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子どもに会えない母親の方たちへ 子どものために親であることを主張しよう。ヒステリー、人格障害、うつ等で自己否定している人は、もう自己否定しなくても良いはずです。 [家事]

<母親が子どもと会えないパターン>

父親が子どもと会えないパターンは、
母親が子どもを連れて別居し、
行く先を隠していたり、
わかっていても、近づくと警察に妨害されたりする場合です。

これに対して母親が子どもと会えないパターンは、
家から追い出される場合です。

どちらのパターンも、
子どもが会うのを拒否している
子どものために会わせない方が良い
と子どもと同居する親は主張するのですが、

母親の場合に会わせない理由は、

母親がいわゆるヒステリー状態になって
感情抑制が効かずに収拾がつかなくなる。

うつ状態になっていて家事をしない

子どもが危険であり、教育上よくない。
なまじ会わせると
子どもが寂しがって困るから会わせない
というものです。

そして、もっともらしい医師の意見書を出して、
母親が、
人格障害(パーソナリティ障害)だとか
解離性障害、
極度のパニック障害、不安障害
うつ病、
ひどい事例では統合失調症、躁病
等の診断を、
本人を診察もしていないのに行うのです。

男性の場合、
身に覚えのない夫による打撲や傷害などの診断書が
離婚裁判などで暴力の証拠として提出されることがありますが、
ちょうど同じような感じで意見書が提出されます。

そして母親自身が、
自分は母親として人間として失格だと思わされてしまい、
子どものために子どもの前から去るべきだ
と一瞬思わせられてしまいます。

母親の両親も娘の行為は確かにひどい。
申し訳ないという気持になり、
母親が、「一時的に」という当初の約束で実家で休んでいるうちに
二度と子どもに会わせられなくなり、
いつしか離婚の話が
当たり前のように始まるのです。

実家もあきらめムードですから
母親も自分が悪いんだろうなと
頭ではあきらめようとしてしまいます。

<ヒステリーは母親だけの責任ではない>

以下の説明には個人差があるのですが、
多かれ少なかれこうなると説明がされています。

「産後うつ」という言葉はようやく根付き始めています。
その現象は多角的に説明されるようになってきました。

比較的歴史が古いのは、生理学的裏付けであるホルモンの急激な変化です。
妊娠、出産までは女性ホルモンが大量に分泌され、
出産後は女性ホルモンの分泌がなくなってから
授乳のためのホルモンが分泌されるようになる、
この時、警戒心が強くなり、攻撃的な性格に変化する。
ということはある程度判明していました。

出産直後の母親が、子連れの母熊のように
夫が子どもの近くに来てもうなり声をあげて威嚇する人がいる
という話が巷でも言われているようですが、
極端な例ではそうなるのでしょう。

また、出産の痛みを緩和させるため
コルチゾールという脳内ホルモンが分泌されるのですが、
これが脳を委縮させて
安心を感じにくくさせる
ということも指摘されています。
詳しくは、私のブログを参照ください。
「もっとまじめに考えなければならない産後クライシス 産後に見られる逆上、人格の変貌について」
https://doihouritu.blog.so-net.ne.jp/2015-10-12

それに加えて、近時は脳の機能分析からの説明がなされ出しました。
出産に伴って、
母親は赤ん坊の状態に敏感になるあまり
大人の気分感情に対して共感できなくなり、
その結果、夫などが何を考えているか分からなくなり、
不安になっていく、
産後うつの原因はこれだ
という脳科学の成果も
日本の大学とスペイン大学が相次いで発表しました。

これについてはこちらの記事に詳しく書きました。
「妻は、意外な理由で、実際に夫を怖がっている可能性がある。脳科学が解明した思い込みDVが生まれる原因」
https://doihouritu.blog.so-net.ne.jp/2018-07-17

まとめますと、
女性は出産すると、
ホルモンや脳の機能が変化してしまう。
その結果不安を感じやすくなる。

不安を感じると、不安を解消したくなるというのが生き物共通の生きる仕組みです。
不安を解消する方法は2パターン(逃げるか戦うか)あって
一つは、
不安に負けて落ち込み、生きる意欲を失っていく。
つまり、寝ない、食べない、人と接触しないというパターン。
もう一つは、
不安を与える相手等を攻撃することによって
安心感を獲得しようとする。
これがヒステリー等の脱抑制状態だと私は思います。
この時の不安はいろいろあります。
将来のこと、子どものこと、自分のこと
健康のこと、家計のこと
自分たち家族の人間関係などです。

