の言葉が隠されていて、
その要点を、
むしろ無意識のレベルで把握してしまうということだと思います。

しかし、この評価が正しいということは極めて少ないです。
一回聞いて覚えられるような誰でもできる仕事が
プロとして行われている仕事だということはあまりありません。
素人にできない仕事だからプロの仕事なのです。
一回聞いて覚えられるということはあまりないということが現実です。

次に、すぐに把握できる環境にあるのか
ということが問題です。
過重労働が続いていないか
あれこれといろいろなことを同時期に行うことが要請されていないか
不必要な緊張を押し付けられていないか
という問題があります。

こういう悪条件があると、
新しいことを覚えることは難しくなります。

そしてさらに、
教え方は適切だったか
という問題があります。

立派な上司であれば、
自分に自信のある上司であれば、
自分の教え方を修正しようとして、
部下のわからないポイントを尋ねるでしょう。

そして、どこがわからないのか、
どのポイントに誤解なり、知識不足があるかを見極めて、
適切なアドバイスをするでしょう。

本当を言えば、それができないからこそ、
二度目を教えることができないのです。
一度目は、わけがわからないうちにまとまった指示を出すので、
聞いている方が疑問を持たないのです。

それで実際やってみて、
具体的にわからないことが出てくる。
その分からないことを聞かれると、
そこにピンポイントに応えて、説明しなければなりません。
おそらく、パワハラ上司は、
自分でも人に教えるほどはわかっていないのだと思います。

「自分はそれでも食らいついていった」と言うことも多いのですが、
食らいつく甲斐のあった自分のかつての上司と、
自分自身の比較をしてから言うべきです。

教えないで済ませることができる職場なら
どうでも良い職場ということになります。
上司が役割を果たさなくても不問に付されるということですから
上司にとってとても甘い職場ということになります。
あまり未来のある職場ではないでしょう。

大体は、一度聞いてわかるような話ではありません。
自分で調べると言ったって、
何をどう調べたらよいのか
経験などが無いためにわからないということが多い
ということが裁判等では明らかにされることが良くあります。

それでも、言われている方は
そんな事情は全く分かりません。
次第に、本当に自分には能力が無いのではないか
と考え始めてしまいます。

一つには、繰り返し上司から言われているうちに
そう思いこまされるということもあるでしょう。

ただ、見逃してはいけないことは、
人間は理不尽な扱いを、理由もなくされている
という絶望を感じることをなるべく回避しようとするようです。

だから、「自分が悪い」と思うと
かえって救われるのだそうです。

「どういう風にやったら良いかわからない
 上司に尋ねても教えてくれない
 このままだと、自分は指示されたことが
 達成できない」
労働者は途方に暮れているわけです。

できなければ叱責されるでしょう。
極めて理不尽なことになっているわけですが、
それが理由なくされていると
そこまでひどい扱いをされているとは
人間思いたくないようです。

「何か理由があるはずだ
 その理由を見つけて修正したい」
無意識に人間は救いを求めるようです。

「自分には能力が無い」
だからつらく当たられるのだ
という考えに逃げ込んでいくわけです。
事実、「自分が悪い」
そう思うことで、少し心が明るくなるようです。

どんどん自分に対する自分自身の評価が低下していきます。
自分が生きている価値が無いというような
考えに近づいていきます。

これに睡眠不足や
過重労働が加われば
精神的に破たんしていきます。
生きる意欲が失われていくわけです。

これは極めて悪質なパワハラなのです。
人の命を蝕む行為だと言わなければなりません。
このようなことを、
周囲も容認してはいけません。


このように追い込まれた労働者は
会社を辞めようという選択肢を持たないことも多いようです。

退職ではなく、
会社という群れから追放されそうな自分は、
死ぬことを考えるようになります。

このまま苦しみ続けるか
死ぬか

という発想になるようです。

先ほどの自責の念と似ていますが、
「死んだら」
苦しみが無くなるということを考えると
甘い誘惑に引き込まれていくようです。
次第に死ぬことが
希望のような感覚になっていってしまうようです。

まさに精神破綻です。

職場を挙げて、
このような理不尽を防止することが
会社のためにも労働者のためにも
必要なことだと思います。

万引きについての講演会をします。 ~再度の執行猶予、再度の起訴猶予はどうやって実現したか~ [刑事事件]


平成29年7月20日6時から仙台アエル29階研修室で、
「万引きをしてしまった人にどのように働きかけるか」
ということをお話しします。

万引きは、軽い犯罪のように思われがちですが、
刑法上は窃盗に該当します。
10年以下の懲役(刑務所における強制労働)か
50万円以下の罰金と定められています。

最初は逮捕もされないかもしれませんが、
万引きを繰り返しているうちにやがて逮捕勾留され、
刑務所に収監され、強制労働となります。

警察沙汰になるたびに
「もう二度としません」と誓うのですが、
二度目、三度目になると
当然のことですが信用してもらえなくなり、
資本主義経済秩序を乱す危険人物
ということになり、許されなくなるわけです。

誰だって、冷静な状態ならば万引きはしません。
逮捕された後にはみんな冷静になって後悔します。
問題は、万引きをする前に、冷静に
「やっぱりやめた」という気持ちを持つことができないことです。


大人が万引きをする場合は、必ず原因があります。
だって、小学生前の子どもだって、
教えなくたって、スーパーの商品を
勝手にとって食べることはしないでしょう。

スーパーの床に寝っ転がって
顔を真っ赤にして「買って買って」と
泣き叫んだところで、勝手に持ち帰ったりしません。

子どもの時にしなかった万引きを
大人になってすることには
必ず理由があるのです。

これを明らかにして
理由を無くさないと、
「気が付いたらまた万引きをしていた」
ということになってしまいます。

万引きは理性が働いている状態で行われるのではなく、
無意識に、「お金を払わないで持ち出さなければならない」
という強烈な思い込みの中で行われるようです。

最近増えているある類型の万引きはそのような傾向が強く
我に返ったときに、
どうして自分がそんなことをしてしまったのか
という強い後悔の念と自分を責める感情が襲ってくるようです。

その時は本人も万引きを二度としたくもないと思うものです。
「今度はもっとうまくやろう」と思っている人は
なかなかお目にかかったことはありません。

ところが、無意識のレベルの原因に対応していないから
何らかの事情で冷静さを失うことによって
人格が変わるように万引きをしてしまうわけです。
(この「何らかの事情」は大人特有のものです。)


無意識のレベルでの対応とはなにか、
何に気が付いて、どうすればよいのかを
当日お話しする予定です。

また、なぜ本人がやめるように考えを深められないか
その理由もあります。

先ず、万引きが犯罪であるという
当たり前のことが原因です。
やってはだめなことは冷静になればわかりますから
「悪いことをしました、もう二度としません」
と言えるから、考えが進まないのです。

また、周囲も
「だらしないやつ、万引きをするような奴」
ということで済ませてしまうわけですから
本人の孤立が深まっていってしまいます。

私は、万引きは偶然的要素のある犯罪ではなく、
本人や家族の不具合が万引きという形で現れたもの
というように考えています。

本当に改善するべきポイントは別にあることが多いのです。

自分や家族が万引きをしたという場合は、
関わる専門家、弁護士カウンセラー、あるいは医師
厳選しましょう。
よく話を聞いて、
将来の万引きを予防することに
真剣に取り組んでいる人にかかわってもらうことが必要です。

逮捕された場合は時間が足りません。
貴重な時間を無駄にすることはお勧めできません。
貴方の家族が万引きをしたのには理由があります。
そしてそれは除去できる理由であることが多くあります。

