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相手を憎むから不幸になるということ 十数年子どもと会えなかったお母さんから学んだこと [家事]

十数年間子どもに会えなかった母親からお話を伺う機会がありました。
その母親は子どもを連れ去ることをせず、
色々あって父親に子どもを奪われた形になっていました。
そして十数年間、一度も会えずに過ごしていました。

その間母親は、将来子どもがこちらに来ても良いように
コツコツと仕事をし、
コツコツとキャリアをアップさせてゆきました。

子どもは年端もいかない幼児ですから
母親の記憶などないわけで、
とても頼りない話だったと思います。

しかし、子どもは母親を頼ってきました。
その時は来たのでした。
努力の成果で子どもの力になることができたというのです。

持ち前の能力が寄与したことは間違いありませんが、
「だらだらと年月を重ねること」を
それほど厭わないで、信じて前を向いていた
という姿勢が功を奏したようでした。

子どもも独立し、現在も良い関係を保っているようです。

まあこういう話をすると、
渦中にいる当事者の方々の中には、
気休めにもならないということをいう人もいます。
その気持ちはそうなのでしょう。

しかし、こういう事例も現実にはあるのだということを知っていただくことで、
ご自分の過酷な現在を
未来につなげて考えるようになる人もいることも事実です。
このお母さんもそうでした。
私の仕事をご存じで、
そういう方々に伝えてほしいとお話ししてくださいました。

もう一つ、お話しするべきだということがありました。
実は、子どもが母親のもとに戻ってきたことには理由がありました。

子どもの母親と父親が離婚してから父親は再婚したのですが、
父親は母親を憎み続け恨み続けていたようです。
子どもを母親から取り上げてもなお
母親の大事な時期にストーカーまがいのことまでしたようです。

そんな父親の母親への憎悪は子どもにも伝わり
子どもへもダイレクトに負の感情がぶつけられる
ということもあったようです。

父と子の仲が悪くなり、
十数年も子どもを取り上げてきたのに、
子どもを持て余して母親に押し付けてきた
母親側からすればそのような形でした。

一般的に父親にしても母親にしても
離婚に伴って子どもにあえなくなる場合
絶望的な気持ちになる人を多く見ています。

すぐに子どもだけが戻ってくるという例もありますが、
多くは子どもに会えず、
家裁の調査官の報告書などで
「今は会いたくない」
と子どもが言っていることを知らされるなどして、
なかなか子どもに会うこともできない場合も少なくありません。

家裁の手続きの中で絶望が深まるということも少なくないようです。
そうして、自分はこのように孤独に苦しんでいるのに、
相手は子どもと楽しく生活しているのだろうということを考え、
ますます苦しくなるようです。

しかし、今回の事例に限らず、
子どもを引き取った方も苦しんでいる場合が少なくなく、
再婚をしてもなお、相手に負の感情を抱いているケースがあるのです。
男性の場合は、怒りや憎悪のことが多いようです。
女性の場合は、恐怖や嫌悪の場合が多いようです。

しかし、今回お話を伺った母親のように
相手に対する負の感情にとらわれることなく、
淡々と今自分ができることを行い、
充実した現在の生活を送っておられる方もいます。

この差はどこにあるのでしょう。

一つはきちんと気持ちの上で離婚できたかどうか
ということになると思います。

きちんと離婚できたというためには、
その後の相手の人生と自分とを切り離すことができることです。
もう他人なのだから、相手がどうなっても
他人ごととして徹底できるということが必要です。
感情はどうしようもないけれど、
頭で理解して、行動ではとらわれないということなのでしょう。

もう一つ、子どもに対して、
子どもを通して相手を感じずに、
子どもを一人の独立した人間と見ることなのでしょう。

これは同居親の方は苦労するようです。
どうしたって、相手に似てきますから。
顔が似てくる、声が似てくる、
記憶がないはずの別居親に、話し方がそっくりだとか
ということが実際あるそうです。

相手に対する負の感情にとらわれていると
子どもを相手と同一視してつらく当たってしまうようです。

一緒に住んでいる子どもとの軋轢が大きくなることは
双方が幸せになることができなくなります。

最初は自分が被害者という意識があったから相手を憎むのでしょうが、
そのうちは、相手を憎むから自分と子どもが幸せになれない。
という風に変わっていくものなのかもしれません。

こういう時
子どもを確実に助けることができるのは、
子どもと離れて暮らす方の親です。

居場所がないと感じていた同居親から離れて、
自分を無条件で受け入れてくれる親がいるということは、
どんなにか安心することでしょう。

私はアンデルセンの醜いアヒルの子が
本当は自分は白鳥だったと気が付くときの気持ちに
似ているのではないかと思います。

ここまで極端に同居親との関係が悪化するケースでなくても、
子どもは、潜在的にもう一人の親とあって確認をしたいようです。

子どもは自分で自分の運命を決めることができず、
親によって一方的に決められた運命を受け入れているのですが、
色々な調査研究からすると、
子どもは、自分が望んだ親との別離でないことから、
別居親に自分は捨てられたと感じるもののようです。

ここが、自分に自信がなくなり、
自分を大切にできなくなるポイントです。

でも、心の中では、自分が捨てられたはずはないと思いたいのです。
だから、行動が不安定になることがあります。

ちょうど過労死事件で、
母親が働きすぎて体が悪くなり出張先の病院で急に亡くなった
という事案がありました。
お子さんはずいぶん後まで、
母親が自分より仕事を選んだんだと
荒れた生活をしていたようです。

このお子さんは、母親が亡くなってしまいましたから
そうではないということを母親に確認することはできませんでした。

離婚事件の場合は、
子どもはその誤解を解くことができます。
その誤解を解くことができるのも別居親です。
子どもは無意識に、別居親と一緒に過ごしていない罪悪感があるようです。
怒っていないよと安心させるのも別居親です。
また、子どもために生活環境も整っているということでも
子どもも安心するでしょう。

ただ、
そんなことにならないことが一番です。
離婚したとしても、
子どもがそのような自分を否定するようなことのないよう
のびのびと自信を持って生活するように
子どもをもう一人の親とできるだけ自由に
一緒の時間を過ごさせるべきです。

そもそも離婚にならないように
家族を意識的に作っていくということが大切です。

しかし、不幸にして、
子どもと切り離されたとしても、
子どもは、別居親を必要としていますし、
別居親に頼らなければならない時も出てくるのです。
子どもために、別居親しかできないことがある。

事実を持って語ってくれたお母さんから、
多くのことを強烈に学びました。


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これから結婚する人や新婚さんに言ってはならない呪いの言葉は、「最初が肝心」 NOコミュニケーション2 [家事]

結婚が決まった人にお祝いをするとき、
「尻に敷かれないためには最初が肝心だぞ」とか、
「夫の横暴を許さないためには最初が肝心よ」
とか言うことを先輩風を吹かせていっている人を
見たことがあると思います。

このように夫婦のどちらかが主導権をとるものだ
相手にとられると苦しい、
だから最初から主導権を取れ
というアドバイスほど百害あって一利なしのものはないでしょう。

新婚ほやほやの時に
これを真に受けて威張りくさる人はいないでしょうが、
(めったにいないでしょうが?それほどいないでしょうが?)
長い時間二人きりでいるようになると
「あれ?あれ?ちょっと・・・」みたいな時が出てきます。

そういうときそういえば、あの時言われたなあ。
みたいに思い出して、
主導権を取ろうとして
相手の気持ちを無視したり、否定したりして
話をややこしくするようです。

子どもが生まれた後とかが多いですかね。

どちらかが主導権をとるという観点は、
本来チームであるべき夫婦に亀裂を生むものです。
つまり、二人で一つのユニットなのに、
二人しかいないメンバーの中に
対抗心を注入してしまうものです。

本来利害共通でよいのに、
相手の言い分を押さえつけて自分の言い分を通しやすくする
ということですから、
利害対立の構造ができてしまいます。
まさに呪いの言葉なのです。

結婚するときは、特に結婚したばかりは、
お互いに、自分の意見、感想を自由に言える状態にするための
雰囲気を作るとか、ルールを作るという工夫こそするべきなのです。

こまめに言いたいことを言うということが
長続きするための必須条件です。

こういうことを我慢して言わない人がいます。
どうなるでしょうか。
だんだん、自分のことを自分で決められないという不満が蓄積し、
ある時耐えられなくなって爆発するわけです。

ヒステリーを起こしたり、大声を出したりするなら
まだましなのです。
結局言いたいことを言いますから
ある程度気持ちが軽くなるわけです。

それができない人は
ある日、相手にわからないように
共同生活に終止符を打つわけです。
家に帰ったらもういなかった
ということが実際に起きています。

違和感をこまめに口に出して、
簡単に是正するべきことは是正して
思い違いをしているなら考えを修正して
チームを維持することの方が
理性的です。

問題は、こういうことを言ったら傷つけるだろうかとか
こういうことを言ったら怒るだろうか
という遠慮をどのように克服するかなのですが、
前回お話ししたNOコミュニケーションの訓練なのです。