特に子どもと夫婦だけの孤立家庭では
夫にしか頼るひとがいないので、
自分と夫との関係が不安の大きなテーマです。

何か事情がある場合には不安が大きくなるのですが、
事情がなくても不安がわいてきてしまいます。

そして何が不安なのか、どうして不安なのか
については、なかなかうまく言葉で説明できません。

とにかく不安だ、目の前に夫がいる
不安を解消したい、爆発する。
そういう関係ですね。

だから、夫に対しても、私は、
あんまり気にしないで、流すのが一番だよ
等と言うわけです。(前回の記事を参照ください)

私の言っていることが少しでも正しいなら
1 特に産後のいわゆるヒステリーは、
  母親の自由意思によって起きているのではない。
  そうせざるを得ない事情があり、
  そのコントロールが難しい人がいて当たり前だ。
  母親が「悪い」わけではない。
2 母親が子どもを出産したことに伴って生じる
  という側面が強い。
3 いわゆるヒステリーを起こす人は
  理由がわかない不安で苦しい気持ちになっている。
4 ヒステリーを起こしたこと自体で不安になる。

そうだとすると、母親だけを責めることは
間違っている
ということになると思うのです。

ちょうど出産をしたときに入院して
家事が何もできないとしても
誰も非難しないと思うのです。

そういう体の問題ではなく、
(体の状態を反映した)心の状態が
自由が利かないからと言って
母親自身に責任を押し付けて非難するということなので、
産後の体力が不十分なことを非難することと
全く同じではないかと思うのです。

小さい子どもを大人が手分けして育てるように、
自由が利かない母親をみんながフォローするというのが
人間らしいことなのではないかと思います。

少なくとも出産した母親は
無意識にそれを望んでいるはずです。

<昔の日本人はみんなそれを知っていたのに現代日本は>

前も書きましたが、
21世紀になって産後うつが脚光を浴びてきましたが、
日本には、そういうメンタルなことも
風習という形で考慮されていました。

「産後うつと母親による子どもの殺人と脳科学 床上げの意味、本当の効果」 
https://doihouritu.blog.so-net.ne.jp/2014-12-11

出産後の母親にはしばらく
授乳以外は何もさせず、
布団もたたまないということをしていたわけです。
もちろんそばにいる大人は夫だけではなく、
色々な人立が便利に使われていたのです。

これは母体を休ませるという意味だけでなく、
みんなが母子を支えるということを実践して、
母親の精神的安定を図る狙いがあった
と私は思うのです。

文明成立前の日本の女性たちは、
自分がそうされてありがたかったから
今度は自分がそうする
そうしない家庭は人でなしだとののしる
ということで、風習を作ってきたのでしょう。
男には決して説明しなかったでしょうが、
察しの良い男は気がつくし、
そうでない男は、それが決まり事だからと
素直に従ったのでしょう。


昔の日本人の風習は、
このように人の心を配慮するために
人間関係の工夫を定めたことが多くて
本当に感心させられます。

ところが今は、
里帰り出産ができればまだ何とかなりますが、
それすらできない母親がたくさんいます。
床上げどころか退院してすぐに
家事全般をやらなければならない事態も多いのではないでしょうか。

体力的には、それほど難しいことではない人もいるでしょう。
家電なども便利になりました。
しかし、人間と人間の関係を反映した感情の状態である
心を安心させるものは人間関係だけなのです。

江戸時代あたりまでは大っぴらに認められていた
素人女性の「かんしゃく」が、
どうやら明治維新以降否定される傾向になってきたように思われます。

女性の生理に反した風習が
いつのまにか蔓延したように感じられます。

これは現代でもその方向に社会が進んでいるように思われます。

<自分を恥じている人はもう恥ずかしい人ではない 親はパーフェクトである必要はない>

だからいわゆるヒステリーや、産後うつによる家事放棄は、
女性の自己責任で終わってはダメなのだと言いたいのです。
昔の日本人は、家(親戚一同みたいな意味)の連帯責任だったし、
ご近所の支えがあったわけです。