将来の万引きを予防する対策をしっかり立てることが
再度の執行猶予や再度の起訴猶予に向かう手がかりなのです。

私は、刑事裁判になった万引きだけでなく、
刑事裁判になりそうな万引き事例の相談、弁護、
警察には知られていないけど万引きをしてしまった
という相談も多数受けています。

万引きをした人や被害を受けたお店の人と関わる中で
けっこう人間の温かみを感じたりしています。
肝心なことは被害店舗に自分で謝りに行くということ
そうして、それには若干のコツもあります。

そういうことを1時間半くらいかけて
ゆっくりお話ししたいと考えております。

大人とは何か。国会議員のパワハラに学ぶ [労働事件]


大人の反対は子どもで、究極には赤ん坊でしょう。
とりわけ人間の赤ん坊は、自分では何もできません。
おなかがすいても、おっぱいまで自力でたどり着けません。
移動がまず無理です。

暑くても、排せつでも、眠ることすら
自分で始末ができません。

大人に気づいてもらうために
泣くわけです。
大人も、ツバメが巣のひなが口を開けて待っているところへ
餌をやるように世話をします。

人間の赤ん坊の対人関係は
他の構成員に完全に依存をして
身体生命の安全と
対人関係的な安全を確保するという関係です。

「成長」とは、
自分の行動可能範囲が拡大していくことです。
それと同時に、
自分の行動を自分で決定して行動したい
という要求も生まれてきます。
これが本来あるべき動物の個体の特性ですから、
当然のことです。

ちなみに、この決定権が阻害されたときの反発が
「反抗」です。

大人になるということや「成長」が
身体の変化についてだけ語られることが多いのですが、
対人関係学的に言えば、
一つは、今述べた自己決定による行動の拡大が「成長」です。

もう一つの「成長」は、
対人関係における自己の在り方の変化です。
これが重要な指標ということになります。
つまり、
赤ちゃんの時は、すべて
例えば家族という対人関係では
親等が対人関係的な危険を除去してくれていました。
自分は、家族という対人関係に対して
何らかの行動で貢献をしていません。

完全に従属的な対人関係です。

少しずつお手伝いをしながら、
家族の一員として行動をするようになります。
同じ行動をしても、
例えば勉強をしていても、
自分のためだけに勉強をするのではなく、
将来の家族のためだったり、
家族の一員として頑張る
等の意識付けがなされることもあります。

家族に何かしてもらばかりではなく、
家族のために何かをするようになるということです。
これが対人関係学的な成長です。

こういう体験を通じて、将来、
親の家庭から独立して
自分の家庭を持つための準備になるわけです。

動物の場合、
本能的ないし生理的に
子別れの時期が来て子別れができるのですが、
人間の場合、
意識的に行わないと
親離れ、子離れができません。
こういうケースも多くなってきました。

一つのキーワードは、
家族の構成員として子どもを行動させることが、
逆に子離れ、親離れを自然にスムーズにするということです。

親がすべてをしてあげることは、
あるいは、親にすべてをしてもらおうという意識は、
子どもが大人に成長することを阻害することになります。

年齢が大人に達してなお、親に依存している生活を続けてしまうと、
なかなか対人関係学的な意味での大人になりません。
それでも、時が過ぎると、親に依存することができない年齢になってしまいます。
こうなると、ようやく対人関係学的に大人になったときにできることは
せいぜい親の介護だけだったということもあり得る話なのです。
その人の一生が老老介護で終わってしまうということです。
もしかしたら、それは親の責任かもしれません。

以上から見えてくる「大人」とは、
「他人に依存することなく、
 対人関係を、主体的に形成していく人間の成長の段階」
を言うのだと思います。

主体的に形成するといっても、
人間は群れを作る動物ですから、
他の構成員と共同作業をする
という特質があります。

共同作業と依存のどこが違うかということは、
共同作業は、相互に相手を尊重しながら、
それぞれが自己決定した行動を共有します。

依存は、決定過程に一方の意思しか反映しません。
他方が自分で何かを決めることは許されません。
一方が結論を求めて他方が従うという構造となります。

赤ちゃんがおなかがすいたからおっぱいをあげる
というのは、
赤ちゃんの決定、つまり、「自分のおなかを満たせ」という結論の求めに
親が対応しているということになります。

行動を決定する者、結論を求める者こそが、
実は依存者なのです。

最近実録音声が公開された国会議員のパワハラは、
パワハラ加害者の幼稚性を
実にわかりやすく示しています。

この場合、結論を求めている方が
国家議員でした。
国会議員が秘書に依存していたと評価されるべきです。

過去の誤りをなかったことにしろという
典型的な無理難題の結論を
秘書に押し付けていたわけです。

実現不可能な結論を求めて、
攻撃を繰り返すところに
パワハラの特徴があります。

厳密な意味では不可能ではないにしても、
実際それを遂行するのは著しく労力がかかる
ということも似たようなことですね。

被害者は、途方にくれますが、
対人関係的な危険を強く感じ続けるという状態で、
生理学的に言えば、
生命身体の危険を感じ続けるということと
同様の反応を人体は示しています。

人間にとって、
心身共に極めて有害な出来事なのです。

赤ん坊が親に泣きつくのは、
赤ん坊だから許されるし、
泣いている声も可愛いと思います。
(だからなぜ泣いているのかわからないと
 不安になったり怒りを覚えたりします。)

大人が、特に権力を持っているものが
赤ん坊の様に結論だけを求めて
喚き散らすことは
むしろ犯罪として取り締まりたいくらい危険なことなのです。

それでは、同意対応をすることが
大人の対応なのでしょうか。
理想的な上司の対応を検討します。

部下が、ミスをした場合。
不問に付すこともできないとしたら、
先ず、このミスから、どの程度の実害が生じるのか
冷静に分析をします。
そうして、その実害を克服する方法、
むしろ、ミスを活かす方法を検討するでしょう。

そして将来に向けて
どうしてそのようなミスが生じたかの原因を分析する必要があります。
気が緩んでいたとか、そういうことでは安定した仕事はできません。
具体的にミスの生じた構造を分析し、
将来ミスを繰り返さないために、
具体的な対策につなげなければなりません。

仕事とはそういうものです。
繰り返されるところに業務の特徴がありますから
繰り返さないこと
改善することを見つけて将来さらにプラスを目指すチャンスなのです。

日本の風土はもしかしたら
ビジネスチャンスになるミスの活用」
という発想が無くなってしまったのかもしれません。
「損して得取れ」という日本古来の発想です。

叱責や懲戒が、
当人だけでなく、職場という対人関係全体の将来において
プラスになるのでなければ意味がありません。
デメリットしかないのです。

部下の有能さ、上出来の結果だけを求めるというのは、
無能な上司の言い訳にしかすぎません。

「部下に緊張感を持たせる仕事」
「重石、ないしプレッシャーを与える仕事」
ということで割り切る会社もあるようです。
早晩、会社は先細りになるでしょう。

緊張やプレッシャーは良い仕事をするための要素になります。
しかし、それが高度になったり持続することで
自己決定力が落ちていき、ケアレスミスも増え、
結局デメリットしかないからです。

人間の緊張の持続には限界がある
という当たり前のことに目をつぶり、
緊張によって成し遂げる結論だけを求めている
幼稚な労務管理ということになります。

幼稚な労務管理は、
自発的な活動や、自主的な考察、
独創的な発想を奪います。
要するにモチベーションが低下するわけです。

ボランティアの支援者たちだって、
人を支援する場合には人間とは何かを考えるというのです。

他人と交流して利益を上げようという企業が、
人間とは何かを考えずに、
結論だけを求めて泣き叫ぶ赤ん坊の状態では
業績が上がらないことは理の必然だと思います。

まして、
国の在り方を決める国会議員が赤ん坊状態で泣きわめいて
権力を振りかざしているとしたら、
その国の将来はどうなることでしょう。

第6回わが子に会えない親の会 ただひたすら優しい時間が流れる理由の分析 [家事]

