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連休明けの今日、学校に行かなかったあなたと親御さんに  [自死(自殺)・不明死、葛藤]

今日GW明けです。
おそらく、中学生を中心とする多くの子どもたちが
学校に行きたくないと感じていることでしょう。

実際に学校に行かなかった方もたくさんいると思います。

親としては大変心配になります。
学校に行きたくない理由は人によってたくさんあるのですが、
とにかく行けと強制したくなるのも仕方がありません。
それでも、行きたくない気持ちが強い
かなり強い、病的とも思える拒否反応を示すこともあります。

親として一番心配なことは、
とりあえず家から出て、学校に行かないことです。
家の中で、家族に、「学校に行かない」
と宣言して行かないのであれば、
少し安心してもよいのだと思います。

多少なりとも、親を信頼している
という見方もできるからです。
大切なことは、
無理やり行かせないことです。

もちろん行くように説得するべきですし、
そのためには事情を聴くことが必須です。
行く気持ちにさせる努力は必要だと思います。

ダメなのは
頭ごなしに行かなくてはならない
あるいは強制的に学校に連れていくことかもしれません。
行きたくないという気持ちだけは、存在するのです。
無いことにはできない部分です。

気持ちを動かすことができなければ
むしろ「今日は」あきらめる
という選択肢を持つべきだと思います。

今日、突然学校に行かないと言い出すお子さんも
このまま学校に行かないのはまずいと思っています。
本当は、
「今日だけは」行きたくないというお子さんが多いようです。

端的に、
このままいけなくなってしまうのではないか
それなら無理しても行った方が良いと思う。
と意見を述べ、
「明日からは行く」
ということであれば、
「今日は」休むことを支持してもよいかもしれません。

私が思うのですが、
私が中学生だった40年前と現代では
中学校という人間関係は
ずいぶん様変わりしているように感じるのです。

子ども同士の厳しさみたいなものがあり、
許されないという雰囲気が強いようです。

あまり詳細には繰り返しませんが、
良い学校に入って、良い仕事について
解雇の心配と無年金の心配のない環境に入らなければならない
という切迫感を強く感じます。

良い学校に入るためには、
全教科で水準以上の成績を収めなければならない
学校生活で失敗することも許されない
という息苦しさを感じます。

そのため、子どもたち同士でも、
相手の些細な過ちや
求められる水準を満たさない事による中傷が
容赦なく行われます。

例えば部活動に出ないと
ラインなどで、どうして出てこないのだという
一斉攻撃が始まります。

顧問が、それを行うこともあります。

部活動は、
ブラック企業の非人間的な集団生活を送ることに備えるための
精神修業の場ではなく、
充実や、喜びや、楽しさのためにある
という考えは、はじめから無いようです。

このような子どもたちの過酷な攻撃に追い打ちをかけるのが
連帯責任を理由にする叱責です。

一人がいろいろな理由で共同行動できないことが
他の子どもたちが叱られる理由になるという
江戸時代でもめったになかったことを
平気で行ている学校もあります。

また、できないことはできないのに、
陰口をして、子ども同士が嘲笑するということも
今の学校ではあるようです。

「許されない環境」が学校にはあるようです。

ゴールデンウイーク中
家族の中で安心して生活していたお子さんが、
連休明けに学校に行きたくないということは
こういう環境を考慮に入れれば
むしろ当然のことかもしれません。

私たち大人は、
そういう嫌なことを何度も経験していますから、
お子さんの悩みの理由がそれほど深刻なものとは
感じられないということも仕方がありません。

しかし、経験したことの無い苦しみの強烈さというものは
なかなか思い出すことができないものです。
また、その行きたくない理由がなかなか改善できないならば
お子さんは、
将来的にこの苦しみから逃れられない
という長期的な絶望感を感じているかもしれません。