①何が嫌なのか頑張って特定する。
②どうして嫌なのか頑張って説明する。
③自分は悪くないけれど、ごめんねとかお願いねと付け加える。

これがNOを言う方の心構えです。

言われる方の心構えは、
自分の人格が否定されているわけではないという理解、
相手がNOを言うのは、関係を維持するため
つまり二人の仲を長続きさせたいと思っているということ、
NOと言ってもこちらが理解するだろうという信頼を寄せてもらっていること、
教えていただくという気持に双方なること
配慮があれば感謝すること、
どうするべきかとか、どうするのが合理的かではなく
相手の気持ちが自分の行動を決める一番の要素だと思うこと
こんな感じですかね。

そうして、NOコミュニケーションが穏便に成立したら
プチお祝い会をするというのもよいでしょう。
将来の破綻を回避した二人にとってはとても有益な出来事だからです。

何でも言える、何でも言われてよいという関係を作ることこそ
居心地の良い、帰りたくなる場所ということになるでしょう。

こういう関係を作ることに一番有害なのが
最初が肝心と言って
相手の気持ちを否定することだということは
結婚している人ならだれでもわかることだと思います。

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NO(それは嫌だ)コミュニケーションの訓練がいじめ防止等の基礎となるかもしれない。 [故事、ことわざ、熟語対人関係学]


司法試験に合格して司法研修所で勉強していた時期、
同い年の合格者で、長髪の男がいた。
長髪なのによく見るときれいな髪質をしており
羨ましく思い、
うっかり手に取ってしまった。

そうしたところ、彼は、
俺は髪を触られるのが嫌なんだ
触らないでくれる、ごめんな
と言った。
私はそういうものかと思い
ごめんごめんと手を引っ込めた。

その拒否の仕方が秀逸で、
こちらは嫌な気持ちをしないどころか、
こちらの人格への配慮も感じた。
高いインテリジェンスのある人間だと
それ以来尊敬している。

そんな30年近く前のことを思い出した。

対人関係の紛争を見ていると、
けんかや気持ちのすれ違いが起きるホットスポットが、
この拒否をされたときだということに気が付く。

拒否をされると、
そのこと(髪の毛を触ること)だけでなく、
全てを拒否されたような気になってしまい、
無駄な疎外感を抱いてしまうようだ。
そして自分を守るために、
自分を拒否した相手を攻撃してまう。
すると相手も、どうして自分を攻撃してくるのだということがわからず、
不気味な気持ち悪さを抱いて
関係が悪化していく。

逆に、
拒否することで相手を怒らせたくないので、
本当は嫌なことなのに、我慢してしまう。
不満がたまりにたまって
ある日爆発する。
相手は、
それまで、普通に行っていたことを理由に
こちらを攻撃してくることに理解ができない。
言いがかりや八つ当たりであると受け止めてしまう。

最悪なのは、
自分の気持ちを言えなくて絶望をしてしまい、
うつ病になったり、自死に至ったりすることもありそうだ。

いじめのケースでは、
嫌がらないからいじり続けているうちに、
大勢がいじりだし、からかいだし、
気がつけばいじめになっていたということがあるようだ。
気がついた時とは、子どもが自死をしたときなど
取り返しのつかないこともある。

最初にお話しした長髪の合格者のような
拒否の仕方を訓練することが
いじめをはじめとする色々な人間関係の
破たんを防ぐことに効果があるような気がする。

最初の髪の毛の例で、
私がうっかり触ったときに、
「おっちゃん、なに他人の髪をことわりもなくいじくってるんじゃ。ぼけ。」
と言われれば、
悪かったなあという人もいるだろうが、
大半は、「なんでそこまで言われなあかんのん」
という「気持ち」になり、
自分の決まりの悪さを解消するために
言わなくてもよい余計な反撃をする、
そして収拾がつかなくなっていくだろう。

長髪の彼の拒否のエッセンスは、
短く、余計なことを言わないということで、特に、
1 何が嫌なのか具体的に特定している。
2 どうして嫌なのか端的に理由を説明している。
3 自分が悪くもないのに「ごめんな」という。
この3点だろう。

1 具体的に特定していれば、
自分が全否定されたと感じる要素が少なくなる。
それ以外は拒否しないという意思表示にもなる。
2 理由を説明されれば、
漠然と自分が拒否されているのではなく、
相手の嫌がることをしなければ良いのだということが理解できる。
3 ごめんなといわれれば
まず、自分に対して敵意がないのだなということを強烈に理解できる。
「そちらの気を悪くするかもしれないけれど」という配慮を感じる。
その結果、素直にこちらこそごめんという気持になれる。

こういう効果があったと思う。

こういう拒否の仕方を子どもの時から
繰り返し訓練することが有効なのではないだろうか。

幼稚園であれば、
子ども同士がけんかしているときに、
けんかの原因をさかのぼって
拒否コミュニケーションの問題だとすれば、
拒否からやり直す。
余計なことを言ったらそれは言わないで言い直させる。
「ごめんね」と言いたくないときは「お願いね」
と言い換えてもよいかもしれない。

言われる方の指導も大切である。
共感に基づくコミュニケーションの訓練である。

先ず拒否の3要素をはっきりさせる。
その上で、
何が嫌で何が嫌ではないかということを明らかにして
あなたが嫌われているわけではないよということ説明して安心させる。
ただ、それをされることが嫌なんだよと教えてあげる。

その上で、相手が嫌がっているということが
どういうことなのかを理解させる。
ここで一番大切なことは、
相手が嫌なことはしないという習慣づけである。

必要以上に気まずくならないということを覚える。

正義の制裁をしているつもりであっても
相手の気持ちを考えない行動はしない。
それは大人に任せるということでもよいし、
少し学齢が上がったら、
一緒に成長する観点からのアドバイスを制裁に置き換える
ということも大切だろう。
正しければよいというものではないことを
小学校からは少しずつ取り入れていくべきだと思う。

3要素が揃った拒否があった場合は
潔く撤退する。
そういう習慣をつけるということが大切だと思う。

この双方の意識的行動によるそれは嫌だコミュニケーションが成立したら
大人は大いにほめて、子どもたちは達成感を獲得してもらう。
そうやって動機づけを作っていく。

友達同士、夫婦や家族、職場という人間関係の基礎だと思うし、
案外民主主義の前提条件だったりするのではないかと
ふと思う。

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人を殺すシーンなどグロテスクな映像が有害である理由 面白くても批判しよう! [進化心理学、生理学、対人関係学]



人気テレビ番組でマンションの住人などが次々殺されるというものがあって、
リアルな死体や、殺されている場面が詳細に描写されるシーンがあり、
これはやりすぎではないかと感じました。

昔は、ちょっと暴力的な漫画の描写があっただけで、
保護者団体が意見表明などをして
問題だと大騒ぎになったものですが、
高度成長の終わりからバブルにかけての時期あたりから
あまりそういうことをいう人たちがいなくなったのか、
メディアに取り上げられなくなったような気がします。

子どものころ、自分が見ている漫画が
PTAから有害指定されたりすると、
わからずやとか、表現の自由を侵害するとか
よくわからないくせに考えていました。

しかし、いざ親の立場になると、
やはり子どもに見せたくないシーンというものがあるし、
どうしてもっと批判の声が起こらないのだろうと
不思議な気持ちになっています。

いや、本当は「北斗の拳」あたりから、
なんとなくこれは問題ではないかと思うようになってはいたのです。
漫画を見て感情移入ができず、引くようになったということですね。

同じころから、大人たちが物分かりが良すぎるのではないか
ということを時々感じるようになってゆきました。

いじめの問題に取り組むようになってからは、
教師が子どもたちの空気を読んでしまって
言うべきことを言わないようになっているのではないかという疑問が
大きくなってきていました。

さて、なぜ残虐なシーンが有害なのかですが、
ひとことで言うと、
人間は被害者に共鳴してしまうからです。
そしてそれが記憶に残るからです。

共鳴、共感というのは、
バーチャル体験をしていることです。
つまり、自分は実際には殺されるような暴行を受けていないけれど、
あたかも暴行を受けている状況にあるかのように
脳等の神経や体が反応してしまっているということなのです。
思わず手に力が入っていたり、
無意識に体をよけようとしていたり、
あるいは、血圧が上がったり脈拍が増えたり
こういう防衛反応をしてしまっていることが
共鳴です。

