So-net無料ブログ作成

【講演のお知らせ】「普通の夫が妻から離婚を突き付けられる理由」 ~「家族の中の他人」が生まれる時~ [家事]

すいません。開始時間は6時45分だそうです。
私はなるべく6時からスタンバイしています。
12月14日

12月20日午後6時からアエル28階研修室で
講演会を行います。(主催:みやぎの萩ネットワーク)
現代の夫婦はあまりにも夫婦関係に無防備だと感じます。
私は離婚事件も多く担当する弁護士ですが、
離婚事件を担当していると
離婚しなくてもよい夫婦が
いつの間にか泥沼の訴訟劇を繰り広げている
と感じることが多くあります。
相手の欠点弱点不十分点を強調し
双方多大なる精神的打撃を受けています。

夫は身も心も打ち砕いて働いていたのに
妻たちは、夫が定年になり
家にいることに恐れをなしているという
悲しすぎる現実が多く生まれているようです。

そして明日は我が身です。
楽しく生きるために、
家族の楽しさを子どもに引き継ぐために、
家族が、「ただいま」と笑顔で家に帰れるために、
一生懸命お話をさせていただきたいと思います。

夫の立場、妻の立場の方
それからこれから結婚しようと考えている方
是非おいでください。
今ならまだ間に合うかもしれません。

お話をする内容は以下の通りです。

第1部 実態編

あなたの妻は実際はあなたをどのように感じているのか
法律事務所での妻の言動:「同じ空気を吸いたくない」
家裁の調停の部屋の出来事
妻が抱いている不安
夫が家の中にいる他人 ボブ・サップ
不安を解消したい = 動物の生きる基本

幕間 問題の所在 何か原因があるということに気が付くこと

どういうタイミングで妻にとって夫が「変わった」のか
共感とはなにか
心が通っていれば

第2部 分析編 家族という仲間から他人になる事情

出産による変化
赤ん坊に対して共感しやすくなる効用
大人に共感できないことの効果
産後うつへのケアと精神的変化を招く病
大人になれない夫
実に簡単な封建制度化の夫婦
夫の家庭の中での不在
家庭の中に正義を持ち込む夫
日本人男性には多い子どもの視点

第3部 対策編 楽しい家庭、安心できる家族は自分たちで作る

パーソナルスペースの活用
安心 = 仲間として尊重される
安心の記憶が想起できないことへの対処
言葉の効用 = 敵意のないことを示す 会話は毛づくろい
話を聞くという訓練

nice!(0)  コメント(0) 

八神純子さんを絶賛する!もっともっと活躍してほしい。前向きに世界を進めるために。 [震災等]



先日、宮城県の人権啓発セミナーで、
八神純子さんとトークセッションをしてきました。

八神純子さんはあの「みずいろの雨」の歌手の方です。
震災後に被災地の支援を続けていらっしゃるそうです。
今回も気仙沼(本吉)という、
仙台からとてつもない時間を要する場所での
講演会でした。

私は、このような企画を考える委員をしているのですが、
八神純子さんがいらっしゃることは
私たちの仕事とは関係なくはじめから決まっていました。
だから
どのように、八神さんにお話ししていただき、
どこに人権の問題をからめるかというのが今回の仕事でした。
(基本的には自由にお話しいただくことになりました。)

本当は企画をする仕事なのですが、
自分たちの方がギャラが安いし
誰かに細かく指示をするのが面倒だから
企画委員が自分でお話をしてしまうというのが
といういつものパターンなので、
今回はだいぶ違いました。

八神さんは前日にも
ガンの病院でコンサートをされたそうです。
広い待合室兼エントランスを利用したようです。
実は、今年の9月に、
この病院で知人を亡くしていたので、
知人を思い出して涙ぐんでしまいました。

音楽の好きだった人で
八神さんのCDも持っていました。
耳も目もあまり機能しなくなっていましたが、
八神さんがドレスを着て歌を歌うというだけで、
よく見えなくても、聞こえなくても
一時に苦しみ、痛み、不安から解放されたことでしょう。

闘病している本人だけでなく、
付き添っている家族にとっても
ほっとできる時間だったことでしょう。

こういうことで救われるということは
震災で経験しました。

ボランティアってすごい。
頭が下がる思いでした。

そして次の日、車で3時間かけて
こちらの会場にも来ていただいたわけです。
私だって来ただけでへたばっていたのですから
なおさらだったと思います。

会は大成功だったと思います。
先ず、八神さんのお話をいただき、
(お話の最後にアカペラで「スマイル」)
トークセッションをして、
最後は八神さんのミニコンサートでした。