けっこう安定して開催されています。
予約した席が足りなくて結構ぎゅうぎゅう詰めでした。
初めて参加の方もまたいらっしゃいました。

青森関東からの参加者もいらっしゃいました。

初めての方がいつもいるので
いつも自己紹介をします。
名前を覚えることが苦手な私も
ようやく名前と顔が一致してきました。

今回の初参加の方のお話が、
とてもひどいお話で、
みんなで熱心に聞くという時間が長かったと思います。

初参加の方も
複数の人に
自分の話を理解されながら聞いてもらうという
そういう体験に驚きながら、喜びながら、
安心しながらお話されていました。

この件についてはいずれご報告ができると思います。

ほとんどの人たちが、
自治体や、警察、あるいは裁判所から
精神的虐待をしたとレッテルを張られた人たちです。
確かにいろいろと特徴のある方々かもしれませんが、
人の話を聞くときの表情や相槌を見ていると
なんとも優しい人たちなのです。

間違いなく、人間として大切な
インテリジェンスを兼ね備えている人たちです。

どうして、こんなに優しい時間を感じるのか
今回考えてみました。

一つは、

当たり前の話なのでしょうけれど
みんながみんな
誰かの失敗談を
笑わない、批判しない、否定しない
という態度が貫かれていることだと思います。

それぞれ事情があって
やむにやまれず今の立場にあるのですが、
追い打ちをかけるような人がいない
だからみんな安心して話ができるのでしょう。

二つ
「こうすればうまくいくからこうしろ」
「これを解決するためにはこれをしなければならない」
ということもありません。
押しつけがましく言われることは
それをしていないことに対する
否定評価を受けることなのかもしれません。

相談事が持ちかけられることが多くありますので、
提案や、アドバイスは頻繁に行われますが、
あくまでも、一つの選択肢として
あるいは情報として
提供されるにとどまります。

どうしてそういう態度を
打ち合わせもしないのに取れるのか
この理由についてはもう少し考える必要がありそうです。

だから初めて参加した人も
自分のことを分かってくれる場所
自分のいるべき場所
と、安心してもらえるのでしょう。

わざわざ遠方からホテルを予約して
駆け付けられるのかもしれません。

優しい時間の理由の3点目ですが、
奥さんなどの悪口をいう人が少ない
ということがあるかもしれません。

それはつらい目にあわされているのですから、
文句は出ます。
それはひどいという共感も示されますが、
結構多くの参加者が、
なぜ、奥さんがそういうことをしたのか
理由を考え始めています。

もしかしたら、いっぱいいっぱいだった
という事情があるのかもしれないと
考え始めている
自分を悲しませた相手に
それでもなお、愛情を注いでいるのでしょう。

お酒が入っても
あまり攻撃的な感情が飛び交うことはありません。

みなさんが望んでいるのは
攻撃ではなく、解決です。
それがかなわないのならば、前進や修正を望んでいるだけです。

話を聞いてもらえるだけで
目を潤ませている当事者の方々をみるにつけ
このような不合理な悲しみを押し付ける
力に対しての
静かな怒りが
涙の様に胸の内を流れるのです。


次回は平成29年7月14日金曜日6時半
参加ご希望の方は土井法律事務所(仙台)までお問い合わせください
大体4千円くらいでいつもすんでいます。

離婚事件弁護士が感じた議会制民主主義に対する勘違いと共謀罪成立過程 [弁護士会]

離婚事件を多く扱っていると、
自分のことを反省しながら考えることがあります。

最近の家庭では、
大人が、「わざと負けてあげる」
という美徳が無くなったように思うのです。

自分の小さい時を考えると、
父親がわざと相撲で負けてくれて、
「ようし、がんばるぞお」という
やる気が出たように思います。

今の大人たちは、
わが子に対してもムキになって
「負けまい」と本気になってかかっている
ということはないでしょうか。

どこから来るのかわからない自信、
なんとなかるんじゃないかという根拠のない楽観論は
人生の節々に必要だと思うのですが、
案外、そういう親子間の八百長相撲から
来ているということはないでしょうか。

夫婦においても同じです。

どうでもよいこと、つまり
家庭生活が快適に、楽しくなるような方向に
一切関係のない自分のこだわりを
相手に押し付けてしまう
ということが、
相互の理解を奪ってしまい、
無駄に家庭を暗く息苦しくしていることがあるようです。

「自分は」こうしたい、こういう風にするものだと思っていた。
「相手は」それをしない。
あたかも、それをしないことが人間として劣っているように
無駄な攻撃をしているようです。

こういうことがなぜ起きるのかというと、
第三者から見ればですが、
自分をそうやって守っている
という意識をビンビン感じてしまいます。

自分の発言を受け入れてもらえないことが
自分が否定されているという気持ちに直結して
自分を守ろうとして声が大きくなったり、
トーンが高くなったりしているように感じます。

例えば、カーテン選び方ひとつをとっても、
例えば妻が選んだカーテンには、
良い面(デザイン、価格)もあれば悪い面(遮光)もあるのに、
悪いところだけ述べて否定する
という具合です。

「このカーテンどうお?」
「光を遮らないからだめ。」
という会社の決裁者みたいなことを言っていれば、
家庭というほかに逃げ場を作るべきではない空間においては
大変息苦しくなるに決まっているわけです。

「このカーテンどうお?」
「値段は手ごろだね。デザインはあなたに任せる。
 ただ、遮光性が弱いということが気になりはするね。」

という「問題の所在」を提起することによって、
「じゃあ、カーテンでなくて
 こちらの売り場に同じデザインのこれがあるからこっちにしようか?」
「ああ、いいねえ。」
となるわけです。

デザインという、なんともいえることを肯定されることは
二人の親近感を増大させるわけです。

効率を考えると
最初の妻の提案したカーテンを否定する
という結論だけ提示すればよいのでしょうが、
それは「家族」ではないと考えることはできないでしょうか。

まあ、そこは別の機会に。

こういう風に、結論を押し付け合うのではなく、
問題の所在を出し合って、
より良い方法を編み出していくということが
実生活ということなのだと思います。

離婚事件から学んだことです。

夫婦の中で無駄な対決姿勢が多いのは、
一つに、どうすれば、ケンカをしないで
相手の提案を修正することができるのかということを
学んでいないために知らない
ということが多いように思います。

もう一つ、防衛意識が高くなりすぎているということですが、
家庭内の防衛意識というよりも、
職場や学校などで、
「自分を守らなければ、自分は組織からはみ出してしまう」
という危機感での行動が、家庭でも続いているように感じます。

全面的に否定しないでよいところを評価してから
否定的部分を提示するという
「部分的承認の技法」とか
相手に修正を提案する時
価値的な表現を使わない
良い、悪い、正しい、間違っている
等という「価値を込めない技法」
等を意識的に使っていって
否定や提案によって
「自分が否定された」、「仲間として認められない」
という工夫が必要な気がします。

そういう職場や学校の風潮だけでなく、
やはり、国の手本であるべき
政治の世界の幼児性が
夫婦に反映しているという側面があるのではないか
ということが本記事のテーマです。


