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日大アメフト傷害事件で起こったことについての解説を、謝罪会見から試みる [自死(自殺)・不明死、葛藤]

昨日、日大アメフト傷害事件の直接の加害者の謝罪会見がありました。
20歳の若者が名前と顔をさらしての会見でしたが、
関係者、特に本人にとって賢い行動選択だったと思います。

ところで、20歳とは言え、
どうして相手に対する暴行を止めることができなかったのか。
また、どうして、指導陣は
傷害をそそのかしたのか。
それらについては、本人たちも分からないでしょう。
記者は本人に回答を求めていましたが、
それは無理です。

謝罪会見で述べられた事実から分析をしましょう。

経緯は、
加害者は、高校時代から有望なフットボール選手で、
高校時代の監督が日大のコーチになったということもあるのか
日大に入学しフットボール部に所属した。

加害者は優秀な選手で、全日本チームのメンバーにも選ばれていた。

ところが、事件の3日前から
監督が加害者をいじめにかかり、
なんくせをつけ、自分の言うことを聞かなければ
全日本も辞退させる
ということを言い出し、

さらに練習にも参加させないという
なりふり構わない対応を始めました。

1 もともとの体育会気質

もともと、スポーツは、上意下達が徹底しているとこがあります。
勝利という明確な目標があり、
経験豊かな指導者が、研究を重ねて、
勝利への最短距離を伝授していくわけです。

そもそも、監督やコーチなどの言葉に逆らうということは
発想として出てこないわけです。

2 群れの中にとどまる本能

そうでなくとも、チームに入ってしまうと
そのチームから外されたくないと思ってしまうのが
人間の本能です。

この人間の本能を利用して
勝利という明確な目標を絶対善として、
他の価値観に優先させる結果、

上の言うことを守ることが
秩序を守ることと同じことになっていきます。

3 落差理論

人間は、今いるポジションを維持することを望みます。
だから、高いポジションにいる人が
下に転落することは精神的に著しい打撃になります。

立場がなくなってしまうということです。
刑事事件で加害者が自死をするケースが比較的多いのですが、
こういう理由なのだと思います。

日大の加害者は、
全日本のメンバーに選ばれていましたから
メンバーから外れることはとても強い抵抗感があったはずです。
ましてや試合のメンバーからも外されることは、
それだけで、外されまいとする心の動きを強くさせます。

外されないためにどうしたらよいだろうかという
そういう発想にしかならないのはそういう理由です。

彼が全日本のメンバーから外れるということは、
当時の自分自身を崩壊させることであり、
自分自身を守ろうと必死になってしまった
という言い方もできると思います。

4 加害者の暴行当時の心

加害者は、暴行当時、
既に二者択一的な思考に陥っていたのだと思います。
傷害を遂行するか、自分を崩壊させるか
そういう視野狭窄の心理状態に追い込まれた
ということが追い込まれたという意味です。

他に選択肢はありませんでした。

退場にならないことに焦りが生じ、
まだ暴力が足りないのかとと感じていたでしょう。
3回目のファールでようやく退場になり、
もう、暴力をしなくてよいのだという安心感が
号泣になったと考えられます。

彼のためにももっと早く退場させるべきでした。
審判も、まさか意図的にやるはずがないという思い込みがありますから、
意図的な暴行だと認定することが難しかったのだと思います。

彼の心理状態が
このように選択の余地がなかったとしても
自分の行ったことについての責任はとらなくてはなりません。
今回の謝罪会見は良い責任の取り方だったのではないでしょうか。

では、監督やコーチの心理はどのようなものでしょうか。

一言で言って、監督は自分の地位を脅かす存在だと
自分にとって加害者危険な存在だと
本能的に感じていたのだと思います。

自分に関係なく全日本選抜となり、
しかもスタイルがフェアプレーで、
自分に対する恭順の姿勢も足りないと感じていたということです。

上意下達が完成されていないと
実力のない上司は不安になるものです。

無意識のうちに
そういう異分子を叩き潰して、
自分に従わせようとします。

母親が子どもにすることがある洗脳ですが、
徹底的に、自分の彼に対する役割を行わず
彼に対する排除の言動を繰り返した挙句、
泣きついてきた彼を迎え入れて、
監督の下に就くことに喜びや安ど感を経験させていくわけです。

それが行われてしまうと
群れにとどまる本能などから
何でも言うことを聞くようになってしまいます。

自ら率先して忖度をするようになるわけです。

コーチは、支配者と服従者と
両方の側面をもって、
監督に媚び、選手を従わせようとしていたことになります。

さて、それにしても、
どうして罪もない相手をつぶすという方針が作れるのでしょう。

それは、第1の原因は、
監督の危機感が強すぎて、
勝利を絶対的に必要とし過ぎたということがあると思います。

その原因はわかりません。
過労死現場でいえば、
実力がないのに役職ばかり上に上がって行って
常に転落の予感に脅えている場合があります。

また、さらに自分の上司から
同じように洗脳されている場合もありました。
もちろんその人の人格的な問題がある場合もあります。

いずれにしても防衛意識が強いということだけは言えると思います。

人間が人間を攻撃しても平気な顔をしていられるのは、
自分や仲間を守るためだと自分に言い聞かせている場合です。

ここまでお話していてお気づきになられた方が多いと思いますが、
今回の日大アメフト傷害事件は、
会社のパワーハラスメントとかなりの部分で重なります。

その本質は、 人間を人間としてみないことです。

相手が生身の人間で
痛みを感じ、精神的に恐怖を感じ、
家族がいて友達がいる
そういう当たり前のことを
感じられなくなっているということです。

痛めつけることが目的化しているともいえると思います。

長時間労働も
家族から切り離され、
心も四六時中仕事のことばかりを考え
夢の中でも仕事をしている状態
毎日がイライラし
家族から見捨てられたり
子どもたちの健全な成長を奪われ、
挙句の果てに命を落とすわけです。

労働者が人間であることが
見事に捨象された考え方です。

今回は他のチームの選手への加害を余儀なくされました。
過労死は、
自分を死に追い込むということですから、
他人とその家族に危害を加えるか
自分とその家族に危害を加えるか
という違いがあるだけで
心理構造は変わっていません。

さて、4年前の今日
国会では過労死等防止対策推進法が可決されました。
そして今年の今日
衆議院では
高度プロフェッショナル制度が強行採決されようとしています。

暴行による傷害は目に見えますが
過重労働によるダメージは目で見ることができません。

しかし本質は同じなのです。

日大は、選手の謝罪会見を受け
相手選手をつぶせと言ったことを認めながら
なお、選手が監督の指導の意図するところに反する行為をした
ということを公式ホームページに掲げました。

考えなしの反射行為ということはあることです。
しかし、この見解が削除されないまま掲載され続けるならば、
日大は反社会的組織だということになります。

他人の人格を尊重することはモラルであり、コンプライアンスです。
比ゆ的な話だとしても
つぶせということはこれらに反するからです。

高度プロフェッショナル制度で労働基準法の労働時間法制を外す
ということも同様ではないでしょうか。


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