お話の部は、自分の子育ての反省をお話され、
特にお母さん方に熱く共感されていました。
トークセッションでは、
ろくな打ち合わせをしなかったにもかかわらず、
無茶振りに対しても的確にコメントを出していただいて
大変ありがたかったです。

トークセッションの時間はあっという間でしたが、
私ともう一人の企画委員の先生のお話を
何とかちりばめて
子どもの人権についてもお話しできたと思います。

ミニコンサートでは、
幸い立派なグランドピアノがあったので、
弾き語りも披露していただきました。

最初は「みずいろの雨」
美しい高音は健在で迫力があります。
曲の順番に自信がないのですが、
震災の後に書かれた「翼」?
話の流れにもあうご自身のお子さんの高校卒業式の時の
「さくら証書」
あの「パープルタウン」

もう会場全体が感動で拍手が鳴りやまず、
アンコールは「Mr.ブルー」
私が聞きたかったのはこの曲だったので
感激しました。びっくりしました。
ピアノを弾きながらの歌声だったのですが
この曲が一番ドラマチックでした。
改めていい曲です。

八神さん、ほとんどボランティアでした。
多少謝礼があったとしても
八神さんに見合うものでは到底ありません。
なんせ自治体の運営ですから
八神さんにふさわしい扱いでもなかったと思います。
本当は大変失礼もあったと思います。

それなのに
スタッフと記念撮影まで応じていただいて、
ただただ、頭が下がりました。


帰りにドライブインで八神さんのCDを買って
聞きながら帰ったのですが、
夜の高速道路にぴったりでした。
いまさらながら、こんな良い曲だったんだと驚きました。
サウンドは私のドンピシャの世代ということもありますが、
歌詞がまた良いのです。
前向きで素晴らしい世界観です。

八神さんが楽曲を提供していた歌手(娘さんはkahoさん)の
とあるアルバムはよく聞いていました。
八神さんが曲を提供していたとわかり
またまた驚きました。

おそらくほとんどプロモートされていないのでしょう。
これだけ、ご活躍されているのに
ほとんど話題に上らなかったことの方が
驚きです。
いかんです。

Mr.ブルーは、現代のテーマ曲にふさわしい名曲です。
(同級生に話したら、彼は
「想い出のスクリーン」をあげていました。
なんか苦い後悔があるのでしょう。)

今度はコンサートに行きたいです。
舞台の上で歌う八神さん、お話している八神さんは
とってもチャーミングでした。
本当を言えば、なによりもその笑顔に参りましたので
これを書いているところであります。

nice!(0)  コメント(0) 

【お知らせ】11月27日 福島、厚生労働省主催過労死等防止対策推進シンポジウム 普通の企業で過労自死が起こる仕組みと効果的な対策 [労災事件]

ついこの間と同じ記事ではなく、
今度は福島での厚生労働省シンポジウムのお知らせです。

概要は以下の通りなのですが、
私が基調報告をいたします。

参加お申し込みは以下のサイトから簡単にできます。
https://www.p-unique.co.jp/karoushiboushisympo/#area2-6

特徴的なことは、
私の担当した26件の実際の事例を分析した結果に基づいての報告であること
(個別事件の報告ではありません
 死亡事例16件、死亡に至らない精神疾患事例10件)
弁護士が担当したのですから、かなり詳細に事実関係を調査しています。

その上で、もともと確信犯的にパワーハラスメントをしなくても、
つまり普通の企業でも
パワハラが起きてしまい
従業員が精神的に傷つき、自死に至る
ということが起きてしまうというということを
説明しています。

どこにその原因があるかということを
あるいはどういう叱責が精神的に悪いのかということを
具体的な事例に基づいて説明しています。

過労自死を出した会社が悪い会社で
これから起こさなくしろ
という投げっぱなしなお話ではなく、
どうすれば、精神疾患事案を出さないようにできるのか
一緒に考えて、提案するお話です。

特に福島の企業の方は必見だと
手前みそですが思います。

実際の事件を担当した立場からの説明
パワハラ講習というのは
余りないようです。

このような話ができるのは何も私だけの力ではなく、
東北希望の会には、臨床心理士、産業カウンセラー
社会保険労務士等々
あらゆるジャンルの人たちがいて
大学の研究者の方々とも連携しているからこそ
できることです。

今回は私が代表してお話しするということなのです。

ごくごく骨の部分だけ以下に貼り付けます。



精神疾患事案26例の分析
  土井法律事務所(仙台)