もちろん作り事だということは頭の中ではわかるのですが、
体は勝手に反応をしているわけです。

たまらなく不快な気持ちになるのも、
自分が逃げ場を失って絶望することの
追体験をしているからです。

そしてそれは記憶されます。
記憶の機能というのは、
危険を知って、危険のパターンを覚えて
危険に近づかなくする、危険から脱却する
ということがもともとの機能ですし、目的です。

恐怖体験は記憶され、
それを克服するために、記憶は反芻されます。

嫌な画像というものは記憶に残りやすい
ということはこういうことです。

これ自体が大変不快なことなのですが、
有害であることはそれにとどまりません。

人間は危険の記憶を維持し続けることに耐えることができず、
危険が去ったと思わないと生きていけないからです。
そのための、防衛の仕組みがあります。
絶望の共鳴から無意識に逃れようとするわけです。
そのためには、心の中で、
「これは危険ではない。大したことではない。」
という意識を持とうとしてしまうということです。

残虐シーンを何度も見ていると
徐々にこういう気持になっていきます。
外科手術のシーンを初めて見た場合は
とても怖い感じがしますが、
何度も見ているうちに感覚がマヒしてくる
ということがあります。
もっともお医者さんや医療スタッフはそうではないでしょうけれど。

ドラマの中だとしても、
人がどんどん殺されていくことを目撃していれば、
いちいちたまらなく嫌な気持ちにならないために、
「それは危険ではない、大したことではない」
という気持になってゆきます。

徐々に人の命を奪うことの抵抗が小さくなってゆくのです。

しかも、殺されていくシーン、被害者が絶望するシーンを
リアルに描けば描くほど、
心は自己防衛をしようとするので、
それは危険ではない、大したことではない
という気持になってゆきます。

この行き着く先は、人間の苦しみや恐怖を
笑って観れるようになってゆくというように
気持ちが馴れてゆくことです。

それはすなわち、
人間の命なんてそれほど価値のあるものではない、
人間なんてそれほど価値のあるものではない
という意識が育ってゆくことだと思います。

そうしないと、心が耐えられないから
無意識に心の防衛反応がおきているのです。

ちょうどギターの弦を抑えるとか
何かの作業をしていて、
指の皮が厚くなるという現象があります。
指を守るために指の皮膚が厚く固くなるわけです。
作業から指を守るためには有利ですが、
温感や被服感覚が鈍感になってゆくという不利も生まれます。

心をきたえるということは、指のように
びくびくしないように皮を厚くしてゆくことであって
心をきたえると、くよくよしなくなるかもしれませんが
センサーが鈍感になってしまいます。

「人間なんて価値がないから
守ってやる必要はない。
誰かが苦しんでいたり困っていたりしても
こちらも気に病む必要はない。」
これを、頭で考えるようになるのではなく、
体にしみこんでいくようになるということなのです。
無意識の感覚の変化なので、
自分の心がすさんで言っていることに気が付きません。

もし意図的に残虐な行為が流されていて
それを観ない自由を奪われているとしたら、
人間の心なんて自分が意識しないうちに
どんどん荒んでゆく可能性があるということなのです。

さて、そうやって、
他人の苦しみが分からなくなるということは、
大きな話をすれば
海外で戦争があって、人が殺されたり
子どもたちが苦しんでいる姿を見ても
あまり気にしなくなるということにつながります。

もっと身近な話をすれば
会社で人格を否定するようなパワハラを受けて続けている人を見ても
「あいつだから仕方がない」
「あいつがへまをしたのだから自分は関係ない」
「彼女が挑発的なふくそうしているから悪い」
という分厚い皮を心にかぶせてゆくのです。

学校ではいじめがあっても
共鳴、共感できなくなっていますから、
それこそテレビ画面でぼんやりと
見たくもないドラマを見せられているという感覚になります。

心配するとか、支えるとか、声をかけるとか
ましてやそれはやめろよというようなことを
言おうとする発想もなくなってゆくのです。

実は、それだけならまだ良いのです。
害悪はまだ続きます。

それは、人間が共感する動物だという特徴があることに関係します。

他者を、一段低く見て、
「あいつがいじめられるのは仕方がないとか、」
「あいつが悪いから、自分はもっとうまくやればよい」
とか、そういうところで止まらないということです。

あいつも自分も同じ人間なので、
自分以外の人間が苦しんでも仕方がない、どうでもよい
と思う心は、
自分を含めた人間が苦しんでも仕方がない、どうでもよい
という心になることを防ぐことが難しいのです。
無意識に起きていることだからです。

そうしていくうちに
自分をふくめて、人間の命なんてそれほど大したものではない
ということにつながっていってしまう危険があります。

究極的には自死への抵抗が低くなっていくわけですが、
それ以前に、自分を大切にしない薬物や自傷行為等が表れやすくなります。
また、人間のほこりが無くなりますから
ばれなければ良いやという形で犯罪なども起こりやすくなります。

自分はきちんとやっている、うまくやっているから大丈夫
と思っている人は、
うまくやっていることから外れてしまうと
自分はこちら側の人間ではなく
あちら側の、大切にされなくても仕方がない側の人間に
なってしまったという意識が強く起こりやすくなります。
色々な社会病理に手を出しやすくなってしまいます。
たまたま、交通事故を起こしたり、
たまたま、困難な事案に巻き込まれただけで、
自分が作っていた壁の向こう側に行ってしまうのです。

現代社会ではただでさえ、
自分の価値を低く見てしまう事情がたくさんありすぎると思います。

せめてテレビだけでも
人間の価値を低めるようなシーンは見たくないし見せたくない
そう思います。

人の命が失われる場面をウリにしている番組は
大いに批判されるべきだと思います。

昔の大人たちは、このような神経学的な話は分からなかったはずですが、
直感的に、あるいは良識的に、
ダメなものはダメだということを感じたのでしょう。
本来はそれでよかったものが、
現代では見えなくなっているのか、
言えなくなっているのか
頭で考えなければわからなくなっているのかもしれません。



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一つの困難が解決した時こそ、自死(自殺)の危険性が高まる時 自死予防のためには「人間としてのあたりまえ」を壊さないことしかないのではないか。 [自死(自殺)・不明死、葛藤]


自死が起きたときに、
なぜ?せっかくこの問題が解決したのに?
と思うことが多くあります。

例えば、派遣労働者で無理難題を押し付けられていて
友人たちの勧めで仕事をやめようと決意したのにというときや
大きなイベントの実務的な責任者になっていて、
そのイベントがようやく終了したときとか、
せっかく悩んでいたことがそれなりに解決したというのに、
その人が自死してしまったという事件を何件か経験したことがあります。

むしろ、そういうときこそ
自死をする危険が高まっているということを
心得ておくことが必要だということになります。

よくよくその事情を調べてみると
どうやら理由があることだということになりそうです。


一つは、うつ病の場合についてよく言われていることは、
最も落ち込んでいるときには、
自死をする気力もなくなっているので
自死が起きにくいということです。

2次関数のグラフ、Uの字のグラフですが、
これを思い浮かべてください。
一番下の底の時よりも、
底の手前の部分やそこから少し右に進んで上向きな状態で
自死が起きやすいというものです。
これもそうかもしれません。


次に、過労死などの事例では、
それまで、言われたこと、やらなくてはならないことばかりを
無我夢中でただ言われた通り行っていたのですが、
例えば仕事をやめるという決意をしたときとか、
イベントが終わりもうその仕事はやらなくてもよいのだと思うときとかに、
自分で自分の行動を決めるという行動パターンになりますが、
そうすると受動的に苦しんでいるより、
積極的に苦しみから解放される手段をとろう
という気持ちのパターンが生まれてしまう
ということがあるように感じます。


また、自死する人は責任感が強い
このため、いやな仕事でもきちんとこなそうとするし、
最後までやり遂げようとしてしまう。
だから仕事が続いているときは自死しようなんて考えない。
それが一段落ついたために、
それまでしたくてもできなかったこと
つまり自死することができる
という気持ちにさせてしまうのかもしれません。

もちろん実際にはほかにもやるべきことがあるのですが、
冷静に全体像を見渡せる精神的な余裕がないために、
一つ終わったということが自死の引き金になるのかもしれません。


私が裁判で主張した論理としては、
解決したのに解決していないことで、
無限に苦しみが続くという絶望を感じたというものです。

その人は、色々な仕事を同時にこなさなければならないという
仕事上の特色をもっていた学校の先生でした。
これはどの先生も同じですが、
特にその先生はいろいろな分野で責任者のような仕事をしていました。

その上、全国行事の事務責任者をしていました。
それ自体が時間を取られ、様々なやるべきことがあった仕事でした。
その全国行事が終了した直後に自死をしたわけです。

全国行事が終了して肩の荷を下ろしたのと同時に、
また翌日から日常の過重労働を行わなければならない
結局、過重労働から解放されないと思うと、
こんなに努力したのにもかかわらず、
何も変わらないという気持ちになると思うのです。

