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東日本大震災、町の課長さんの公務災害逆転認定のご報告 震災の風化を心配する前に教訓の共有を始めよう [震災等]

マスコミにも大きく取り上げていただいた事例ですので、
改めてご報告することといたします。

宮城県の海辺の町の課長さんが、
東日本大震災の激務により、
地震の1週間後に胃静脈瘤破裂による出血性ショックで
お亡くなりになった事例です。

遺族は、公務災害申請をしたのですが、
地方公務員災害補償基金宮城県支部長は、
公務災害ではない、持病が悪化したための死亡だとして、
公務災害を否定しました。
遺族はこれを不服として、
審査請求という異議申し立てをしました。
この段階で、我々が代理人となり、主張立証活動を行いました。
幸いにして、3月20日付で、
地方公務員災害補償基金宮城県支部審査会において、
同宮城県支部長の公務外決定を取消しました、
即ち、公務災害認定されたことになります。

課長さんは、3月31日で定年退職になり、
年休未消化がかなりあったので、
本当は年休を取得して仕事を休んでいても良かったのですが、
確定申告時期であるので、
3月15日まで年休消化を見合わせていたのです。
地震があと4日遅ければ、
今も元気でご家族と一緒に過ごされていたことと思います。
担当した弁護士は、あの著名な川人博弁護士、
目下売り出し中の気鋭の三浦直子弁護士、そして私の3名でした。

この課長さんをはじめとする町の職員の方々の震災後のご奮闘は、
「ものすごい」という言葉を使用しても足りないほどです。
3月11日から17日18時過ぎの発症まで、
支部審査会の認定では、
仮眠時間29時間、勤務時間111時間という激務でした。

津波やガソリンタンクの爆発による火災で、
地域住民の方々が役所に避難してきていました。
役場は、庁舎の廊下も避難者が寝泊まりしていました。
役場の避難住民の対応の他、
避難所周りや交通整理、食料の確保などで、
役場はしばらく騒然とした日々が続いていました。
職員の方々が寝るといっても、避難者が大勢いる庁舎で、
横になるスペースもなく、椅子に座ってうたた寝をする程度でした。
連日深夜や翌朝まで会議が行われ、
早朝から、町民のためのおにぎり作りなどをしていました。
備蓄していた食料は、町民に提供し、
職員は、期限切れのクラッカーなどの非常食を
日に、1、2回口にする程度でした。
支部審査会は、不眠不休の激務だったと正当な評価をしています。
どうして、支部長(第1段階)が、公務災害ではないとしたかというと、
課長さんは、肝硬変等の基礎疾患があったのです。
門脈圧亢進症は、肝硬変によって生じる合併症です。
ストレスはあったかもしれないし、
ストレスによって胃潰瘍になったとすることは医学的に矛盾がないが、
証明されていないし、偶然的要素が大きいということで、
公務災害による死亡とはわからないという感じで、公務外とされていました。

弁護団は、二つの柱で活動をしました。
一つは、公務の実態を丹念に調査することです。
東京の2人の弁護士も現地に来て、
役場の職員から当時の仕事の内容の事情聴取を行いました。
お二人は、初めて聞くお話に蒼白になっていらっしゃいました。
この課長さんの件は、激烈な公務による死亡だとされなければいけない
という強い意志をもちました。

同時並行的に医学的主張のための調査活動です。
私の事務所の優秀なアドバイザーの内科医にレクチャーを受け、
どう言う体のメカニズムのどこが問題となっているかを把握しました。
そうして、6年越しの主治医の先生の意見書に従うべきだという
貴重なアドバイスを受けました。
このアドバイスが、最終的に効果的で、正しい方針でした。
医学的立証活動は、この主治医の先生の医学的意見を、
専門家ではない人たちにどうわかりやすく解説するか
ということに力点を起きました。
理系の方の文章は、簡にして要を得ているというところがあり、
裁判などでは翻訳作業が必要となります。
当初から、アドバイザー医からも指摘を受けていたのですが、
課長さんは、安静と栄養補給が不可欠な病気だったようです。
ところが、一日中立ったり座ったりして過ごし、
夜も椅子に座って仮眠を取るという激務が続いていました。
横になれないのです。安静の正反対の状態でした。

食事も、町民を優先にして、
一日ビスケット1、2枚という日々が続いていました。
肝硬変の人は、食感が空くことが病態を悪化させるので、
消化器学会は夜食を摂る事を勧めているくらいなのです。
これも逆行しています。
この時、我々被災地の住民の多くは、
いつ食料が尽きるのだろうということが常に頭の中に有りました。
この観点からも、本来、公務を解除して、
自宅で安静を確保できる状態にするべきだったのに、
あえて公務を遂行したという表現が
つくづく当てはまるということを理解しました。