少なくとも父親が母親と一緒に悩んで、
母親を安心させて解決する方向が
試されなければならないと思います。

確かに強烈な妻からのDVもあるので、
みんなみんなそうしろというわけにはいきませんが、
多くの事例の中で
夫が一方的な被害者だとは言い切れないようです。

だからと言って夫が「悪い」わけではありません。
一番は妻の状態についての知識が普及されていない
次に孤立婚や過重労働の中で夫が妻と一緒に悩む余裕を持てない
ということが大きいでしょう。

一時的にでも育児から解放される施設が
あまりにも少なすぎることも指摘させていただきたい。
保育所の中では働いている女性の子どもが優先で
働いていない母親の子どもは保育所に入れられないということが多くあります。

これでは、保育所は、子どものための機関ではなく、
母親が働くため会社のための機関に思えてきてしまいます。
科学的には、すべての母親の育児の補助をすることが
厚生労働省の観点からは必要だと思います。
そうでないならば保育所は厚生労働省ではなく、
国土交通省か財務省の管轄にするべきです。

孤立婚なのだから
母親を社会が支えないでどうするのだと
私は本気でそう思っています。

ところが、子どもの利益のためにということで
役所(児童相談所等)は
女性の状態が支援が必要だということに対して一切目をつぶり
母親を敵視しているかのように感じられることがあります。
子どもに母親と敵対させようとすら感じる時さえあります。
女性の権利を主張する人たちも
なぜかこの点について発言しているところを
不勉強のためか知りません。

どうか、多くの科学者が
「家族の幸せ」に大きな価値を見出して
合理的な解決方法を提言してもらいたいと思います。

さて、
出産した女性が、不安のただなかにいることは重々承知ですが、
もうひと踏ん張りしてほしいと願わずにはいられません。
子どものためには母親の存在は不可欠だからです。

2歳くらいまでは、
どんなに父親が頑張っても
子どもは母親でなければだめだと
リテラシーの異常に高い幼児が発言していたことを聞いたことがあります。
胎内記憶、においや音なのではないかと思いますが、
母親がいることで安心感を子どもに与えるようです。

もし将来的に子どもが、
母親が頭がおかしくなったから分離させたと聞かされたら、
一つには、自分は頭のおかしい血が流れていると思うでしょうし、
一つには、真実をリアルに認識できたときに
自分にまつわる忌まわしい残虐的な出来事がおきたと
悩むことになるでしょう。

追い出されないように頑張ってほしい
追い出さされても、
子どもは両親が育てるべきだという
主張を続けてほしいのです。

そのために必要なことは知識と仲間です。

自分の脱抑制の声や行動を覚えていても
あなただけに責任があるわけではないし、
あなたの人格でもないことが多い。

確かに、子どもや夫を驚かせて怖がらせて悩ませていますから、
申し訳ないという気持を持つことは尊いと思います。
でも必要以上に恥ずかしがったり、
自分で自分をコントロールできないことが異常ではないかと
思い込みすぎると、益々コントロールが利かなくなります。
開き直りの癖がついてしまいます。
脱抑制以外の時は、
開き直ることをしないで不安を打ち明けるしかないです。
恥ずかしいと思った人は、もう「恥ずかしい人」ではありません。
げたを預けてみるという気持の方が
相手にとっても落ち着きにつながりますし、
その結果、あなたの不安も軽減されるでしょう。

開き直るより、謝るより
まず相談です。
それが家族でなければ、家族っていったい何なんでしょう。

「一緒に解決してほしい」ということを提案するべきです。
解決方法はいくつかあります。
一番の特効薬は、家族の支えだと思います。
家族の支えを誘引するために、
恥ずかしがらずに頼ってみるべきなのです。

子どものために親がパーフェクトである必要はありません。
親がパーフェクトに近くても
必ずしも子育てがパーフェクトであることと一致しません。
むしろ、家族の弱点を家族全体で支え合っていくことが
人間らしい生き方であり、
最上の教育であり、
子どもに安心感を与えることです。
それが現代日本で忘れられていることだと思います。

もう一言仲間についてなのですが、
誰が悪い、だれが悪くないとか
良い悪いで行動を決定する人は
仲間のふりをした敵だと思って間違いはないでしょう。

きちんとした知識を持って
合理的に現状分析と対策を説明できる人が必須です。
粘り強く家族みんなの幸せを考える人を
仲間につけて、一緒に頑張りましょう。
相手を攻撃するのではなく、
一緒に解決してもらうことをまず考えることが大切だと思います。

子どもにとって最善の利益は、
両親から愛情を注がれることだと確信しているからです。

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