やってもやっても、解放されない
無限の苦しみが待っていると感じ、
絶望が起きても不思議ではないように思いました。

本当はイベントが終わるまでだと思って無理して仕事をしていて
それが終わったのだから
少しだけそれまでより仕事が軽減されるのですが
これまでと同じ過重労働が続いて、退職まで変わらない
と考えてしまうということがあるのでしょう。
これは地獄だったと思います。


実は問題が解決していなかったということもあるでしょう。
派遣先でパワハラを受けていた労働者が
友人の勧めで会社を辞めることにした
これでもうパワハラを受けなくて済むということで
本人も喜んでいたし、友達も安心していた。
けれども、どうやら本人は、自分が辞めることで
派遣元の会社に迷惑がかかる、仕事を打ち切られてしまう
そういう心配をしていたようです。
夢遊病者のように会社からでていき自死をしたようです。


その人が自死しそうだとわかれば、
その人のそばにいることが一番です。
具体的に死にそうになったら止めるというのではなく、
自分を心配している人、気遣う人がそばにいるということを
皮膚感覚で感じてもらい、その事実を脳に刷り込んで、
自死しようという気持ちを起こさせないことです。

ところがこれがなかなか難しい。

別に家庭があるために、その人につきっきりになれないとか 、
危険は分かるけれど遠い所に住んでいるとか

誰がどのように危険に対処するのか難しい場合が多くあるようです。

ただ、黙って近くにいた方が良いのですが、
余計な励ましをして逆効果になったり、
その人の絶望を持て余してイライラして叱責してしまったり
実際はなかなか難しいようです。

むしろ、手紙とか、写真とか
その人がいつでも自分が支持されていることを意識できる方法を
考えた方が良い場合もありそうです。



それより、そのように今にも死にそうな危険があるということが
なかなかわからないことが一番の困りごとです。

自死するような責任感の強い人は、
自分の仲間、家族とか友人の前では、
苦しんでいることを見せないことが多いからです。

ニコニコ笑って、楽しそうにしていた
ということをよく聞きますが、
無理をしていることが多いようです。

その人が苦しんでいるようには見えなかったということと
苦しんでいなかったということはまるっきり別物だ
ということになります。

だから自死を防ぐことが難しいのです。

自死予防の政策にあたっては
その人の感情を推し量ることはできない
そう割り切るべきだと私は考えています。

その人が取り巻かれている客観的状況が
人間としてのあたりまえの状態になっていない
ということを重視するべきだと思います。

働いている人だったら
一週間に一度は会社とはまるっきり関係のない時間を過ごす
これができないことをおかしいと感じなければならないでしょう。

毎晩深夜にならないと帰宅しない
これは人間としてのあたりまえではないとしましょう。
そういう感覚がなくなっているかもしれませんが、
そうだとしても理性で、
家族と夕飯を一緒に食べられないことはおかしいと
歯止めをかけなければなりません。

会社での叱責が、ずいぶん刺激になってしまい
帰宅してもそれを引きずっていたり
翌日や翌々日に持ち越すこともおかしいと感じましょう。

子どもたちも
例えばリストカットがあったら人間としてのあたりまえではないのです。
なにから逃れたいと思っているのか必ず解決しなければなりません。
目立とうとか、関心を引こうということだとしても
それは人間としてのあたりまえではありません。
なぜそういう行動をとってしまうのか
必ず大人が解決しなければなりません。
目立とうと思うのは悪いことではありませんが、
自分を傷つけて目立とうとしたり、
自分の物、立場を傷つけて目立とうとすることは
人間としてのあたりまではないのです。
あきれている場合ではありません。

誰かをいじるとか、からかうということも、
どうやら人間としてのあたりまえではないようです。
やくざの世界ならともかく、
人格を向上させる学校でそれが行われてはなりません。
本人は嫌がることができないものだと心がけましょう。
笑ってやり過ごさなければ負けだと思っているということで良いようです。

一人の子をみんなで攻撃することも異常です。
その子が間違っていたとしても
逃げ場がない状態にすることは大変危険なことですし、
もうやめようよという子がいないなら、
子どもが子どもを裁くようなことはやめさせましょう。


遅刻をしたり無断欠席をしたり、早退したりする場合は
理由が納得できるまで尋ねましょう。
子どもが奇妙なことをした場合は必ず解決しましょう。

校則だから守れという低次元の話ではなく、
あなたが心配だからというモチベーションを持ちましょう

怖がらないで、面倒くさがらないで
子どもと向き合いましょう。

子どものために向き合いましょう。

どうやら今の日本にかけていることは
そういうことのような気がしています。
あたりまえでないことに慣れてしまっているようです。

子どもや部下を大事に思うということよりも
自分の保身のために迷惑がっている大人ばかりのようです。

人間がぞんざいに扱われていることに
慣れてしまっているようです。

若者が尊敬され、尊重される社会ではなくなっているようです。
しあわせということばが
あまり人々の口に上がらなくなったように感じます。
結婚式くらいでしか聞かないような気がします。

ノルマや指図ではなく、
人間が幸せになるために行動する
そういうモチベーションが
当たり前ではなくなっているのではないでしょうか。

人間が群れを作る能力を失い始めているようです。
どんなに文明が発達していても、
それでは、人間の足場は崩れ落ちてしまうでしょう。

本気で人間を取り戻すことを
今からでも始めるべきです。

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慰安婦の前史と後史から、河野談話の「強制性」の中身を終戦の日に考える 戦争という究極の人権侵害の構造 [弁護士会]

悲惨な内容が含まれます。閲覧注意でお願いします。

以下の文献のネタバレも含まれます。

森崎和江「からゆきさん」(朝日文庫)
山崎朋子「サンダカン八番娼館底辺女性史序章」(文春文庫)
乃南アサ「水曜日の凱歌」(新潮文庫)



あいちトリエンナーレの少女像撤去の話題から
からゆきさんのサンダカン八番娼館の話となったのが前回です。
今日で一連の勉強にとりあえず一区切りをつけようと思います。

今回クローズアップするのは、
「戦地での管理売春に強制連行があったか」
という問題です。
通常は「慰安婦は強制連行されたか」として議論されているようです。

ただ、この問題提起は、かなりおおざっぱで、
言葉の定義があいまいなために議論がかみ合っていません。
特に「強制」の意味ですね。
肯定派と否定派の双方があえてあいまいにしたまま
他説を批判している
そんな印象も受けてしまいます。

論点を分析的に検討すると、
① 朝鮮民族の女子が、
② 日本の軍隊の組織的行動によって
③ 平穏に生活しているところを銃剣などによって
強制的に連行されて
④ 東南アジアなど海を渡って日本人による管理売春をさせられていたか
ということになるでしょう。

このうち、①と④を否定することはできないということから出発します。
論点は、②、③の有無だということになります。

前にもお話したように私は河野談話を支持するので、
結論としては、②,③は否定するという結論ですが、
「強制性」は存在したということです。
これがどういう意味かを説明するのが本記事だということになります。

②、③が論点になってしまったのは、
吉田清治という人が、
きちんとした事実調査もしないで、
いわばノリで②,③の話をねつ造して手記を書き
それをメディアが真実として報道し、
国連までが事実として取り上げてしまった
という不幸な出来事があったからです。

吉田が自分の汚点を懺悔するという形式の手記なので、
自分に不利なことでうそをつかないだろうという思い込みと、
日本陸軍の悪いことはすべて真実だという先入観から、
真実であるとして疑わなかったということが
誤報の理由のようです。

日本の知識人の泣き所をついたものだったようです。

ところが
現在でも軍隊の組織的な銃剣での強制連行はなかった
ということを主張すると、
なぜか、慰安所も否定する主張だとみなされ(前述の①と④)
さらには「強制性」も否定していると決めつけられ
歴史修正主義者とかののしられることがあるようです。

だから、今回のような記事を書くと
(読む人がいればですが)
大いに批判をされることになると思うのですが、
あえて書く必要性があると判断しました。

一つ目のその理由は、
軍隊自らが軍事目的で強制連行したということになってしまうと
国家と結びついた管理売春の実態が隠されてしまうということがあります。
これを説明することが本記事の主要なテーマです。

二つ目の理由は、
議論が二者択一的になっていると状況が危ういということです。
私の4つの論点を見てお感じになっている方も多いと思いますが、
いわゆる従軍慰安婦の問題は二者択一的な問題ではなく、
実態を直視していかなければならない問題であり、
どちらにも属さない見方がありうるはずなのに、
自分の主張に少しでも反していれば
歴史修正主義とか自虐史観とか大雑把なレッテル張りをされて
非難しあうということです。
二者択一の議論に持ち込む最大のメリット(デメリット)は何でしょうか。
それは、分析的思考をさせないで
直観的思考でものを考えさせることができることです。
その時の思考ツールの一般的なものは、
組織の論理です。
自分が属する組織はこうだから、こういう結論を言うべきだろうな
という、科学に反した堕落した考え方です。
私は、こういう焦燥型の思考法、
つまりあまり深く考えないで感情的なやり取りをすることこそ
戦争につながるもろく危うい思考法だと考えます。

