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不合理な離婚、子連れ別居の源流は、昭和62年の最高裁判決にあるのではないか。その効果は離婚意思が有れば離婚が認められるという野蛮な制度になっているということ [家事]

昭和62年9月2日、最高裁判所大法廷は、
浮気をして別居した夫からの離婚請求を認めた。
いわゆる有責主義から破綻主義に移行したとされる判決である。

私はこの結論自体にも反対だが、
さらにこの破綻主義が独り歩きして、
裁判所においても日本の家族制度の破壊が
行われ始めていると感じている。

連れ去り別居、離婚とも関連するので、
記録にとどめたいと考えた。

<最高裁の事案>

最高裁の事案は、70歳の夫婦の事案である。
子どもができず二名の養子を迎え入れて平凡に生活していたが、
結婚12年目に夫が浮気をして、それが発覚し
夫は浮気相手と同棲するようになった。
また二人の子どもをもうけて認知をした。

その後34年を経過して
夫は二つの会社の代表取締役、不動産会社の取締役
として経済的に安定した生活を送っている。
妻は、人形店に勤務などしていたが
裁判時には無職になっていた。

また、上告人の主張だが、
夫は全財産を妻に給付したという事情があると主張している。

<最高裁の判断>

不貞をした夫からの離婚請求を事実上認めた。
(破棄差し戻し)

<最高裁の論理不貞の場合でも離婚を認める場合>

それまで日本の裁判所では、
離婚(回復しがたい婚姻破綻)の責任のある方
(本件では浮気した夫)からの
離婚請求は認めてこなかった。

本最高裁判決は
責任がある方からの離婚請求でも
二人の間が回復しがたい破綻状態にある場合は、
離婚を認める
という舵を切った判決ということになる。
法律は何も変わっていないのに
裁判所が法律の取り扱いを変更したことになる。

但し、無条件に有責配偶者の離婚を認めるのではなく、
条件が付いている。
1) 夫婦の別居が両当事者の年齢及び同居期間との対比において相当の長期間に及ぶこと
2) 夫婦の間に未成熟の子が存在しない場合
3) 離婚の相手方が、離婚により、
   精神的・社会的・経済的に
   極めて過酷な状態におかれる等
   離婚を認容することが著しく社会正義に反しない場合
 この判決では、このような条件を付けたはずだった。

<最高裁の理由>
上記の条件付きながら、最高裁が
有責配偶者からの離婚を認めた理由は以下のとおり

1)有責配偶者からの離婚を認めないと法律に書いてない
2)夫婦という実態がないことを法的に追認するべきだ
a)夫婦とは、永続的な精神的及び肉体的結合を目的として真摯に共同生活を営むものである。
b)一方又は双方が、
この意思を確定的に喪失し、
夫婦としての共同生活の実態を欠いて
回復の見込みが確定的にない場合は、
夫婦としての社会生活上の実質的基礎を失っている。
 C)その場合に戸籍だけ夫婦というのは不自然
3)但し、正義に反することを認めてはだめだが、
  上記条件があれば正義に反しない

こういう理屈である。

<私の最高裁判決批判>

1 実態は悲惨な結論を招く
  弁護士をやっていて、この判決以降
  有責配偶者の離婚請求あるいは
  責任のない配偶者に対する離婚請求が
  裁判で認められるようになってきたように思います。
  具体的にどういうことかは後で述べます。
  
  この最高裁判決までは有責配偶者からの
  離婚請求は認められていませんでした。
  破たんの責任のない配偶者は
  離婚をされない権利が保障されていたことになります。
  ところが、この判決以降、
  自分が悪くないにもかかわらず
  裁判所から、自分が離婚したくないという気持ちを
  無視され、圧殺されるようになったしまったのです。

  これは、離婚を請求された方にとっては
  青天の霹靂です。
  精神的にかなりのショックを受けます。
  何も悪いことをしていないのに、
  相手の心変わりによって
  離婚を国家から命じられるということなのです。

  言われた当事者を目の当たりにすると、
  この判決の妥当性にははなはだしい疑問があります。

2 判例変更の根拠が薄弱である事

 a)
  これまで有責配偶者の離婚請求を
  裁判所は認めてこなかったわけですが、
  その時から有責性はだめだと
  法律には書いていませんでした。

  法律に書いていなくても
  裁判所の判断が確立していれば
  みんな、争っても裁判所ではこうなる
  ということを予想して争いをしていたわけですから
  書いてないから良いよということは
  あまり説得力はないと思います。

  これを最初に述べること自体が
  自身のなさの表れのように感じます。
b)
  次に、最高裁が考える夫婦ですが、
  「夫婦とは、永続的な
   精神的及び肉体的結合を目的として
   真摯に共同生活を営むものである。」

