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「サンダカン八番娼館底辺女性史序章」山崎朋子(文春文庫)【勝手に書評】 [故事、ことわざ、熟語対人関係学]

あいちトリエンナーレの取り上げ方のために
また一段と物議の対象になってしまった「少女像」について
ネットでその製作意図を読んだ。

特に少女のかかとが宙に浮いているのが
国に戻った少女たちに対しての社会の不寛容を表現している
ということを読みながら、
私はある映画の一シーンを思い出した。

今から40年前に観た
「サンダカン八番娼館 望郷」である。

ボルネオから帰京した主人公が
自分を受け入れない兄夫婦に対して絶望した心情が
象徴的に表現されたシーンである。

主人公サキは貧しい農家の娘で
両親がおらず、兄と妹と三人で極貧生活を送っていた。
口減らしのために、ボルネオに売られていった。
サキは、家のために海外の苦界に身を沈め
家に仕送りをしていた。
奉公が終わり、家にお金を携えて帰ってきて
感謝されていると思っていたところ
兄も兄嫁も外聞の悪い妹が帰ってきたと
厄介者扱いをされていることを知った。

これまでの自分の苦しみや我慢はなんだったのだ
というシーンである。

若いころのサキは高橋洋子が演じていた。

家に帰って絶望の中で風呂に入るシーンがそのシーンである。
こらえきれずに泣き出すのだが、
声を聞かれまいと湯の中に顔を沈めて
激しく嗚咽するというシーンである。

高校生の時に観たヌードシーンなのに、
高校生の私が見ても
高橋洋子は限りなく清らかだった。
ただ清らかなものと感じた。

サキの仕事の内容というか
苦界の苦界たる理由について
未熟な私には理解はできていなかったのだろう、
サキの兄夫婦の仕打ちに純粋に反発していた。
私は子どもだった。


少女像の製作意図を読んで、そういえばと連想し、
インターネットで検索して、
サンダカン八番娼館の原作があることを知った。

山崎朋子氏の著書の
「サンダカン八番娼婦館 底辺女性史序章」(文春文庫)
である。

私はこの本を読んでみたいと思い、
幸いすぐに購入することができた。

40年前の映画の記憶は、
いろいろと勘違いをしていたことも分かった。

サンダカンという言葉が不明だったが、
これはボルネオの都市名だった。
8番娼婦館だと思っていたが8番娼館だった。
何よりも太平洋戦争下の従軍慰安婦だと思っていたが、
そうではなく、いわゆる「からゆきさん」だったことだ。

最後の話が一番衝撃的だった。
「からゆきさん」という言葉は、
なんとなく聞いたことがあった。

太平洋戦争前、
むしろ江戸時代末期から
第1次大戦後辺りまで、
九州地方を中心として
貧困を理由として女性を
海外に渡航させ売春をさせていた時代があった。

この女性が「からゆきさん」なのだそうだ。

東北の女性も身売りをされて
それが226事件の背景にもなった。
からゆきさんは、最後は主として東南アジアに売られていき、
サキもボルネオに売られていった。

大体はだまされていくのだが
(話しても理解できない年齢ということもある)
逃げようとすると脅しや殺人事件もあったらしい。
そして大体は、渡航と言っても密航で、
貨物船の船底に隠されていく人たちが多かったようだ。

第1次大戦後はどうなったかというと、
おそらく、公娼という形で政府から特別便宜を図られた者が
大ぴらに商売をしていたようだ。
これが従軍慰安婦である。
だまされて連れていかれることにそれほど違いはないだろう。
現地の婦女子に対する暴行の防止という名目だが、
単純に大儲けができたから、国の力を利用したのだろう。
(参照:「水曜日の凱歌」乃南アサ)
これについてはひと月ほど前に別のところで書いた。

さて、山崎氏の原作は、読んでいて面白い、
学術書ということだが、
筆者の生活の様子が織り交ぜられているために
臨場感が強い。
次はどうなるのだろうというドキドキした気持ちで
読み進めることができる。
良質のルポルタージュでもあり、
筋書きのないドラマでもある。

山崎氏もこの本を読む限り魅力的な人物であり
共感を抱きやすい人物であるが、
主人公のサキさんも魅力的な人物である。
物語が面白くならないわけがない。

何より感心したのは
筆者とサキさんが対等の関係にあったことだ。
もちろん筆者がそれを意識して様々な工夫をした結果でもある。
安易な善意の押し売りをしていたのでは、
信頼もされなかったし、ここまで事実が発掘されることもなかっただろう。

そのご努力が、この作品を読むべき作品にしているのだと思う。
とても勉強にもなった。

だから、筆者とサキさんの別れのシーンが胸を打つのだろう。
このシーンは、映画ではサキさん役の田中絹代が素晴らしい演技をしている。

サキさんがボルネオに行った一番の代償は孤立だった。
男子を産むが、
息子が結婚するにあたって息子から別離を突き付けられた。
それ以来息子も嫁も孫も会いに来ることさえしない。

地域社会も同様である。
その中でサキさんは生きていかなければならない。

その象徴的なシーンが、筆者がサキさんのもとを去るというとき、
謝礼金を固辞したサキさんが筆者にあるものをくれと願った。
それは、筆者がサキさんと暮らした3週間使っていた手ぬぐいだった。

その手ぬぐいを見ると、一緒に生活したことを思い出すというのだ。

サキさんは、自分を対等な人間として
当たり前のように接してくれる人がいなかったことを
この一つのエピソードが強烈に物語る。
孤立していなかった確かな記憶が手ぬぐいだったのだ。

田中絹代の演技も圧倒された記憶が鮮明にあるし
今でも、控えめな、自信なさげに願う表情はよく覚えている。

今回の原作でも、この文章は、
最も美しい文章だと思う。
こちらの感情も高ぶってしまい、止められなかった。
今も、感情が高ぶりすぎて何度も手を進めることができない。

読むべき本である。

ただ悲惨な事実を伝えるだけでなく、
力が出てくる不思議な本である。
おそらく、筆者が、サキさんに対して感謝と尊敬という感情を
自然に抱いているというところに、
絶望を乗り越えようとする希望の手立てが見えるからではないか
そう感じてならない。



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