よく見る勘違いとしては、
民主主義=多数決
という技術的な問題に還元してしまっている議論です。

これが、大統領に強い権限を与えて
議会を形骸化したり、無くしたりする
ということであれば、
民主主義=多数決で、
選挙で投票を獲得した者の意見を
最優先するということになるのでしょう。

ところが、わが日本国の民主主義は、
「議会制」民主主義なのです。
確かに首相は議会が選任するのですが、
それで議会の役割が終わるわけではありません。

議会によって、
内閣の提案を否定したり、修正することが
予定されているわけです。

これが予定されていないけれど
選挙によって行政を選び
行政が多数意見として強力に国家を動かしていく
というのがファシズムです。

選挙という過程が存在しないのは
ボナパルティズムといいます。
ナポレオン式ということですね。

日本はこれらの独裁制度をとらず、
議会制民主主義をとっています。

全権を内閣に委ねているのではない
ということは異論が無いところでしょう。

また、議会制民主主義をとる以上、
内閣の決定だけで国家運営ができず、
摩擦が生じるという
効率性から見た場合のデメリットがあると思います。

そのデメリットを補うメリットがあるから
デメリットに目をつぶるわけです。

それは、内閣の提案した行政的な必要性を
様々な視点から検証して、
より良いものに高めていく
ということを期待したからなのだと考えるべきだと思います。

要するに、議会制民主主義は
〇か[×]かという二者択一的な議論を予定していない
ということだと思います。

そうして、相互に譲り合い、より良いものにするためには、
提案者も否定者も
メリットデメリットを提出しあい、
問題の所在を明確にして、
その点に対する見解を鮮明にすることが
不可欠のことなのです。

議会という開かれた決定過程は、
この問題の所在を透明にすることによって、
国民の判断を容易にして、
国民の代表である議員の
態度決定に影響を与えるという
もう一つの民主主義のメリットを呼び込みます。

従って、国会の重要法案の審議は、
本来、何事にも代えて、中継をし、
公平な解説が加えられなければなりません。

本来、反対、賛成の前に、
この問題の所在が明らかにされるべきで、
そうでないと、どの部分にメリットがあり
どの部分にデメリットがあるのか
全くわかりません。

理屈の上では反対もできないことになりますが、
国民の権利が制限される可能性があるということであれば、
賛成することができないということになってしまいます。

どんな法案も、予算
メリットがあればデメリットがあります。
メリットだけを言う議論、デメリットだけを言う議論は
あまり信用するべきではないということになります。


共謀罪という重要法案であるにもかかわらず、
実質的に問題の所在を出し合う議論が求められ、
実質的な立法過程の透明度が要求される
委員会での議論が尽くされなかったということは
議会制民主主義の根幹を揺るがす
ということになることを
つくづく感じたわけです。

こういう国会の状況が
国民の夫婦問題などに暗い影を落としている
という感想を申し上げた次第です。

四谷用水 天空を流れるもう一本の広瀬川 道徳は意識的に作り、維持するもの [事務所生活]

大雑把に言って1600年頃
(今から400年以上前のこと)

伊達政宗は、それまで
宮城県の北西部岩出山という所に城を構えていた。
一説によると、当初は石巻に進出したかったようだ。
海路を重視していたことは、
後に支倉常長をローマに派遣していることからもわかる。
石巻港から世界に向かいたかったようだ。

当時すでに徳川家康が実権を握っていたらしく、
城を移動するにも
家康の事実上の許可が必要だったようだ。
政宗は戦略を立てた。

最初から石巻に移ると言ったら
家康は反対するだろう
広大な平地があり、交通の要所である
仙台に移ると言えば反対されるだろうから、
「仕方なく」石巻に移れるだろう
と目論んだ。

ところが家康は仙台での築城を許可したために、
「仕方なく」仙台に城を構えることになったという説だ。

確かに政宗は「困ったこと」になったと悩んだはずだ。

仙台平野は確かに広大だが、
当時は広大な荒地、不毛の土地だった。
当時から広瀬川はあったのだが、
今の仙台の中心部から
標高約30mも下を流れているため、
仙台の中心部では水利が悪すぎたからだ。

杜の都とは程遠い状態だったようだ。

雨が降らなければたちまち干上がる土地が
仙台の中心部だった。

政宗は、水路を作り、
広瀬川上流から水路に水を流し、
街に水を供給しようとした。
これが四谷用水である。

四谷用水.jpg

(仙台市ホームページ 四谷用水再発見事業より)

仙台中心部に碁盤の目のように水路が張り巡らされ、
水路から水を得ることができただけでなく、
自然浸透によって、
この水は地下を流れ
街のあちらこちらで、地中浅いところで
井戸水が湧くという効果もあった。

つい最近まで、中心部の繁華街で、
この地下水で水割りを飲ませるカウンターバーがあった。
軟水で、滑らかな口当たりの水のために、
ピート香の少ないながらも
独特の緊張感のある日本のウイスキーに
相性が抜群によかった。
それは余計なことだけど。

水路の最初の地点である水取口は、
川の流れを一部せき止めて
水が水路に向かうように工夫されている。
この堰が地名をとって四谷堰であったので、
四谷用水と呼ばれている。

その場に行くとおそらく感じる人も多いと思うが、
水取口まで行くのは、
崖をだいぶ下っていかなければならないので、
「ずいぶん低いところにあるなあ」ということだ。

四谷用水の流れる原理は、
位置エネルギーを運動エネルギーに帰ることだけ、
要するに、高いところから低いところに
水が勝手に流れていくだけのことである。

そうすると、町中のどの部分よりも
水取口が高いところになければならない。
(かなり当たり前のことを言っています。)

四谷取水.jpg

第一の驚きは、
「どうして、この川のこの地点の標高が、
 町中の地面の標高よりも高いということが
わかったのだろう。」
ということである。

何を基準として標高を測定したのか
皆目見当がつかない。
1600年頃の測量技術の先進性に
ただただ敬服するしかない。

次に、取水口から水が流れていくのだが、
徐々に徐々に下に流さないと
途中で逆流したり、
町中でかなり掘り下げないと
水が流れなくなってしまう。

しかし、普通の小川のように
自然の流れを確保するように
滑らかに傾斜して水路が設置してある。
(100mで3.5m下がる勾配になっている)
この測量技術と土木技術も
私には驚嘆するしかない。

その上、途中隧道になっているのだ。
(トンネルね。)
電気も計算機も何もない時代に
曲がりくねった水路を
地形に合わせて作っていったのである。

実際の四谷用水は
完成まで長い年月を要したのだが、
本流を通したのは1600年頃。
伊達政宗の命を授かったのは
北上川の治水工事で有名な川村孫兵衛。

この人はもともと毛利藩の人らしいが、
関ヶ原の戦いで伊達政宗が見出し
仙台に引っ張ってきたようだ。
伊達政宗は、出兵するたびに
いろいろなものを持ち帰る趣味、特技があったようだ。

伊達政宗の海外進出の野望と併せて考えると、
おそらく川村らは、
海外の知識を身につけていたのではないかと
考えるべきではないかと思われる。

元々の和算の素養があって
その素養をもとに蘭学を吸収していたのだと思う。

伊達政宗は、海外の物品を輸入するよりも
科学を輸入して国を治めたかったのではないかと
勝手に考えているところである。

四谷用水は、そのような測量技術、土木技術の
最高水準によって作られたのだが、

それだけではなく、
伊達政宗は
関西や東海から石切り職人をはじめとして
職人や商人を集めてきて
居住地を確保して街を形成していった。

何もない荒地から
水道設備の敷設を中心として
人も集め、
都市計画を進めていったことになる。

杜の都は
景観も人間も
後に人為的に作られたものだということも
とても面白い。

四谷用水は、
都市を流れる清流だった。
氾濫の恐れのない穏やかな水路は、
水を供給するという実利だけでなく、
水辺の近くに住む者の
心の安らぎを確保したものと思われる。