  私は、これ、余計なお世話だと思うのですけどね。
  皆さんどうお思いでしょう。

  いろいろな人間が夫婦という人間関係を形成するのですから、
  夫婦のかたちとは様々あって良い
  というのが民主主義的な考え方だと思います。

  精神的結合のかたちも様々ですが、
  肉体的結合ということは必ずしも条件ではないでしょう。
  肉体的条件、精神的条件、あるいは年齢的条件から
  それらの目的を必ずしも持つわけではない
  と思うのです。

  勝手に夫婦像を作って、
  それに会わなければ法的保護の対象外だというのは
  あまりにも冷酷な印象を私は受けます。
  誰が夫婦をこういう風に決めたのか
  何を根拠に行っているのか
  疑問が大きいところです。

 C)
 「一方又は双方が、
  この意思を確定的に喪失し、
  夫婦としての共同生活の実態を欠いて
  回復の見込みが確定的にない場合は、
  夫婦としての社会生活上の実質的基礎を失っている。」

   実はここが曲者であり、要注意のところです。
   一方が確定的に、肉体的結合を目的としなくなって、
   なおかつ共同生活をしていない場合は
   社会的に夫婦と言えないよ
   ということなのですが、

   一方当事者の「意思」を強調しているところは
   この判決の後の裁判実務に
   大きな影響を与えているところです。

   社会的に夫婦と言えるかどうかと
   そうした責任のある者の
   「離婚したい」という気持ちを
   相手の
   「離婚したくない」
   という気持ちを圧殺しても認めるかは
   大きな壁で隔てられてきたはずなのです。

   社会実態が変わったわけでもないのに
   判例を変更するのにもかかわらず、
   この社会実態が理由となることは
   理解をしかねるところです。

   籍をそのままにするのが不自然だとしても
   籍を抜くことが許されるべきかという問題とも
   同じように連動しないと思われます。

3 最高裁判決後の裁判実務
   
最高裁判所が示した破綻主義は
(有責配偶者からの離婚請求を認めるという考え方)
すでに破綻主義の枠を超えて、
独り歩きを始めています。
現状では、一方当事者の離婚の気持ちが固い場合
ほとんど離婚が認められる傾向になってしまっている
という状態です。

先ず、客観的に共同生活をしていないということが
必要なはずだと思われるかもしれません。

しかし、別居してほどなくして離婚調停を申し立てても、
離婚調停を開催し、裁判を続けていれば
あっという間に2年くらいたってしまいます。
裁判所は、2年を経過したことをもって
「客観的に共同生活が営まれていない」
と判断するケースがあります。

ほとんどそれだけ、つまり、
離婚したいという意思があって
別居さえすれば
離婚が認められてしまいます。

我々古い法律家の感覚からすると、
同居時に起きた破綻を示すエピソードは
あまり必要とされていないようです。
相手方はいろいろなことがあったというのですが、
重要視していないので、
あまりきちんと調べたり、
証拠法則に則って認定することはありません。
これが言った者勝ちの原因なのではないでしょうか。

未成熟の子どもがいても
子どもを養育することができれば
ノーカウントとされているような気がします。
相手方が生活が困難な状況は確かにないでしょう。
だって、別居で一人暮らしを余儀なくされているのだから、
これからだって同じだから
生物として生きていくだけならなんとなかるはずでしょう。

最高裁判所の判決の中に
こうなることの卵のようなものがありました。
   
「一方又は双方が、
この意思を確定的に喪失し、」
という部分です。

破綻主義と言いますが、
結局は、離婚したいという意思が強いならば
破綻と認めることになるのですから、
もはや「意思主義」と呼ぶべきなのです。

他国においては、このように意思主義で離婚を認めても、
アメリカの多くの州等先進国では
離婚後の子どもの養育計画書を提出させたり
レクチャーを受けたりという手当てもありません。
もはや自由に、相手方や子どものことを決めなくても
離婚できるという野蛮な国が日本なのです。

他にいろいろな制度を作って
離婚に伴う不具合を整備して破綻主義を採用した
先進国とは異なり
破綻主義で離婚ができるという結論だけを
真似しているのが日本の裁判所だと
非難するべきだと思います。

4 最高裁判所判決以降の調停実務
   
これが最高裁判所の判決の影響か
元からこういう傾向があったかについては
自信がないところですが、
  
この最高裁判決以降に弁護士になった私としては、
まだ、弁護士になりたてのころは
離婚について、人情の機微に触れるような
調停委員の先生方の対応があったように
思います。

最近の調停は、
申立人の離婚の意思が固く、
相手方が離婚の意思が無い
ということが確認できれば、
もう調停は打ち切って裁判にしようとします。

話し合いは、
離婚を前提とした養育費や財産分与
慰謝料の額だけだと決めつけているような気がします。
違いますか?