三つ目の理由もあります。
いわゆる慰安婦の問題で、
男女平等論者の記事を目にしました。
彼女は慰安所などの問題を
男性の性としての問題点があらわになったものだ
ということを本当に言っているんです。
深みも何もない研究室で座ったまま語れる内容ですし、
これでは、管理売春の背景にある貧困の問題や
国家と結びついた人権侵害の問題がまるっきり隠されてしまいます。
これほど権力にとって都合の良い議論はないでしょう。

性差により、行動が決定されるという差別的な主張でもあります。


さて、強制性の問題については、
太平洋戦争下の管理売春の問題だけを研究していたのでは
裏付けとなる文献がないということで終わってしまうでしょう。

しかし、前史と後史を見れば、おおよそ見当はつくことです。

前史というのは、
からゆきさんと呼ばれた日本人女性が
海外に売られていって
管理売春施設で売春をさせられたことですし、
後史は、
敗戦直後のアメリカ兵のための
日本に住む女性の管理売春施設のことです。
いわゆるパンパンと呼ばれた街娼のことではありません。

前史のからゆきさんの話は、
前回のサンダカン八番娼館の記事で
ある程度お話ししました。
島原天草という歴史的に冷遇され続けた土地で、
キリスト教の影響から新生児殺しをしなかったということもあって
全般的な貧困にあえぎ、餓死者や栄養不良による病死者が続出するため、
生きるために身売りをした
ということが典型的な事例のようです。

森崎和江「からゆきさん」(朝日文庫)では、
当時の新聞記事の調査に基づいて、
多くの事例が紹介されています。

貧困を背景とした人身売買がその本質だということは
動かせない事実のようです。
もっとも、人身売買と言っても
その実態は様々あって、
中には、年季奉公を終えて帰国したり、
管理売春を行う側に回ったり、
ということもありますが、
悲惨な末路を遂げた人たちも少なくないようです。

帰国して、一般人となっても、
売春をしていたことを隠さなくてはならなず
やがて精神を病む女性も多かったようです。

悲惨なのは、その子供たちのようです。
自分の親が管理売春施設で働いていたことで
強烈な負い目を感じ、
結婚相手にも知られないように
心を砕いて生きていく人たちもいたようです。

それらは他国の女性の話ではなく、日本人女性の話です。

明治政府は国際社会の批判を受け、
明治6年から国内の管理売春を表向き禁じたのですが、
実際は、管理売春は続いていました。
少女たちは人買いから騙されて連れていかれるのです。
これこれこういうことをするといっても理解できない年少の娘たちですから、
三食食べられる、白いご飯を食べることができると言われて
実家に仕送りしようと考えさせられて連れていかれたわけです。

表向き売春婦の輸出を禁止していたのですから、
堂々と渡航することができず、
物として、貨物船で密航させられることが多かったようです。

物としてお金でやり取りされていましたから、
物として扱われ、
貨物船の底で水も与えられず、餓死したりしたこともあったようです。

お金で買われたために、また前借金が支払われていたために
途中でやっぱりやめたということは許されませんでした。
暴力を振るわれて、意思を制圧されたこともあったようですが、
多くは、前借金を気にして実家に迷惑がかかるということで
あきらめた女性が多かったようです。

例外的に一切を拒否して帰国を許された事例もあったようですが、
極めてまれなケースだったはずです。

なぜこんなことが行われたか。
一つは、少女たちの貧困のために、
人間として生きられなくても
せめて動物として生存するためという
やむに已まれぬ事情があったのですが、

人買いが少女たちをだまして脅して連れてくるということをした理由は
単純にお金の問題だったと思います。
管理売春はそれだけもうかったようです。

人買いに対する報酬、渡航費などの実費
食費などの管理費等莫大な資本を投下しても
十分元が取れたようです。

最初は中国(清)に売られ、朝鮮に売られ、
徐々に、南方に進出していったようです。
ウラジオストックあたりにも売られていったようです。

日本人が対象となる人身売買が慰安所問題の前ににあったわけです。

現地について売春をさせられて
話が違うということで女性たちが警察に保護を求めることもあったようです。
しかし、管理者は事前に警察官を優遇していたようで、
日本人の警察は、日本人女性たちを相手にせず、保護を拒否したようです。
(からゆきさん 例えば169頁)

これが前史です。
しかも、当時の新聞などで報道された範囲の事実です。
報道できないことや
生存する体験者や目撃者がいない話は永遠に明らかにはならないでしょう。

(「からゆきさん」の編集を担当した人は吉田清二という人だとわかって、「うわっ」と思ったのですが、出版が1980年だということ、漢字が違うということ、出版社に勤めるような勤勉な生活はしていないらしいということから、件の吉田清治とは別人のようです。)

後史はどうかというと、
我々が入手しやすいのは小説「水曜日の凱歌」乃南アサ(新潮文庫)です。

玉音放送からさほど期間を置かず、
アメリカ兵向けの管理売春施設を作った日本人たちがいたようです。
主人公の母親は、この施設の幹部になっていくのですが、
施設にかかわり始めてからは、ないはずの物資、食料などが
豊富に身近にそろいだすのです。

施設がオープンしたのちは、
米軍の物資がふんだんに入ってくるのですが、
当初は、日本の軍隊の物資であることが示唆されています。
運営主体は民間人で、民間組織なのですが、
国家の中枢の人物の関与があったのではないかと
思わせる表現になっています。

そこに強制はないのですが、
美辞麗句で女性を集めてきて
逃げられない状態にして売春をさせるわけです。
人買いなども暗躍していたようです。
戦後直後の配給難という時代背景の中で
絶対的貧困の回避のために身を落とす構造は
からゆきさんとまったく同じです。

小説の中では、
自分の境遇を悟った女性が
自死をしたというエピソードも描かれています。

この小説が事実のもとに書かれているならば
という前提が必要なのですが、
一つの一貫した事実が浮かび上がってきます。

つまり、管理売春は、莫大な利益が出るということです。

からゆきさんは、外貨獲得の手段として有効だったので、
実質的に黙認されたという説があるのですが、
むしろ水曜日の凱歌のエピソードを見ると
それも本当なのかもしれないと思えてきます。

管理売春の歴史的始まりでは、おそらく、アンダーグラウンドの人たちが
非人道的な管理売春を始めたのでしょう。
人間を物として扱うことができるのは、
自分たちも人間として扱われていないと
常日頃感じていた人たちだと思われます。

一般社会から忌み嫌われていたわけですから、
一定地域のみで管理売春が行われていたはずです。

ところが江戸時代までの倫理観が崩壊し、
利益追求が、肯定的な価値を認められるようになると
アンダーグラウンドの人たちが経済力を身に着けていることから、
どんどん大きな組織になったり、
大きな組織、国家の中枢と癒着したりして、
経済的利益の確保を確実なものにしようとしていったでしょう。

利益が膨大になればなるほど、
国家権力の中枢の周辺まで手は伸びていったと考えることも
無理な考えではないようです。

現地の警察官を買収した構造が
まとまった規模に巨大化したというわけです。

からゆきさんという現象は第1次大戦で終わったと言われていますが、
公娼制度は続いていき、
軍の関与する慰安所での管理売春ということになるのですが、
軍が施設を公認して、徴兵した兵隊を
大量にその売春宿に公然と送り込めば、
莫大な利益が確実に上がるシステムができるわけです。

もうけるのは、売春をさせられた女子ではなく、
管理運営する者たちです。

私は、慰安所が作られた目的は
あくまでも利益追求ではないかという
疑念がこの夏に生まれてきました。
また、戦争とはこういうものだったのではないかという疑念です。

管理売春開設の言い訳としては
強姦などの防止と
性病の予防管理
ということがあげられます。

しかし、一部の女性の権利の活動家が言うような
男性は性欲の塊ではなく、
強姦という犯罪類型は性欲だけの問題から生まれるものではありません。
だから管理売春施設があるから強姦が無くなるという関係にはないと思います。
「慰安所は需要があったから開設した」というのは
権力者の言い訳に過ぎない可能性があると思います。
むしろ、利益を追求する人たちによって「需要が作られた」のではないか
という考え方もあるのではないかと考えるようになりました。

女性の権利の活動家が権力を擁護するというのはこういうことです。

また、別の人権活動家は、
性病予防のために、
現代日本においても売春を公認するべきだという主張をしています。
その意見に無批判に追随するリベラリストも多く存在します。
確かに明治以来、外圧によって性病検査行われるようになりました。
しかし、売春宿で働く女性の健康のために検査が行われたものではありません。
客が性病にり患しないため、そして性病が蔓延しないため
という目的で性病検査が行われるようになったのです。