寄せ集めの都市住人たちの
共通の心のふるさとの形成に
大いに役立ったのではないかと思われる。

さて、実はここからが本題なのだが、
この清流は、廃藩置県によって失われたとされている。
水が汚くなったのだ。
場所によっては、昭和の時代でも
流れ自体は残っていたのだが、
まさか。それを飲んでいた人はいないだろう
というくらい、清流とは程遠かった。

その後自動車などが近くを通るようになり、
きれいでもない用水は
住民の邪魔者となってしまい、
蓋をされるようになり、
埋められて跡形もなくなったりした。
今は、産業用水として一部残っているほかは
意味不明の里道として
名残をとどめているだけである。

おっぺシャン前.jpg

いわゆる赤道として処理されていたため、
売買の対象とならず、
区画整理も行き届かないこともあり、
また、戦火から逃れたところということもあって、
マンションの陰に行き先のない道として残っている。

東北大学病院の敷地に
わずかに用水の跡があり、
開放式の水路跡の先に
地下隧道の入り口を見ることができる。

支倉堀トンネル.jpg

さて、ここから読み取れることは、
江戸時代は、水の水質を
意識的に確保していたということだ。

廃藩置県によってその意識が失われてしまったので、
水質が悪化したということなのではないかという視点である。

四谷用水の水質を確保していた工夫と考えられることがある。

取水口は都市部ではなく、山間部であるが、
都市部に入るあたりから神社や寺が
水路の近辺に存在していることが今でもわかる。


私が知っているだけでも、
大崎八幡神社、龍寶寺、
春日神社、瀬田谷神社、そして
街の入り口にある林宅寺がある。

当時の神社や寺は、
文字通り、人気のないところに建てられていたから、
その近辺を流れる水路の水は、
神聖なものだという意識付けがなされたのではないかと
想像している。
水を汚すということは、天罰や仏罰にふさわしい行為
だという意識付けがなされていたはずだ。
人々は、水そのものに敬意を払っただろう。

街に入ると、本流の両端には
足軽より身分の高い武士の家が連なっていた。
本流の水質を確保することが肝要であるから、
そのように統制がとれた集団によって、
水質を確保するべく、監視をしていたのだと思う。

神頼みだけでなく、
武力を背景として水質を確保していたことになる。
権威というものが、水質の確保という実利につながっていたので、
町民も権威に素直に従ったのだと思う。

そうして、水質を確保しながら
年に2回川底の掃除を、町中総出で行ったらしい。
この共同行動によって自分たちが水路の水質を確保する
という動機づけになったのだろう。

当時は、迷信などもあったのだと思うけれど
肝心なことは、どうしてその言いつけを守る必要があるか
どうしてこの人の言うことに従わなければならないのか
ということが目に見えてわかったことだったのだと思う。

そうして、上に立つ武士も
自分が逸脱行為をすることで、
失われる実利や秩序が乱れるということを
常に意識して、自らを正していたのだろう。

その為に武士がなすべき行為は、おそらく膨大にあり、
それらをこなしてこそ
自分たちが存在する意義があるということを
ある程度は自覚していたはずだ。



伊達政宗は、不毛の荒れ地仙台に
四谷用水を通した。
それによって町に緑が栄え
杜の都となった。

そこで作られたものは、ただ水を流すという
測量技術や土木技術だけでなく、
清流をそれぞれの持ち場で
自分たちが大切にしていくという意識づくりであり、
それは、武士と町民との垣根を作らない
ふるさとづくりだった。

肝心なことは、
「水をきれいに保て」
と命令することではなく、
きれいにしたいという
心を作り上げたということなのだと思う。

不合理な離婚、子連れ別居の源流は、昭和62年の最高裁判決にあるのではないか。その効果は離婚意思が有れば離婚が認められるという野蛮な制度になっているということ [家事]

昭和62年9月2日、最高裁判所大法廷は、
浮気をして別居した夫からの離婚請求を認めた。
いわゆる有責主義から破綻主義に移行したとされる判決である。

私はこの結論自体にも反対だが、
さらにこの破綻主義が独り歩きして、
裁判所においても日本の家族制度の破壊が
行われ始めていると感じている。

連れ去り別居、離婚とも関連するので、
記録にとどめたいと考えた。

<最高裁の事案>

最高裁の事案は、70歳の夫婦の事案である。
子どもができず二名の養子を迎え入れて平凡に生活していたが、
結婚12年目に夫が浮気をして、それが発覚し
夫は浮気相手と同棲するようになった。
また二人の子どもをもうけて認知をした。

その後34年を経過して
夫は二つの会社の代表取締役、不動産会社の取締役
として経済的に安定した生活を送っている。
妻は、人形店に勤務などしていたが
裁判時には無職になっていた。

また、上告人の主張だが、
夫は全財産を妻に給付したという事情があると主張している。

<最高裁の判断>

不貞をした夫からの離婚請求を事実上認めた。
(破棄差し戻し)

<最高裁の論理不貞の場合でも離婚を認める場合>

それまで日本の裁判所では、
離婚(回復しがたい婚姻破綻)の責任のある方
(本件では浮気した夫)からの
離婚請求は認めてこなかった。

本最高裁判決は
責任がある方からの離婚請求でも
二人の間が回復しがたい破綻状態にある場合は、
離婚を認める
という舵を切った判決ということになる。
法律は何も変わっていないのに
裁判所が法律の取り扱いを変更したことになる。

但し、無条件に有責配偶者の離婚を認めるのではなく、
条件が付いている。
1) 夫婦の別居が両当事者の年齢及び同居期間との対比において相当の長期間に及ぶこと
2) 夫婦の間に未成熟の子が存在しない場合
3) 離婚の相手方が、離婚により、
   精神的・社会的・経済的に
   極めて過酷な状態におかれる等
   離婚を認容することが著しく社会正義に反しない場合
 この判決では、このような条件を付けたはずだった。

<最高裁の理由>
上記の条件付きながら、最高裁が
有責配偶者からの離婚を認めた理由は以下のとおり

1)有責配偶者からの離婚を認めないと法律に書いてない
2)夫婦という実態がないことを法的に追認するべきだ
a)夫婦とは、永続的な精神的及び肉体的結合を目的として真摯に共同生活を営むものである。
b)一方又は双方が、
この意思を確定的に喪失し、
夫婦としての共同生活の実態を欠いて
回復の見込みが確定的にない場合は、
夫婦としての社会生活上の実質的基礎を失っている。
 C)その場合に戸籍だけ夫婦というのは不自然
3)但し、正義に反することを認めてはだめだが、
  上記条件があれば正義に反しない

こういう理屈である。

<私の最高裁判決批判>

1 実態は悲惨な結論を招く
  弁護士をやっていて、この判決以降
  有責配偶者の離婚請求あるいは
  責任のない配偶者に対する離婚請求が
  裁判で認められるようになってきたように思います。
  具体的にどういうことかは後で述べます。
  
  この最高裁判決までは有責配偶者からの
  離婚請求は認められていませんでした。
  破たんの責任のない配偶者は
  離婚をされない権利が保障されていたことになります。
  ところが、この判決以降、
  自分が悪くないにもかかわらず
  裁判所から、自分が離婚したくないという気持ちを
  無視され、圧殺されるようになったしまったのです。