日本の法律では
離婚裁判をするときは、
必ずその前に調停を申し立てなければなりません。
(調停前置主義)

表面的な離婚意思の言葉はともかく、
いろいろな離婚後の派生効果等を一緒に考え、
離婚ということは避けられない結論なのか
ということを確認することによって、

一つは、やり直しの方策があれば
それをひとまず追及するということもありますし、

離婚という結論が避けれない場合でも
相手の真意を砕いて説明を受けることによって
ある程度は納得して離婚に応じることができる
離婚が不可避ならば
円満に離婚ができたということがあったように思います。

こういう作業は、当事者の精神衛生上も
離婚後の子どもの養育についても
無駄ではなく有益だったと思います。

昔の調停委員の先生が告げる
相手方の離婚の意思の説明は
重みがあり、絶望感もうけますが
新しい将来に目を向ける効果もありました。

いろいろな調停委員の先生がいますが、
今は、とても軽いような気がするのは
私だけでしょうか。

離婚条件について話し合いができるかどうか
だけでの調停ならば、
わざわざ調停を前置する必要もないと思います。
こういう調停ならば
単に訴訟を増やさないための下請けのような気がしまう。
要するに裁判所の利益のための家事調停です。

そうではなく、離婚は、
家族という人間の営みの基礎となる重要な
対人関係の解体ということだから、
なるべく当事者の納得のゆくところで結論を出し、
軽々しく国家が家庭に介入しない
という理念があったはずですが、
今は形骸化しているように思われます。

家庭裁判所で、離婚調停や訴訟で
事故が起きやすいのは、
このように、自分の人生を
裁判所の都合で形式的に処理されていると
感じる人が増加していることに
原因があると私は思います。

その気はないと思うのですが
人を馬鹿にしているのです。

5 連れ去りアドバイス
 
こういう裁判実務、最高裁判所の判決を
少しずつ取り入れていったのが、
一部にいる
連れ去りアドバイザーなのでしょう。

別居して離婚したくないと言えば
裁判で離婚ができる。
調停等で話し合うとぼろが出るので、
すぐに調停を不調にしたり取り下げて、
離婚訴訟にしてしまいましょう。

だから、先ず、別居することが第1です。
連れ戻されると、
「あなたは、また夫のところに戻るでしょうから」
居場所を相手に隠して別居しましょう。
   
子どもと別れたくないならば
子どもは一緒に連れて出てください。

学校を転校させたり
親に会わせるわけにはいかないけれど
「あなたが幸せにならないと
 子どもは幸せになりませんよ。」
 子どもにつらい思いをさせても
 連れて出てください。

子どもを育てるためにはお金が必要です。
こういう気持ちにさせたのは
相手の責任が大きいのです。
相手に何らかの虐待があれば
慰謝料が高額になるのですが・・・
どうしますか?

ちなみにここにあるのが
保護命令申立書です。
簡単でしょう?

「あなたは、意志の弱いダメな人間ですから
 放っておくと夫と連絡を取るでしょう。」
 だから携帯電話は預かります。

離婚制度の変遷の中で、
責任もなく離婚を強いられる大人、
わけのわからないうちに両親が別居して
もう一人の親と会えなくなる子ども、
そうして、自分のことを自分で決められず
軽蔑されながら、上から目線で
あれこれと指示されたように動かなければならない女性

いわれたとりやったのに
ろくに慰謝料ももらえず
話が違うといっても
どうすることもできません。
   
このような離婚制度の闇は
最高裁判決がもとになっている可能性があるぞと
今考えている次第です。

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新米パパ

未成熟な子供がいるうちは、せめて3歳から5歳までは、離婚は原則禁止。とすることは出来ないのでしょうか。育児に係わるなかで、感じるのは、現代の産後のママさんの精神状態はかなり危なっかしい。関係ない他人は、やれ離婚だ、他人の不幸は蜜の味わいなのでしょうが、当事者の夫や子供は堪らないです。法曹界は間接的に道義を作ります。裁判や法の在り方で不幸をなくせたら、それはよいことと思っております。
by 新米パパ (2017-06-07 17:46) 

ドイホー

コメントありがとうございます。おそらく、法曹関係者を含めて若い夫婦を励まして助けていくことが必要なのだと思います。今、そんな当たり前のことをしようとする人たちが少なすぎると痛感しています。実際は逆なんでです。嘆かわしいです。
by ドイホー (2017-06-09 14:47) 

大田区2児のパパ

ドイホー先生 いつもためになるブログありがとうございます。
離婚の判断に破綻主義が取り入れられた経緯、実務の状況がよくわかりました。
自分が思うのは、連れ去りアドバイザー、行政も深く関与している点です。区役所や市の広報には、DV相談窓口を良く見かけます。
ほぼ、男性が加害者、女性が被害者の構図です。
実際に被害に遭われた方の保護は必要でしょう。
ただ、状況の確認も無く一方的に家族、夫婦、親子関係をも断絶に導く今のやり方は納得できません。
産後、育児期の母親を支援する活動も色々あると思いますが、一方で簡単に”断絶”を支援している状況です。

私事ですが、今日は下の子の2歳の誕生日ですが、どこでどうしているのか分かりません。
昨年うつ状態で突然家を出て行った妻の心が穏やかで、子供達も元気で、誕生日を祝っている事を願うばかりです。
by 大田区2児のパパ (2017-06-10 08:05) 

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