管理売春はあくまでも女性を人間としてではなく
物として扱うものですから、
性病にり患した以上、廃棄されるだけのことなのです。

管理売春の主体はあくまでも民間ですし、
アウトローの組織です。
労働基準法も満足に守られない状況の中で、
いかに法律を厳格に作ったとしても
管理売春で管理される女性の権利が守られないことは
誰でも容易に想像がつくと思います。

そもそも好きで性風俗で働き始めたわけではないのです。
働いて生きていける制度をこそ作るべきだと思います。
人間を物としてみる制度を国が認めろという人権擁護活動家の存在は、
私から言わせれば矛盾であるとしか考えられません。

さて、以上が、日本人があるいは日本の機関が
日本人女性を管理売春の対象とした歴史です。

その中間の時期に、朝鮮民族の女性たちが
戦地の慰安所で売春をさせられていたわけです。
女性であるという要素に加えて
植民地の人間という要素が加わるのですから、
日本人女性と同等かそれ以上の不合理な扱いをされたことは
容易に想像がつくことだと思います。

日本人が警察に保護を求めた冷たくあしらわれた以上に
守るべき機関は、朝鮮民族の婦女子を冷たくあしらったことでしょう。
植民地の人間からすれば、銃剣で脅かされなくても
強制的に管理売春で働かされたと感じるのは当然のことだと思います。

私からすると
直接軍が強制連行しようと
軍の庇護のもと甘言や威嚇で意思を制圧して
外地の慰安所に連れて行こうと
女性の人権、人格、人間性をないものとして扱った事実は
変わらないと思います。

強制連行にこだわることや
強制ではないことにこだわることは
このような本質的な問題まで到達しない危険があるように思います。

大事なことは、戦争という状態が
集団的な人権侵害を犯しやすくすることということ、
それは必ずしも国家が人権侵害をするだけでなく、
しいたげられた人がさらに弱い人を攻撃するということが
当たり前のように行われることで、
それに国家が関与することによって
国家と結びついた一部の人たちの利益につながっているということのようです。

人権が金に換えられるわけです。

今日は令和最初の終戦の日です。
人権侵害の究極の形が戦争であるという意味について考え、
戦争が不要である状態を作り出すための方法に思いを巡らそうと思います。
二者択一的考え方が、実は危険な問題提起であり、
そのような焦燥型思考法を排除していくことが
重要な方法の一つであると思いついたところでありました。

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「サンダカン八番娼館底辺女性史序章」山崎朋子(文春文庫)【勝手に書評】 [故事、ことわざ、熟語対人関係学]

あいちトリエンナーレの取り上げ方のために
また一段と物議の対象になってしまった「少女像」について
ネットでその製作意図を読んだ。

特に少女のかかとが宙に浮いているのが
国に戻った少女たちに対しての社会の不寛容を表現している
ということを読みながら、
私はある映画の一シーンを思い出した。

今から40年前に観た
「サンダカン八番娼館 望郷」である。

ボルネオから帰京した主人公が
自分を受け入れない兄夫婦に対して絶望した心情が
象徴的に表現されたシーンである。

主人公サキは貧しい農家の娘で
両親がおらず、兄と妹と三人で極貧生活を送っていた。
口減らしのために、ボルネオに売られていった。
サキは、家のために海外の苦界に身を沈め
家に仕送りをしていた。
奉公が終わり、家にお金を携えて帰ってきて
感謝されていると思っていたところ
兄も兄嫁も外聞の悪い妹が帰ってきたと
厄介者扱いをされていることを知った。

これまでの自分の苦しみや我慢はなんだったのだ
というシーンである。

若いころのサキは高橋洋子が演じていた。

家に帰って絶望の中で風呂に入るシーンがそのシーンである。
こらえきれずに泣き出すのだが、
声を聞かれまいと湯の中に顔を沈めて
激しく嗚咽するというシーンである。

高校生の時に観たヌードシーンなのに、
高校生の私が見ても
高橋洋子は限りなく清らかだった。
ただ清らかなものと感じた。

サキの仕事の内容というか
苦界の苦界たる理由について
未熟な私には理解はできていなかったのだろう、
サキの兄夫婦の仕打ちに純粋に反発していた。
私は子どもだった。


少女像の製作意図を読んで、そういえばと連想し、
インターネットで検索して、
サンダカン八番娼館の原作があることを知った。

山崎朋子氏の著書の
「サンダカン八番娼婦館 底辺女性史序章」(文春文庫)
である。

私はこの本を読んでみたいと思い、
幸いすぐに購入することができた。

40年前の映画の記憶は、
いろいろと勘違いをしていたことも分かった。

サンダカンという言葉が不明だったが、
これはボルネオの都市名だった。
8番娼婦館だと思っていたが8番娼館だった。
何よりも太平洋戦争下の従軍慰安婦だと思っていたが、
そうではなく、いわゆる「からゆきさん」だったことだ。

最後の話が一番衝撃的だった。
「からゆきさん」という言葉は、
なんとなく聞いたことがあった。

太平洋戦争前、
むしろ江戸時代末期から
第1次大戦後辺りまで、
九州地方を中心として
貧困を理由として女性を
海外に渡航させ売春をさせていた時代があった。

この女性が「からゆきさん」なのだそうだ。

東北の女性も身売りをされて
それが226事件の背景にもなった。
からゆきさんは、最後は主として東南アジアに売られていき、
サキもボルネオに売られていった。

大体はだまされていくのだが
(話しても理解できない年齢ということもある)
逃げようとすると脅しや殺人事件もあったらしい。
そして大体は、渡航と言っても密航で、
貨物船の船底に隠されていく人たちが多かったようだ。

第1次大戦後はどうなったかというと、
おそらく、公娼という形で政府から特別便宜を図られた者が
大ぴらに商売をしていたようだ。
これが従軍慰安婦である。
だまされて連れていかれることにそれほど違いはないだろう。
現地の婦女子に対する暴行の防止という名目だが、
単純に大儲けができたから、国の力を利用したのだろう。
(参照:「水曜日の凱歌」乃南アサ)
これについてはひと月ほど前に別のところで書いた。

さて、山崎氏の原作は、読んでいて面白い、
学術書ということだが、
筆者の生活の様子が織り交ぜられているために
臨場感が強い。
次はどうなるのだろうというドキドキした気持ちで
読み進めることができる。
良質のルポルタージュでもあり、
筋書きのないドラマでもある。

山崎氏もこの本を読む限り魅力的な人物であり
共感を抱きやすい人物であるが、
主人公のサキさんも魅力的な人物である。
物語が面白くならないわけがない。

何より感心したのは
筆者とサキさんが対等の関係にあったことだ。
もちろん筆者がそれを意識して様々な工夫をした結果でもある。
安易な善意の押し売りをしていたのでは、
信頼もされなかったし、ここまで事実が発掘されることもなかっただろう。

そのご努力が、この作品を読むべき作品にしているのだと思う。
とても勉強にもなった。

だから、筆者とサキさんの別れのシーンが胸を打つのだろう。
このシーンは、映画ではサキさん役の田中絹代が素晴らしい演技をしている。

サキさんがボルネオに行った一番の代償は孤立だった。
男子を産むが、
息子が結婚するにあたって息子から別離を突き付けられた。
それ以来息子も嫁も孫も会いに来ることさえしない。

地域社会も同様である。
その中でサキさんは生きていかなければならない。

その象徴的なシーンが、筆者がサキさんのもとを去るというとき、
謝礼金を固辞したサキさんが筆者にあるものをくれと願った。
それは、筆者がサキさんと暮らした3週間使っていた手ぬぐいだった。

その手ぬぐいを見ると、一緒に生活したことを思い出すというのだ。

サキさんは、自分を対等な人間として
当たり前のように接してくれる人がいなかったことを
この一つのエピソードが強烈に物語る。
孤立していなかった確かな記憶が手ぬぐいだったのだ。

田中絹代の演技も圧倒された記憶が鮮明にあるし
今でも、控えめな、自信なさげに願う表情はよく覚えている。

今回の原作でも、この文章は、
最も美しい文章だと思う。
こちらの感情も高ぶってしまい、止められなかった。
今も、感情が高ぶりすぎて何度も手を進めることができない。

読むべき本である。

ただ悲惨な事実を伝えるだけでなく、
力が出てくる不思議な本である。
おそらく、筆者が、サキさんに対して感謝と尊敬という感情を
自然に抱いているというところに、
絶望を乗り越えようとする希望の手立てが見えるからではないか
そう感じてならない。