  これは、離婚を請求された方にとっては
  青天の霹靂です。
  精神的にかなりのショックを受けます。
  何も悪いことをしていないのに、
  相手の心変わりによって
  離婚を国家から命じられるということなのです。

  言われた当事者を目の当たりにすると、
  この判決の妥当性にははなはだしい疑問があります。

2 判例変更の根拠が薄弱である事

 a)
  これまで有責配偶者の離婚請求を
  裁判所は認めてこなかったわけですが、
  その時から有責性はだめだと
  法律には書いていませんでした。

  法律に書いていなくても
  裁判所の判断が確立していれば
  みんな、争っても裁判所ではこうなる
  ということを予想して争いをしていたわけですから
  書いてないから良いよということは
  あまり説得力はないと思います。

  これを最初に述べること自体が
  自身のなさの表れのように感じます。
b)
  次に、最高裁が考える夫婦ですが、
  「夫婦とは、永続的な
   精神的及び肉体的結合を目的として
   真摯に共同生活を営むものである。」

  私は、これ、余計なお世話だと思うのですけどね。
  皆さんどうお思いでしょう。

  いろいろな人間が夫婦という人間関係を形成するのですから、
  夫婦のかたちとは様々あって良い
  というのが民主主義的な考え方だと思います。

  精神的結合のかたちも様々ですが、
  肉体的結合ということは必ずしも条件ではないでしょう。
  肉体的条件、精神的条件、あるいは年齢的条件から
  それらの目的を必ずしも持つわけではない
  と思うのです。

  勝手に夫婦像を作って、
  それに会わなければ法的保護の対象外だというのは
  あまりにも冷酷な印象を私は受けます。
  誰が夫婦をこういう風に決めたのか
  何を根拠に行っているのか
  疑問が大きいところです。

 C)
 「一方又は双方が、
  この意思を確定的に喪失し、
  夫婦としての共同生活の実態を欠いて
  回復の見込みが確定的にない場合は、
  夫婦としての社会生活上の実質的基礎を失っている。」

   実はここが曲者であり、要注意のところです。
   一方が確定的に、肉体的結合を目的としなくなって、
   なおかつ共同生活をしていない場合は
   社会的に夫婦と言えないよ
   ということなのですが、

   一方当事者の「意思」を強調しているところは
   この判決の後の裁判実務に
   大きな影響を与えているところです。

   社会的に夫婦と言えるかどうかと
   そうした責任のある者の
   「離婚したい」という気持ちを
   相手の
   「離婚したくない」
   という気持ちを圧殺しても認めるかは
   大きな壁で隔てられてきたはずなのです。

   社会実態が変わったわけでもないのに
   判例を変更するのにもかかわらず、
   この社会実態が理由となることは
   理解をしかねるところです。

   籍をそのままにするのが不自然だとしても
   籍を抜くことが許されるべきかという問題とも
   同じように連動しないと思われます。

3 最高裁判決後の裁判実務
   
最高裁判所が示した破綻主義は
(有責配偶者からの離婚請求を認めるという考え方)
すでに破綻主義の枠を超えて、
独り歩きを始めています。
現状では、一方当事者の離婚の気持ちが固い場合
ほとんど離婚が認められる傾向になってしまっている
という状態です。

先ず、客観的に共同生活をしていないということが
必要なはずだと思われるかもしれません。

しかし、別居してほどなくして離婚調停を申し立てても、
離婚調停を開催し、裁判を続けていれば
あっという間に2年くらいたってしまいます。
裁判所は、2年を経過したことをもって
「客観的に共同生活が営まれていない」
と判断するケースがあります。

ほとんどそれだけ、つまり、
離婚したいという意思があって
別居さえすれば
離婚が認められてしまいます。

我々古い法律家の感覚からすると、
同居時に起きた破綻を示すエピソードは
あまり必要とされていないようです。
相手方はいろいろなことがあったというのですが、
重要視していないので、
あまりきちんと調べたり、
証拠法則に則って認定することはありません。
これが言った者勝ちの原因なのではないでしょうか。

未成熟の子どもがいても
子どもを養育することができれば
ノーカウントとされているような気がします。
相手方が生活が困難な状況は確かにないでしょう。
だって、別居で一人暮らしを余儀なくされているのだから、
これからだって同じだから
生物として生きていくだけならなんとなかるはずでしょう。

最高裁判所の判決の中に
こうなることの卵のようなものがありました。
   
「一方又は双方が、
この意思を確定的に喪失し、」
という部分です。

破綻主義と言いますが、
結局は、離婚したいという意思が強いならば
破綻と認めることになるのですから、
もはや「意思主義」と呼ぶべきなのです。

他国においては、このように意思主義で離婚を認めても、
アメリカの多くの州等先進国では
離婚後の子どもの養育計画書を提出させたり
レクチャーを受けたりという手当てもありません。
もはや自由に、相手方や子どものことを決めなくても
離婚できるという野蛮な国が日本なのです。

他にいろいろな制度を作って
離婚に伴う不具合を整備して破綻主義を採用した
先進国とは異なり
破綻主義で離婚ができるという結論だけを
真似しているのが日本の裁判所だと
非難するべきだと思います。

4 最高裁判所判決以降の調停実務
   
これが最高裁判所の判決の影響か
元からこういう傾向があったかについては
自信がないところですが、
  
この最高裁判決以降に弁護士になった私としては、
まだ、弁護士になりたてのころは
離婚について、人情の機微に触れるような
調停委員の先生方の対応があったように
思います。

最近の調停は、
申立人の離婚の意思が固く、
相手方が離婚の意思が無い
ということが確認できれば、
もう調停は打ち切って裁判にしようとします。

話し合いは、
離婚を前提とした養育費や財産分与
慰謝料の額だけだと決めつけているような気がします。
違いますか?

日本の法律では
離婚裁判をするときは、
必ずその前に調停を申し立てなければなりません。
(調停前置主義)

表面的な離婚意思の言葉はともかく、
いろいろな離婚後の派生効果等を一緒に考え、
離婚ということは避けられない結論なのか
ということを確認することによって、

一つは、やり直しの方策があれば
それをひとまず追及するということもありますし、

離婚という結論が避けれない場合でも
相手の真意を砕いて説明を受けることによって
ある程度は納得して離婚に応じることができる
離婚が不可避ならば
円満に離婚ができたということがあったように思います。

こういう作業は、当事者の精神衛生上も
離婚後の子どもの養育についても
無駄ではなく有益だったと思います。

昔の調停委員の先生が告げる
相手方の離婚の意思の説明は
重みがあり、絶望感もうけますが
新しい将来に目を向ける効果もありました。

いろいろな調停委員の先生がいますが、
今は、とても軽いような気がするのは
私だけでしょうか。

離婚条件について話し合いができるかどうか
だけでの調停ならば、
わざわざ調停を前置する必要もないと思います。
こういう調停ならば
単に訴訟を増やさないための下請けのような気がしまう。
要するに裁判所の利益のための家事調停です。

そうではなく、離婚は、
家族という人間の営みの基礎となる重要な
対人関係の解体ということだから、
なるべく当事者の納得のゆくところで結論を出し、
軽々しく国家が家庭に介入しない
という理念があったはずですが、
今は形骸化しているように思われます。

家庭裁判所で、離婚調停や訴訟で
事故が起きやすいのは、
このように、自分の人生を
裁判所の都合で形式的に処理されていると
感じる人が増加していることに
原因があると私は思います。

その気はないと思うのですが
人を馬鹿にしているのです。

5 連れ去りアドバイス
 
こういう裁判実務、最高裁判所の判決を
少しずつ取り入れていったのが、
一部にいる
連れ去りアドバイザーなのでしょう。

別居して離婚したくないと言えば
裁判で離婚ができる。
調停等で話し合うとぼろが出るので、
すぐに調停を不調にしたり取り下げて、
離婚訴訟にしてしまいましょう。

だから、先ず、別居することが第1です。
連れ戻されると、
「あなたは、また夫のところに戻るでしょうから」
居場所を相手に隠して別居しましょう。
   
子どもと別れたくないならば
子どもは一緒に連れて出てください。

学校を転校させたり
親に会わせるわけにはいかないけれど
「あなたが幸せにならないと
 子どもは幸せになりませんよ。」
 子どもにつらい思いをさせても
 連れて出てください。

子どもを育てるためにはお金が必要です。
こういう気持ちにさせたのは
相手の責任が大きいのです。
相手に何らかの虐待があれば
慰謝料が高額になるのですが・・・
どうしますか?