本分析の前提 ------------------------------------------------------
確信犯的な使い捨て企業ではない。
   悪意を持って追い込んだわけではない。
   上司が特異な人格破綻者ではない。
つまり、
普通の企業において、
普通の上司が
労働者を精神的に追い込む可能性についての考察
----------------------------------------------------------------------------

対象事件の条件 =============================================
労災認定や公務災害認定で精神疾患を認定された事案、あるいは、
精神科の治療を受けるに至った事案、ないしは
企業が精神疾患に罹患したこと、業務が原因で罹患したことを認めた事案精神疾患事案だと思われても、これらの条件を満たさない例は除いた。

1企業から見た過労死、精神疾患事案
2 結果としての自死、精神疾患
 
3 事例にみられる叱責の内容
 ================ 
1)効果のない叱責
2)大声の叱責
3)矛盾する指示
4)不平等、不公正な取り扱い
5)理由のない決めつけでの叱責
6)遂行不可能な指示
7)不利益の示唆を含む叱責
================

4 不適切な叱責が行われる職場の条件
  =========================== 
  小さな事業場(10人未満)
  上司と部下が1対1でコミュニケーションをすることが多い
  上司と部下の力の差が大きい
  上司の会社内の立場が弱い
  異質な人がいる
  長時間労働
  上司の行動が経営者から把握されづらい
  ===========================
 5 被害者のサイドで見る
1)被災者の属性
   年齢には無関係
   責任感が強く投げ出さず、能力が高いため言われたことをできてしまう。
 素直なのでやれと言われたらやらなくてはならないと感じる。
  家族は、働き方に対して口出しをしない。どうしても働けということもない。やめてもいいよというケースがある。
2)孤立感
 3)不可能感
   不可能な業務指示、矛盾した業務指示
   自分が当該上司から尊重されるようになることの不可能感
6 考察
    わざと辛く当たって発奮させるというのは、よほど信頼関係(自分のことを尊重しているという確信)がない限り、言葉を額面通りとる。「発奮させるため」ということは、第三者が客観的な評価をすれば、つらく当たる「口実」だと思われても仕方がない。
    対象労働者の環境、諸条件、経験年数、知識と与えられた仕事量にてらして、「当該労働者の状況を推測する」ということが欠けている。やらなければならないという会社の事情が優先されて、無理が通ってしまう。
    上司が自分の能力のなさを叱責でごまかしている。あるいは、自分の能力のなさに気が付いていない。能力とは、人を動かすちから、効果的な指示、困難を受け止める度量、上司に対して穏便に筋を通すノウハウ
7 対策1 何に注意するか
  過剰叱責が起きやすい職場にあることの自覚
  <上司の方へ>
 <経営者の方へ>
8 対策2 心構えないし点検方法
  <部下は>
  孤立していないか。
  不可能を強いられていないか。
  自分と上司ないし経営者が一つのグループになって、部下が、グループに敵対する存在だと感じていないか。
自分(たち)の足を引っ張る存在、
自分(たち)に不利益を与える存在、
自分(たち)を苦しめる存在
   ⇒ これが成立すると、本能的に部下は「敵だ」という意識になってしまう危険があります。その結果、過酷な叱責、人格否定の言動が起きてしまうようです。
     かわいそうだからやめようというパターンが成立しなくなります。
当該部下を仲間として考えるように意識する必要が生まれます。

9 人間関係論(メイヨー)の修正骨子
  人間は、自分が尊重される集団を仲間であると認識する。
  人間は、仲間だと思う集団のために本能的に働こうとする。
  自分が尊重されていると思わせる労務管理は、生産性を高める。
参考文献
 A 「コンサルタントはこうして組織をぐちゃぐちゃにする
    申し訳ない、御社をつぶしたのは私です。」カレン・フェラン
   大和書房
  
B 「モラル・ハラスメントが人も会社もダメにする」
   マリー=フランス・イルゴイエンヌ 紀伊國屋書店
  
  AとBを整合させて考えると、亜流コンサルタントはGE「ぽい」手法を提案するが、生産性向上をあげる部分(=人を大切にする部分)を除いて提案しているということになる。経営者は、短期的な売り上げに過度にこだわりをもたされ、厳しいか厳しくないかということに労務管理手法の選択基準をおいていると判断した亜流コンサルタントが「ニーズ」に適合する手法を提案していると考えると整合する。

