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人間が死んでも消えてなくなるわけではないという意味 自死、過労死担当弁護士としての経験論 [故事、ことわざ、熟語対人関係学]

自死や過労死事件を多く扱ってきて、
あるいは交通事故もそうなのですが、
私たち弁護士は人がお亡くなりになってから事件にかかわるのですが、
私は、お亡くなりになっているはずの方と
一緒に事件を考えている感覚になることがよくあります。

実際、無我夢中で事件と格闘していると
思いもかけない証人や証拠が表れたり
何が起きていたのか不意に頭に入ってきたりすることがあります。

経験論として、
人はお亡くなりになっても消えてなくなるわけではないのだなあと
感じていました。
色々なことがまたありまして
この考えはあながち間違いではないのではないかと考えるようになりました。
今回それを理論化してみました。

現代のお経のようなものだと感じているのですが、
これも何人かとの共同作業だということになりそうです。

****


人間は、群れを作らなければ生きていけない動物です。
家族、友達、職場の同僚等様々な人間の中で生きています。
だから、あらゆる人間関係から切り離した「自分」という存在は、
人間としての存在ではありません。

あらゆる人間関係から独立した自分というのでは、
色々な個性、特徴があるように見えても、
それは意味のあるものではありません。
自分では自覚していませんが、
個性、人格、人となりというものは
自分の人間関係の中で生み出され、維持されて
意味のあるものになっています。

人間が生きているということは、
自分以外の人とのかかわりの中で生きているということです。
意識することはなかなかできませんが、
自分とは
自分の関係する人間関係の中での自分のありようなのです。

だから、人間が生きているということは
自分が関わる人間関係の中に
自分が存在して、自分を形作っているということなのです。

あなたに関わっている人たちも
自分たちの関係の中にあなたがいるということで
あなたが人間として生きているということを感じて、
そのことによって、
その人たちも人間として生きているのです。

だから、人間は今の人間関係の在り方に悩むのです。
悩みを無くすため、せめて軽減するためには
自分と他者との関係を改善することが一番です。
もしそれができないならば
他の人間関係を重要なものと考えるという方法があるのです。

ふだん言われている人間の死というものは、
肉体的な死のことを言っています。
それは動物としての死です。
人間としての死とは少し違います。

人は必ず動物として死にます。
しかし、あなたが動物としても生きているときに
あなたとかかわりのある人たちと
一緒に生きてさえいれば、
あなたが動物として死んだとしても、
あなたのかかわりの中で、
あなたは確かに人間として生き続けます。

一緒に泣いたり、一緒に怒ったり、一緒に笑ったり、
あなたに相談をしたり、あなたに愚痴をこぼしたり、
人間として生きているあなたと
人間としてかかわり、生き続けます。

動物としての死を迎えても
全くいなくなるわけではありません。
消えてなくなってしまうわけではありません。


大切な人が死ぬことはとても寂しいことです。
取り返しのつかないことです。
でも、私が人間として生きているならば、
あなたも人間として活き活きと生きています。

だからこれからも、
私はあなたと共に生き続けます。

いつまでもいつまでも
私のそばで生き続けてください。
これからも変わらずあなたは私の大切な人です。

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