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小学生、中学生が自死する理由 中高年の自死の原因と子どもの自死の原因の違い [自死(自殺)・不明死、葛藤]

自死の原因を考える場面がある。
事件の解決のために
あるいは自死予防のために
原因の考察は不可欠である。

子どもの自死に関して
原因が思い当たらない場合は、
中高年の自死との違いを意識する必要があるかもしれない。

自死が未来に対する絶望から起きるという側面では、
中高年も子どもも共通であると思う。

人間は
なんかの危険を感じ、何らかの不安を感じた場合、
危険を解消したいという気持が生まれ
危険を解消する行動をとって解決する。
これが生きるメカニズムである。

ところが、解消する行動が見つからない場合
危険を解消したいという気持だけが大きくなってゆく。
それが大きくなりすぎて
危険が解消できるのならば何でもよいという優先順位になり、
本来生きるためのメカニズムだったのが、
危険を解消できるならば死んでも良い
という逆転現象が起きてしまい、
自死に至ると考えている。

中高年の自死の原因と子どもの自死の原因は
ともに未来に対する絶望、
危険解消のための行動が存在しないと感じることなのだけれど、

おそらく、中高年以上と子どもでは、
「未来」や「絶望」のニュアンスが異なるのだろう。

中高年は
自分が過去に築いてきた現在の立場が崩壊することに絶望する
これまで努力や運や挫折の繰り返しの中で
ようやく築いた人間関係や社会的評価、
家族との関係や、仕事の上司や同僚部下との関係
友人たちとの関係が
自分や他人の行為のために
否定されて、なかったことにされる
これまでの長い時間が否定される
いまさら一からやり直すことができない
こういう絶望の感じ方をすることが多い。

子どもたちは、
これからの自分の将来に対して希望を持つことができない
そういう絶望の仕方をするようだ。

中高年は、過去とつながる現在に絶望し、
子どもは、未来とつながる現在に絶望するようだ。

子どもたちにとって
数年後のことでさえ、自分の未来は曖昧模糊としている。
大人は思い出せるだろうか。
小学生が中学生になるとき、
中学生が高校生になるとき、
高校生が数年後大学生や就職するとき
自分のその時を確実に予想できる子どもは少なかったと思う。

つまらないことに不安になっていたはずだ。
それは今思えばつまらないことでも
当時は、取るに足りないことだということが分からない。

進学や就職は新しい人間関係が形成されるイベントである。
自分はすんなりその場の住人になれるだろうか
一人ぼっちになっていくのではないか
という不安は
あたらしい社会に出る喜びとセットで忍び込んでいたはずだ。

だから子どもにとって中学進学、高校進学は、
ただでさえ不安になるエピソードである。
しかし、もう一方の期待も生まれる。
これまでの自分を一区切りつけて
あたらしい人間関係が形成できるのではないかという期待である。
これが裏切られることは深刻な問題となってしまう。

子どもは常にそれまでの幼稚な自分から成長する過程にある。
それまでのなじんでいたはずの自分のポジションが
成長につれて納得がゆかない、不満だと思うようになる。
例えばそれまでは、からかい等親愛を示す行動も
成長の過程の中で苦痛に感じ、いじめに感じるようになることがある。

からかう側の人間も
それまで相手に脅威を感じることなく
自分よりも弱い立場の者だという扱いをしていたかもしれないが、
相手が成長することによって脅威を感じ、
それまでの親愛の気持ちに
よこしまな気持ちが混じってくることもある。
しかしそこに悪意があるわけではない。

進学、新しい社会は、
そのような自分の立場をリセットするチャンスとして
希望を抱くことが多い。

あたらしい人間関係に飛び込む不安と同時に
自分にふさわしい人間関係を築くチャンスでもあるととらえる。

ところが、
あたらしい人間関係が作られるはずが、
古い人間関係、からかわれ、いじられる人間関係などの
自分がなくしたい人間関係が
そのまま新しい人間関係の中でも維持されるとしたら
子どもは自分の未来をどす黒いものに感じるだろう。

あたらしく知り合う人間たちも
自分をさげすみ、軽蔑し
一人前の仲間として扱わない
そういう人間が自分の周囲で増えるということを予想することは
大変つらいことだ。

そして多くの子どもたちは、
次のステップの自分を予想することで精いっぱいだ。
小学生は、自分が中学生になることをある程度予想するかもしれないが
高校生の自分を予想することはなかなか難しい。

中学生は、高校生になる自分をある程度予想できるだろうが
大学生や就職した自分を想像することはなかなか難しい。

もし「次のステップ」が
自分にとって馬鹿にされて過ごすものだと予想した場合、
「次の次のステップ」で挽回できるはずだ
と予想することは至難の業だろう。

だから、小学を卒業しても、中学を卒業しても
自分の立場が改善されず、もっとひどいものになるだろうという予想は、
自分の一生が、ひどいものであって
死ぬまで改善されないものだというように受け止めてしまう
そういうことが考えられないだろうか。

我々中高年にとっての将来は短い
たとえ辛い未来が待っていたとしても
やがて自然に終わるし、
辛さのかわし方、ずるさもある程度身に着けている。

しかし子どもの未来は永い。
辛い未来は、本人にとって果てしなく感じるだろう。
予想もつかない辛い人生を
子どもはかわす方法など知らない。
辛い未来予想を真正面から受け止めてしまう。
あまりにも無防備だ。

大人は、子どもの未来を守るのが一番の仕事なのだろう。
子どもの自死予防は、このように
子どもが成長していくもの、新しい人間関係を築いていくものとして
子どもをもっと把握し直さなければならないようだ。

ちょうど幼稚園のころ、
子どもの未熟な発音がかわいいからといって放置せずに
発音の是正を指導するように、
小学校、中学校の子どもの未熟な人間関係を
今それでうまくいっているからと放置せず、
「将来に向けての現在」という観点から
人間関係の指導をしなければならないのだろう。

子どもたちはもっと尊敬され、尊重なければならない。
おそらくそれが今、一番欠けていることなのだろう。
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表現の不自由展の中止にみるこの国のリベラル文化人の弱点 [弁護士会]

愛知のトリエンナーレにおいて
開演三日目で少女像が撤去されたとのことである。

中止に追い込んだのは無数の抗議活動だった。

中には、京都アニメ事件を擬した脅迫行為もあったとのことだ。
これには、厳しい対応が必要であり、
今回の一連の問題で、もっとも非難されるべき行為である。

名古屋市長の抗議も議論の的になっている。

ただ、そのような犯罪にわたらない
あるいは有名人のパフォーマンスではない
その他の一般人の抗議活動があったために
表現の自由を守ろうという流れにはならず、
1日で中止が決まったということだと受け止めている。

現に文春オンラインのアンケート調査の結果では
74パーセントが少女像の設置に反対しているというのである。

ところが
このアンケートに見える我々一般国民の気分感情を捨象して
表現の自由の侵害だとか
芸術に対する干渉だとか
大雑把な議論ばかりが先行している。
中には検閲に該当する憲法違反だという
間違いだらけの憲法論も官僚経験者や法律家からでているようだ。
この点の解説は法学部学生で足りるので、割愛する。

一つだけ言うとしたら、
憲法がこう定めているからこうしなくてはならないというのは
国家権力や自治体に対する議論であって
一般国民に対してこの言いまわしを使うことは
上から目線で語られているという不快感を与えるだけでなく
国家権力と権利の関係を正しく理解していないということを示すものだ。

一連の言論活動にリベラル文化人と呼ばれる人たちの
弱点が象徴的に表れている。

一言で言えば、思い込みDV事案の一類型の
正しい夫の妻に対する心理的圧迫と同じことをしているのである。

つまり相手の感情を自己の行動原理に反映せず、
「こうするべきだ」
「こうすることが決まっている」
「こうしないのは常識に反する」という議論で
相手を心理的に圧迫するだけの行動になっているのだ。
意見の異なる人の意見を変えようということは
初めから考えていない無謀な結論の押し付けだ。

その中で、多数の国民はその他大勢という扱いをされて
取り残されてしまっている。

もしかすると、彼らの周り、彼らが大切にする友人には
同調者しか存在しないために、
多数の国民に心理的圧迫をかけていることには気が付いていない
ということもあるのかもしれない。

我々のような多数の一般国民から遊離しているために、
・表現活動が中止になったこと
・暴力的強迫もあったこと
・市長という自治体の首長の中止要請があったこと
だけを批判の対象として権力に対する攻撃に終始している。

21世紀になっても、令和になっても機動戦だ。

このような幼稚な議論を続けていたら
表現の自由は、国民の多数をもって
国によって制約される方向が支持されてゆきかねない。
韓国との民族的な交流による平和の推進も
どんどん後景に押しやられていくだろう。