ちなみにここにあるのが
保護命令申立書です。
簡単でしょう?

「あなたは、意志の弱いダメな人間ですから
 放っておくと夫と連絡を取るでしょう。」
 だから携帯電話は預かります。

離婚制度の変遷の中で、
責任もなく離婚を強いられる大人、
わけのわからないうちに両親が別居して
もう一人の親と会えなくなる子ども、
そうして、自分のことを自分で決められず
軽蔑されながら、上から目線で
あれこれと指示されたように動かなければならない女性

いわれたとりやったのに
ろくに慰謝料ももらえず
話が違うといっても
どうすることもできません。
   
このような離婚制度の闇は
最高裁判決がもとになっている可能性があるぞと
今考えている次第です。

手を離した方が母親だ 大岡裁きの意味するものと その人情もなくした文明未開の日本での戦略 [故事、ことわざ、熟語対人関係学]

大岡裁きで、
一人の子どもをめぐって、二人の女性が
「自分こそ母親だ」と譲らず、
ついに南町奉行所でお裁きを受けることになった。

奉行大岡忠相は二人の女性に対して
子どもの両手を持ち引っ張ることを命じた。

一人の女性が痛がる子どもがかわいそうで
腕を離したところ、
大岡は、
そちらを母親と決めた。

わが子の痛みをかわいそうだと思う方が母親だ
という理由であった。


これはもちろんフィクションで、
南町奉行といえば
県警本部長と高等裁判所の長官を兼職するような
典型的な官僚であり、管理職なので、 
滅多なことで自ら現場に出ることはなく、
そもそも親子確認の訴えなんて事件は
受理さえされなかったでしょう。

庶民の願望が現れたものとみるべきです。

では、どうして、このようなストーリー
生み出した人がいて、受け容れる人がいたのでしょうか。

先ず、第1に、現代との間隔が違うのは親子関係というものです。

どこまで真実性が追及されるかということですが、
一言でいうと、
「そんなのわからないよ」
という意識が最終的には支配的でした。

日本の民法も、実は、
分からないことにこだわるよりも
さっさと決めた方が子どものため
という思想があります。
嫡出子推定制度や
嫡出否認の訴えが、ぐずぐずしていると
提出できなくなるという制度などが
そういう考えの元現行法で定められています。

さらに江戸時代になると
名づけの親とか、拾い親とか
とにかく親をたくさん作って
みんなで子どもを育てるということが当たり前でした。

だから、今ほど、
血縁関係を厳密に(ヒステリックに)考えていたわけではない
ということをまず背景事情として押さえておく必要があると思います。

次に出てくるのは、
では、親として一番重大な資質とは何か
ということです。

子どもが痛がってもその痛みを気にしないで引っ張り続ける。

こういうことは実は世間でよくあることです。
子どもが真実の母親の元にいることが幸せだ
ということが独り歩きして、
親の言うとおりにすることが子どもの幸せだということになり、
親のエゴを子どもに押し付けて
子どもが苦しんでいても手当てをしない
といえば、心当たりがあると思います。

この大岡裁きは、
結局、
子どもが一緒ににいると幸せになる人
あるいは、
子どもを自分のエゴで苦しめない人
それが親だというメッセージだと思うのです。

実はこういう話は世界各地にあるようで、
有名なソロモン王の裁きでは、
子どもを切り裂いて二人に半分ずつ与えよと命じ
私はいらないから生きたまま相手に渡してくださいと
懇願した女性に子どもを渡したという話もあります。

親が、子どもに執着するあまり
子どもが悲鳴を上げていることに気が付かない
ということが、
世界的に存在する問題の所在なのでしょう。

私が多く扱っている事件が
まさに子の取り合いの事件です。
しかも、真実の親どうしの取り合いです。

親どうしが離婚をしても
子どもと親の関係は死んでも続きます。
それにもかかわらず、
親の離婚が一方の親と子どもの
いわゆる子別れにつながってしまうということが
21世紀になっても日本では続いています。

他国と比べて子どものための法制度の整備
ということが著しく遅れていることにも原因があります。

離婚後は一方の親だけが法定代理権や監護権を持つ
という制度は、
一方の家に子どもを遺し
追放された親の干渉を遮断するという
封建的な観念の元
どの国もそういう制度でした。

ところが先進国、お隣の韓国など
このような不合理な制度を改めているうえ、
共同親権がスムーズに進むように
行政サービスや司法サービスを充実させています。

日本は全くの野放しどころか、
子別れを行政が促進しているという
子どもを大切しない野蛮な国として
世界から注目を浴びているところなのです。

さて、
日本の大岡裁きは、現在も受け継がれているのでしょうか、
日本の裁判所では、そういう扱いは少数といってよいでしょう。
どこまでもどこまでも、子どもの腕を引っ張り続ける親が
親権をとるという図式になることが多数です。

このことについて次回お話ししたいと思います。
一番の問題は、
そのような引っ張り続ける母親であっても
「子どもは母親のところにいなければかわいそうだ」
という思い込みがあるようです。

子供の腕を引っ張り続けているのは
母親だけでなく、奉行所までが加担している
という状況です。
文明もなければ人情もない
荒れ果てた祖国の心象風景に立ち会っている思いです。

しかし、私の経験では、
大岡裁きは、現代においてもなお存続しているし、
それが悲劇的な形になって現れるということです。

ほかならぬ子どもたちは、
自分がもう一人の親と自由に会えないことに
疑問を持ちだしています。
最近は、子どもたちがもう一人の親の方に
逃げ帰っているということが
身近でも起き出しています。

なぜ逃げかえるのかというと、
一つは、別居親の悪口を言われることがいたたまれないこと
(当たり前のことですが、自分の悪口に聞こえてきます)
一つは、兄弟間の差別
一つは、また親子みんなで暮らしたいという気持ちを
実現してくれそうなのは別居親の方だ
という意識が多いようです。

今、わが子に会えなくなって
落胆している親御さんがたくさんいらっしゃいます。
できることは、
針の穴を通すような難しい作業ですが、

自分が子どもがかわいそうだから、
自分のエゴをひっこめるという作業をして、
それを子どもたちに伝える作業をすることです。

相手親と一緒にいる子どもたちを責めていないし
褒めてあげる。
一緒にいる親の悪口を子どもたちに伝えない。

一緒になって腕を引っ張り続ける構図を
早く上から見下ろすことができるようになり、
止める
譲歩をしながら、
最終的な子どもとの信頼関係をどのように作っていくか
そういう戦略になるのだと思います。

「村八分」から見たいじめと心のケアの本質及び道徳と文明と歴史の前進の落とし穴 [故事、ことわざ、熟語対人関係学]