 C 「労働時間の経済分析」山本勲 黒田祥子 日本経済新聞出版社
 D 「心的外傷と回復」ジュディス・L・ハーマン みすず書房
   

nice!(0)  コメント(0) 

「かわいそうだからやめる」ということがなぜできないのかの研究メモ [故事、ことわざ、熟語対人関係学]



最近、お話に行くときの肝で使うフレーズです。
パワハラでも、長時間労働でも、いじめでも、夫婦問題や虐待でも
結局
自分がしていることで、相手が苦しんでいる状態にあると気づいて
ああ、かわいそうだから、これ以上はやめようとか
これから自分がすることが相手を苦しめることなので、
やっぱりやめておこう
ということができない現象なのだと
そういうことを言っています。

かわいそうだからやめるということは
本来、人間のが自然と行う行動原理のはずです。
(本来というのは200万年くらい前のことです)
ところが、人間が所属する群れが複雑になってきたので、
この「本来」が通用しなくなってきたと
つまり環境の変化に適応できないために
こういう現象が起きているのだと考えています。

だから、かわいそうだからやめるようにしようという「人権教育」は、
もともとある人間の志向を際立たせるということなので、
案外理性的に効果を上げるだろうと
のんびり考えているわけです。

ところで、「かわいそうだからやめる」ということは
分析的に考える必要がありそうです。
つまり、言葉ではそれだけですけれど
意味を考えると、いくつかの言葉が省略されているということです。

だから、本当は、
「相手が苦しんでいることがわかりました。
 それは自分の行為によって相手を苦しめているようです。
 相手が苦しんでいると自分も苦しくなります。
 自分の苦しさを止める意味でも
 相手が苦しむ自分の行為をやめます。」
ということになるはずなのです。

これを要素に分けますと、
①相手の苦しみの認識(客観的評価)
②自分が相手を苦しめている(因果関係の把握)
③苦しんでいる相手がかわいそう
④自分も苦しくなる
⑤相手を苦しめている行為をやめる(行動)

という段階です。
これがどうしてできないのかについて考えてみます。

①の相手の苦しみを認識できない事情とは何か
通常は、相手の表情などを見て把握できるのですが、
メールやラインなどのインターネットの場合は
文字情報しか相手の情報がなく、顔も見えませんので
脅えていたり、泣いていたりという
実際の相手の表情が見えません。
インターネットの場合、そもそも①が把握できないということになり、
かわいそうだからやめるということができなくなる理由がありそうです。

この他に、似たようなケースですが、
相手がどこにいるかわからないけれど何らかの攻撃をする場合も
同様に「かわいそうだからやめる」という思考にはなりません。

相手が店員さんとかサービス業の人とか、
下請の業者の人とか、立場が弱くて
不愉快な表情をできない人に対しても
①が成立しなくなる可能性があります。

関連すると、相手は、苦しんでいないはずだ
という思い込みがある場合も、
①が成立しません。

他者を使って攻撃する場合も、
「攻撃するように」と命じるだけで
相手との矢面に立たない場合
上司だったり、親分だったり、いじめの首謀者だったり、
①が成立しません。

いじめの被害者は、いじめられるときに感情を隠蔽しますので、
①が成立しにくくなる傾向にあるようです。

ちょっとレベルが違う話ですが、
とにかく相手を見ない、見ないようにする場合も
①が成立しません。

ちょっとコメントすると
相手の感情を見ないから相手が苦しんでいるとわからなかった
というのはダメなんでしょうね。
「こういうことをすれば、相手は苦しむはずだ
 だからやめよう」
という発想が必要で、
学校のいじめや職場のパワハラ、セクハラでは
そういう論理で行かないと防止できないし、
ネット被害なんかもそうなのだろうと思います。

②自分の行為が相手を苦しめている
ということが分からない場合

よく言うことは、自分を守っている、仲間を守っている
という場合です。
相手が攻撃してきているのだから自分を守る
という無意識の行動をしている場合は、
相手が苦しんでいることも気が付きにくいですが、
相手が苦しんでいることに気がついても
相手が自分のしたことで苦しんでいると考えやすいようです。

自分自身が相手を苦しめている
という発想にならないようです。

防衛行為と似たような行為としては
正当行為、必要な行為だという意識がある場合、
簡単な例を出せば、勉強しない子どもを叱る場合、
親が「勉強しろ」とやかましく言うから子どもが苦しんでいると思わないで、
子どもが勉強しないで自分勝手に苦しんでいる
と思うようです。