この少女像は、
製作者の意図以上に、政治的に活用されてきた。
それだけ、この作品に力があったということだが、
この作品の活用の仕方によって、多数の日本国民は、
「現在の日本人」に対しての韓国人の怒りを表現したもの
という具合に受け止めている。

具体的な今生きている自分たち日本人を
国際社会の中で孤立させようとしているものと
受け止めているのである。

不快という生易しいものではなく
強い心理的圧迫を受けている。

名古屋市長らの言うような
過去の先祖に対する冒涜ではなく、
現代の私たちに対する攻撃意図を感じているのだ。

もっとも、これは、過去の日本が
隣国を併合したという暴挙に起因するものである。
この点を忘れるわけではない。

ただ、まじめな多数の国民と異なり、
要領の良いリベラル文化人は、
日本国に対する非難は、日本政府に対する問題であり、
自分たちも日本政府の被害者だと頭の中で翻訳して
それ程心理的圧迫を感じることがないのかもしれない。

ところがまじめな多数の日本国民は
日本国に対する非難は、それが政権の時々の政策に対する非難だとしても、
まさに自分に対する非難であり、自分が攻撃されている
と受け止めるものである。

つまり、
アメリカに少女像が置かれることは
自分や自分の家族が、いまだに他国の女性を性的な奴隷にしていると思われ
国際的に自分たちが孤立させられていくという不安になるし、

韓国の日本大使館の前に少女像が設置されると
韓国国民全体が、日本という国に対して
未来永劫攻撃を続けるだろうという圧迫感を感じるのである。

また、日本のマスコミも
そのような、攻撃意思をクローズアップして報道しているのではないか
という疑念も大きくなっている。

私は、本来少女像は、日本においても、
もっと尊重され、感情が共有されるべき作品であると考えている。
もともとは、日本攻撃だけの意図ではなく、
韓国政府や韓国社会に対する批判も重要な政策意図として
作品に込められているという。
(『朝鮮人「慰安婦」と植民地支配責任 Q&Aあなたの疑問に答えます』(御茶の水書房刊、135~139頁)より)

私は、この少女像は、
戦争が、単に武器によって人を殺すだけでなく、
公娼制度など人間の心と一生に深刻な影響を与えるもので、
特に力の弱い子どもや女性に犠牲を与えるということ、
戦争が終わってもその苦しみは続く
ということを象徴した作品であると受け止めている。

少女像という作品の使い方によって
批判を浴びさせて
排斥や攻撃の対象としてはいけないものだと思っている。
但し私の考えは製作者の考えとは異なるかもしれない。

これまでのこの作品の使われ方によって
あるいは使われ方の報道によって
冷静な受け止め方ができない状態になっている。

また、この作品に込められた一つの争点もある。
朝鮮民族の女性が
日本軍ないし日本政府によって強制的に従軍慰安婦にされたのか
という争点である。
少女像の作者もこれは強制的であったと主張している。

私は、日本国民として、現時点では政府見解を支持している。
つまり
「軍当局の要請を受けた慰安所の経営者が、斡旋業者に慰安婦の募集を依頼することが多かった、戦争の拡大とともに慰安婦の必要人数が高まり、業者らが甘言や脅迫等によって集めるケースが数多く、官憲等が直接これに荷担するケースもみられた」と報告されている。ただし、「軍ないし官憲などの公権力による強制連行」を示す資料はなかったが、総合的に判断した結果、一定の強制性があるとした
という河野談話や政府見解である。

この点については、客観的には一つの事実だとしても
立場によって受け止め方は異なるということを考えている。

連れて行った側と、連れて行かれた側
連れていかれて帰国して社会に受け入れられなかった側
ということで違いがあることが当然である。

双方の意見を排斥せずに尊重しあって
将来に向けた行動を一致するということにはならないかと考えるのは
加害国国民の勝手な論理なのだろうか。

もし、
国を消滅させられたという元被害国が、
元加害国の現在の動きが
かつての蛮行が繰り返される前夜と共通のものがあると感じて
その政策や主導者を批判する
ということならば理解は容易である。

一部でそのような主張があることも承知している。

しかし、どうやら、
日本と韓国の民族が融和することが
気に入らない人たちがいることも間違いないようである。
両民族は本来共通の利益が多いのに、
それを意図的に分断している動きを感じる。

この分断の手法は、
理解可能であるはずの主張だったものがいつの間にか
国民対国民の対立構造にすり替えられているのである。

我々一般国民の感情は
その都度律義にも揺れ動いている。

そのような状況を知っていながら、
敢えて大雑把な議論をすることによって
「すべて日本人が悪い論」によって
多数の国民の
韓国に対する不安感をあおっている結果になっている。
そう感じる。

多数国民と遊離したところで
多数国民の素朴な感情が捨象されて主張されることによって
多数国民の韓国に対する負の感情をあおっている
そういう結果が生じていると感じている。

現在、多くの日本人が
韓流ブームの中で韓国文化への理解を進めている。
単なる芸能人の追っかけだけでなく、
ハングンを学んでいる若い人たちが多い。
彼らは純粋に韓国国民に対して親近感と尊敬を抱いている。

仲間内擁護や権力批判に夢中になって
攻撃的な言動をすることによって、
多数の日本国民が韓国とかかわらうことをためらうようにさせ、
せっかく生まれつつある国民相互の
信頼関係や友好関係が、つまり平和の可能性が
後退させられていると感じている。

敢えて物議をかもすために少女像を設置したという発言は
とても残念でならない。

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友がみな 我よりえらく見ゆる日よ 花を買い来て妻としたしむ【勝手に解釈】 [故事、ことわざ、熟語対人関係学]

石川啄木『一握の砂より』

学生時代の友人たちの近況を知る機会があった。
みんなそれなりに出世して、社会的地位を得ているとのことだった。
自分はというと志を立てたものの
まだ道半ばというところにいる。

学生時代に、学業でも生活でも
彼らに負けたと思うことはなかった。
少なくとも、社会に向けて同じスタートラインに立っていたはずだ。
それを考えると悔しい気持ちになる。

自分では、もっと自分が
社会から認められても良いと強く思っている。
それなのに、名をあげることもなく、
この町の片隅で生きている。

こまま取るに足らない者として一生を終わるのだろうか
そんなことを考えると
無性にどこかに逃げ出したくなったり
何かを破壊したいような気持になったりしてしまいそうになる。

私は誰かに慰めてもらおうとしているのだろうか
そんな負け犬のようなことをしたくはない。
自分の心がすさみ、人間性が削られていっているように思う。

このまま甘えた気持ちでいると、自分より弱い者に
八つ当たりのような態度をとってしまうかもしれない
そうして、自分のそういう態度によって惨めな気持ちになり
また自分の心が余計にすさむという
悪循環に陥るだろう。

こういう時は、誰かに優しくするに限る。
こんな人間でも、妻は自分を頼りにしてくれている。
ありがたいことだ。
そんなかけがえのない人にささくれだった気持ちをぶつけてはならない。

花屋に行って、赤いゼラニウムを一鉢買って帰ろう。

こんなつまらないものでも、
妻は喜んでくれた。
そんな妻の様子を見ていると
自然と自分も微笑んでしまうことが分かる。
自分もまだ微笑むことができるのだ。
人を喜ばすことができたという安心感がそうさせるのだろう。

世間が自分をどう評価するかということは
自分という人間の一つの部分に過ぎない。
その結果がどうあれ
自分のもう一つの部分である
家族を大切にするということがおろそかになってはいけない。

私は妻とゼラニウムによって救われたのだろう。
他人の評価を気にする自分をいっとき捨てて
家族を大切にする自分を取り戻し、
人間らしさを取り戻したのだろう。

誰かに自分が辛く当たられて
悔しかったり、苦しかったり、不安になったりするときは、
そんな自分をいっとき捨てて
誰かのために役に立とうとするに限る。
だからといってそんなたいそうなことを
しなければならないわけじゃないようだ。


****

この解説の構想は、4月に書いた
「こころがすさむ、心がすさんでいるとはどういうことか.」 
https://doihouritu.blog.so-net.ne.jp/2019-04-15
の中ですでにあったのですが、
これを入れると長くなりすぎるので泣く泣く割愛しました。

そのため、
なぜ、その文中にこの歌が出てきたのか
中途半端でわかりにくかったと思います。

これまでのこの歌の解釈とは違いますが、
詩人の直感は、こういうことを言いたかったのだろうと
考えています。

そのときに一緒に引用した中原中也もそうなのですが、
自分が苦しい時には
そのことを無かったことにするわけにはいかない。
自分をすべて失くしてしまうわけにはいかない。
そのためには、誰かの役に立つことをするだ
そういうことを言い当てていたのだと思います。


もっとも時代的な背景があり
今の女性の方々にとっては
もう少し鼻持ちならない言葉を出すことが
リアルな解釈になるのですが、
現代的にアレンジしております。

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