「村八分」という言葉がある。
村の総意で、秩序逸脱者の家に対する制裁であり、
共同して絶交するという形で
村にいながらにして排除されるものである。

「八分」というのは、
絶交はするが、火事と葬儀の時だけは
絶交を解いて助け合うという意味からきているという。

残りの八分とは、
成人式、結婚式、出産、病気の世話、新改築の手伝い、水害時の世話、年忌法要旅行
とされる。

二分の絶交を解く理由は、
消火活動を助けないと類焼するからということと
死者の腐敗から臭いや伝染病の危険があるから
といわれているようだ。

この理由に対する違和感と
村八分という精神的負荷を与える行為が、
いじめの本質を表していることにふと思い当たり、
少し考えてみた。

先ず、
いじめの本質について、

おそらく、
全部で10あるうち2だけ絶交を解くので八分
という言い方は、何らかのこじつけであろうと思われる。
8個は何でもよいのだと思う。

要は、お祝い事や困りごとは、
村で共同で祝ったり助け合ったりする
その輪の中から排除するというところに本質があるからである。

慶びごとがあるのに誰も一緒にお祝いしてくれない
これは、精神的追放を強く感じることである。
実際に困って、誰かに助けを求めたいときに
誰も手を差し伸べてくれない
ということも同じように苦しい。

いじめとは、あるいは職場のモラルハラスメントとは、
何もない時に起こる
目に見えた嫌がらせ(作為のいじめ)、
だけではなく、
いじめているように見えないけれど、
当然仲間なら共同行動をしてくれるはずの時に
それをしない嫌がらせ(不作為のいじめ)
もあり、
いじめの本質が、
コミュニティーからの排除の意思表示にある
ということが村八分ではわかりやすく示されている。

では、なぜ2つの出来事では絶交を解くのか。

先ず類焼を防ぐということに疑問がある。
舞台は江戸時代の農村部である。
これが確かに都市部の商工労働者の住宅であれば、
近隣の建物と密集しているので、
類焼を防ぐことは必要だが、
農村部は、隣家ともかなりの距離があり、
山林に類焼がある可能性はあるとしても、
住宅への類焼は
それほど一般的ではなかったはずだ。

加えて、ホースすらない時代に
消火活動をどうやって行っていたのか。
特に類焼を防ぐためには、
火元の付近の家を壊すことしかなかったはずだ。

私は、消火活動について絶交を解くのではなく、
火事の後のいわゆる火事見舞いについて、
要するに家屋焼失後の後処理について、
絶交を解いて共同作業を行う
ということではないかと考えている。

次に死者の腐敗臭や伝染病についても
隣家との間隔が離れていることを前提に考えると、
あまり説得力はない。

また、埋葬ならば、
当時は土葬であることも考えると、
それほど共同作業の物理的必要性が高いとは思われない。
すくなくとも、それだけで絶交を解くとは思えないのだ。

ここで、日本には「人が死んだら罪を水に流す」
という思想があり、これを理由として上げる人もいる。
それは、なかなか魅力的な考えだ。

但し、実際は村八分は、
「家」単位で行われていて、
罪を犯した人ではなく、
その親が死ぬ場合も
即ち、もともと罪を犯していない人が死んで
罪を犯した人が生き残っている場合もあり、
この場合でも絶交を解くという理由が少し苦しくなると思う。


私が考える2分の理由は、
端的に、喪失感に対する精神的手当だと思う。
今はやりの言葉で言えば、心のケアである。
但し、それは、
焼失後の最低限度の家庭再建
埋葬から葬儀までの最低限の行為を
共同で行うことであり、
それ自体が心のケアなのだと思う。

心のケアとは何をするべきなのか
という本質がまず示されている。
一言でいえば
その人にとってのコミュニティー機能の回復であり
その本質は共同作業である。

さらに、家族の死亡や火災による家屋の焼失による
人間の喪失感は、
どのような罪を犯した人間に対しても
手当てされるべきだという
当時の「常識」が垣間見ることができる。

もう一つ、
どんな罪を犯した人間でも
家族がかばうことが当たり前だということが
家族ぐるみで絶交されることの本質だ
という側面を見逃すことはできない。

そうだとすると、
罪びとに対する制裁の気持ちが強くても
その家族に対する制裁の気持ちは、
時とともに和らぐのだろうということが考えられる。

そうだとすると、そうだとすると、
人が死んだとき、火事の時、
せめてそういう時は、
力になりたいという感情も
あり得る話なのだと思う。

但し、実際の村八分も
村八分という言葉も
このような二分の絶交解除という理性的な対応ではなかったようだ。
江戸時代についてはよくわからないが
特に戦後の事件については、そのような印象がある。

例外のない排除ということと受け止められていると思う。
もしかしたら、それが自然の感情なのかもしれない。

だから、二分の絶交解除という制度を
誰がどのようにして作ったのか
大変興味がある。

この言葉が確認されているのは
幕末らしい。

村八分という概念は江戸時代に生まれた可能性がある。
そうだとすると、
私は、苛烈になりやすい村の排除に対して、
武士が宗教の力を借りて
排除の感情をすり替えた可能性があるのではないかと
感じている。

そうだとすると、
村八分という陰惨な風習を表す言葉が、
全国的に流通している理由も説明がつく。

武士という制度自体が公務員であり、
その後の明治維新のプロパガンダで
不当な攻撃をされているが、
実際は、道徳を確保していた側面がある。

仙台では四谷用水という開放式の用水路があり、
街を流れる用水路は清流として利用された。
どこかで述べようと思うが、
それは神社やお寺を利用して清流を確保し、
足軽より上の武家屋敷の間に本流を通すことで
水質を監理していた。
そして、年に二回の川底の掃除など
徹底していた。

江戸時代が終わり廃藩置県によって
清流は失われた。

道徳といっても理念的な規範ではなく、
江戸時代は生活を支えていたのである。

死によって罪を水に流すというのは、
仏教を言い訳に利用したのだと思う。

家族の死や自宅の焼失という喪失感を
放置しないことで、
八分にされた家族の破れかぶれの行動を防止し、
あまりにもかわいそうな家族を目の当たりにすることで
住民たちの心がすさむことを防止し、
共同体機能を回復させていくことで、
農業労働者、生産地を疲弊させない
という機能を経験的に必要としていた
と考えている。

それを道徳とか「常識」とかといって
武士の強制力をもって実現していた
可能性は無いだろうか。

また、庶民も
その常識を受け入れるインテリジェンスがあったのだと思う。

ギリギリの理性が
道徳を軽視する勢力によって取り除かれ
村八分という言葉が形骸化され、
全面排除と同義になったのではないかと
にらんでいる。

封建制度が崩壊したのは
歴史の前進なのかもしれません。
しかし、歴史の前進は、
すべてが正しく合理的であるとは限らない
ということを考えるべきだと思うのです。
それは当たり前のことだと思います。

不合理が是正される側面と同時に
それまで、合理性があって意識的に大切にされていたことが、
無意識に脱落している可能性もあることを見逃さないことが
大切であると思います。

それが新しい体制と矛盾しないのであれば、
理性的にそれを取り込んでいくことが
人間関係の営みの点で必要なことだと常に感じています。

そうでなければ、
歴史が進むにつれて、
人間の感情や、当たり前の心が
失われていく危険があることになってしまいます。

現在、パワーハラスメントやいじめ
趣味の集団や地域で
二分すらないような集団的な排除が行われているように
感じてなりません。
昔当たり前だった人の心が
ないがしろにされている原因が、
文明そのものにあるということも視野に入れて
問題に対処するべきなのでしょう。




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