弁護団は、これは、
絶対公務災害だと認定されなければいけない事案だ
と全員が、そのような強い意志をもちました。

今回、支部長判断が支部審査会で覆るという
画期的な結果になったのは、宮城県支部審査会の、
公平な視点と論理の賜物だということになります。
但し、それは、突飛な論理というわけではないのです。
地方公務員の公務災害についての最高裁判決に則って、
職務実態の判断も、医学的な判断においても
合理的な判断をしたということになります。
(中には、被災地の審査会でありながら、地震発生後30分してから、沿岸部に避難広報に行けと命じられて津波に巻き込まれて亡くなった事案で、命をかけていけと言っていないからといって、高度の危険があったとは認められないという審査会もあるのです。)
宮城県支部震災会は、特殊公務災害でも、
理にかなった判断をされています。
被災地の実情を正確に把握してのご判断に敬意を表する次第です。

今回の私の言いたいことは、河北の記者さんに、
全く見事に表現していただきました。(オンラインが出たらコメントに貼り付けます)
私たちも、遺族も、そしておそらく亡くなったご本人も、
申請にあたって一番に望んでいたことは、
課長さんが、ご自分の体調が悪いにもかかわらず、
公務員としての使命感で、
町民のために公務を遂行したということを認めてもらいたい
ということがその言いたいことです。

自衛官や警察官のご活躍は、広く報道されました。
しかし、一般職員の方々も、
自分の健康や家族を投げ打って、公務を遂行されていました。
ご自分のお子さんが地震でどうなっているかも分からず、
連絡も取れない中で、ご自分の学級の子供たちがすべて、
父兄が迎えに来るまで、
教室で子どもたちを励まし続けたお母さん先生、
自分の家が流されて家族の安否もわからないにもかかわらず、
避難所を回ってメンタルヘルスのケアに努めた保健師さん、
みなし仮設住宅で情報が入らないことで憤りをぶつける住民に対して、
寝不足の目を血走らせながらも、
言い訳をせずにひたすら謝りつづけた役場職員の方々、
みんな新聞紙さえ引かないで背広を着たまま、
床にごろ寝をして、5月ころまで一日の休みもなく奮闘されていました。

私は、東日本大震災の公務災害や
特殊公務災害の事件を担当するとき、
このような一般公務員の方々の活動の真実を知っていただきたい、
公務員の方々という職種の人は、
東日本大震災の際に、いかに我が身を削って、
住民のために公務を遂行されたか、
この当たり前のことを大声で力説しなければならないと感じています。
それというのも、私の手がけた多くの事案が、
どうやら東京で、被災地の実情も、
公務員の方の実情も知らないで判断されているとしか思えないからです。

この点、さすがに宮城県支部審査会の方々は、
理にも情にもかなった判断をされました。
どこかの政令都市の支部審査会とは雲泥の差以上のものがあります。

支部審査会の宮城県支部長は、あて職で、
知事がなっています。
私は、不合理な支部長判断事案の一つ一つで、
現場が東京に従おうとしていることに対して、
名前を使われる方が、被災地の実情に鑑みて、
猛烈な抵抗をしていただいたと感じています。
今回の妥当な支部審査会の判断も
この知事の姿勢の影響があったと感じています。

私は、宮城県の事例では、自信を持って、
現場庁はともかく、トップは、我々の味方だと言い続けてきました。
今回の逆転の公務災害認定で、一番喜ばれている方の一人に、
名前を使われた方がいると勝手に確信しています。

今、震災の風化を防ごうという声が上がっています。
誰の心で風化が始まっているのでしょう。
それ自体よくわかりません。
ただ、津波に備えた都市計画だけでなく、
震災の時、誰しも目にしていた一般職の公務員の方々の
ご奮闘を正当に評価することが、
その風化を防ぐひとつの方法になるだろうと思っています。

この点を正当に評価せず、ご苦労に報いることがなく、
公務員の方々の生活や家族が崩壊していくならば、
この次なんらかの混乱が生じた時も、
もはや我と我が家族を投げ打って、
住民のために公務を遂行する公務員はひとりもいなくなることでしょう。
命や家族を投げ打って働くのが、公務員として当たり前だというなら、
要領のいい人は公務員なんかにならないでしょう。
もっと要領のいい人なら、公務員になっても、
家で待機し続けるでしょう。

震災の教訓は、まだ共有されていないのだと思います。
その努力をしないで、風化を心配するならば、
今回以下の被害で、今回以上の混乱が生じることは目に見えています。
震災で何があったか、どこが不十分で
誰に感謝するべきか
これから震災の教訓をあぶりだしていかなければなりません。
今回の公務災害認定が,
そのひとつの契機になるべく、努力を続けていきたいと思います。

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