学校に行きたくないということは
文字通りよほどのことだと考えましょう。

特に、小学校などでいじめをされた経験がある場合、
また、あの時と同じ気持ちになるかもしれない
というとてつもないストレスを抱えている可能性もあります。

行きたくないという理由を親が理解できなくても
行くことが極度の苦痛であることはありうることです。

さて、親としては子どもが学校を休んだ以上
学校に行かないことに罪悪感を感じてもらいたいと思うかもしれません。
または、本当に頭がおかしくなってしまったのかしらと
大変ご心配されるかもしれません。

しかし、今、特に今日限定で頭に入れておいていただきたいことは、
子どもは、親から特別扱いされることをとても嫌がることです。
特にはれ物に触るような扱いが苦手です。
普通にいつも通り接してほしいということが本音です。

大事なことは、
「明日から行くんだよね」ということを
ダメ押ししないことです。
(これが一番心配ですが)
行くことを前提にいそいそと準備をする
という姿勢が良いみたいです。

もう、「今日は」仕方がないという割り切り
これが、問題を最小限度にとどめるコツのようです。

さて、今まで今日休んだあなたがこれを読んで
どう思ったでしょうか。
全然わかっていないという評価かも知れません。
しかし、
そういうこと親に言ってほしいという部分が少しでもあるなら、
もう少しだけ読み進めていただきたいのです。

それは、あなたが今日休むことを私は賛成する。
その理由についてです。
大きく言えば、
あなたが自分自身を大切にするために
今日休むことが必要だと思うからです。

親御さんにもそれを理解してもらいたいと思って書きました。
その上で、
もっと、もっと、より自分を大切にすることを提案したいのです。

それは変えなくてもよい所は変えないままでも
考え方を少しだけ変えるということです。

変えなくてもよいところは、
あなたが今日学校に行きたくない事情を
嫌だと思うことです。
それは無理に変えることはできません。

ちょっとだけ変えることをご提案することは、
その嫌な事情の中で、
「自分を責めない」ことです。

できないことはできなくてもよいのです。

誰かから、先生だったり、同級生だったりから
嫌な評価をされたところで出来ないものは仕方がありません。
そんなことができなくたって
日常生活に支障はないでしょう。

要するに、人間はそれぞれ、
向いていないことがある
という事実を覚えるということです。

それにもかかわらず。
さっきも言ったように、
今の学校教育の中には全部をできなければいけないという
人間工学的に非科学的な軍隊思想みたいなものがあって、
一人一人を苦しめています。

あたかもできないことが悪だというような感じです。
これは間違っています。

先生や嫌な同級生が否定評価をしても
あなたは、自分自身を否定してはいけません。
向いていないだけなのです。

覚えていていただきたいことは、
向いていない事なのに他人からやいのやいのと否定されると
いつしか、人間としてすべて否定されているような
そんな感覚に陥ってしまいます。
これは人間誰しもそうです。
あなただけではありません。

しかし、真実はそのことが向いていないだけです。
他の人が簡単にできることが
できないということはよくあります。
言われると私も嫌な気持ちになります。

でもできないことなんていくつもあります。
逆にあなたでなければできないことも
必ずあるんです。

例えば、誰か友達に
「私も嫌な気持ちになったんだよ
 あなただけではないよ」
ということを言えるのもあなただけです。

欠点や弱点が多い人の方が
他人の役に立つことが多いのです。
私はそういう人たちをたくさん見てきています。

あなたの人生には向いていることが必ずあります。
しかし、それはあなたが、自分自身を認めてあげないと
見えてこないことかもしれません。

嫌な環境かもしれませんが、
他人に左右されず、
自分の向いていることを見つけていくことが
人生の喜びです。

私は、50歳を過ぎて
ようやくそれがわかってきました。
まだまだチャンスは十分あります。

今日一日思い切り贅沢をしましょう。
向いていないことは、今日一日きりすてて
ちょっと苦手だけど、このことほどではないことで
比較的できるかもしれないと思えることに
取り組んでみましょう。


家族の中で気まずくなったら、
このブログを紹介して読んでもらってください。





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