パワハラの場合も
自分が過剰叱責をするから苦しんでいるのではなく、
親の育て方が悪い、性格が悪いから
会社でうまくやって行けずに苦しんでいる
と解釈してしまうようです。

相手が了解していることだと考える場合も②が成立しないようです。

また、自分の行為が相手に与える影響を正当に評価できない場合も
自分の行為のために苦しんでいるとはわからないでしょう。
多少苦しむかもしれないけれど
実は重い苦しみを与えているというケースはありそうです。

感じ方が人によって異なる
ということはわきまえておく必要がありそうです。

③と④
相手がかわいそうだと思って自分が苦しくなる
これは実は一つのことです。
共感とは、相手方の感情の追体験です。
苦しみの追体験なわけです。

相手が、例えば親が死んで悲しんでいる時に
自分も一緒に泣くということは、
自分の親が死んだような感情を持ってしまう
つまり悲しいということが共感の理論です。

相手が戦場にいて、命の危険があるという映画を見た場合も
自分も命の危険があるかのように
からだは生理的な反応をするようです。

もっとも、本人ではない場合は
その反応の強さにはずいぶん違いがあるので
プチ追体験みたいなものですね。

この共感が豊かに起きることこそ、人間を人間たらしめている事情です。
これができたので、逃げることも闘うことも劣る人間が
今まで生き延びてきたのだと思います。

この追体験ができない事情があると思います。
要するに人間性を喪失する事情です。

一番切ないのは、
自分が同様の苦しみを味わいつくしたので、
自分が同じことをされたとしても、
もはや苦しいとは思わない
という場合です。

また、自分の置かれている環境が厳しすぎて、
他者の苦しさに追体験する余裕がないという事情もあります。

相手と敵対している時に、相手に共感できない
ということも興味深い現象です。
同じ人間であっても、あるいは人間だからこそ、
一番の敵が人間だったという歴史があるようです。

基本的に人間は、人間を見ると味方だと思うようです。
しかし、相手から攻撃されてしまうと、
相手は、人間ではなく、クマやオオカミと同じように
「敵」ということになり、
仲間という感覚が生まれなくなります。
そうだとすると共感が起こらないようです。

但し、後に冷静になると、
記憶の中では人間という仲間を攻撃してしまった
ということになるようです。

問題は、というか、今考えていることは
人間は、敵だという意識がなくても
「共感を任意に拒絶できるのだろうか」
ということなのですが、この問題はここでは割愛しましょう。

最後⑤ 行動を停止することができない場合です。

相手に共感して、自分も苦しいけれど
戦争とか、上司のパワハラとか、
自分が行為をやめることによって、
今度は自分がもっと苦しい立場に立たされる
という場合も行動を停止できない場合なのでしょうね。



nice!(0)  コメント(0) 

自死に誘導する言葉に注意。苦しみを抱えたら苦しいと表現できることこそ必要。 [自死(自殺)・不明死、葛藤]

苦しい時は苦しいと言える仲間がいることこそ大切です。

地獄の苦しみを抱いて朗らかに生きているように見えても
それは無理してそうみせているのです。

仲間がいないのなら、適切な人とつながることができます。
例えば、みやぎの萩ネット―ワークという組織もありますが
http://miyaginohaginetwork.blog.fc2.com/
今日は別の問題をお話させてください。

ネットで最近鼻につく「名言」というのが出回っています。

「世の中には人には言えない苦しみや地獄を抱えた人もいる。
 それでもニコニコ朗らかに生きる強い人がいる。」

地獄を抱えた人が朗らかに生きているわけではありません。
無理してそうみせているのです。
なぜそんなことをするか
まじめで責任感が強く、人との和を大事にしすぎるからです。

例えば家族とか、友人とか
大切にしているから、
自分の置かれている状況を伝えて苦しませたくない。
そう無意識に行動しているだけです。

決してマネをしてはなりません。

朗らかに生きているふりをすることは
大変労力を使うそうです。

親と離れて暮らしている地獄を抱えている人が、
親の元に尋ねて行かなければならず行くときは、
親の前では、「何事もない」と言い
わざとはしゃいで見せたりするようです。

でも、親の家から帰ると
わざとはしゃいだことによって
ぐったりとして、2,3日寝込むと言います。


はしゃいでいるからと言って朗らかに生きているわけではないのです。

色々な人がいろいろなことを言うのは良いですが、
それが人類普遍の正しいことだと押し付けることは
大変危険なことです。

もともと他人に相談できない人が、
益々、誰にも相談できないようになり、
孤立していくことが大変心配です。

人の生き死にかかわることです。
私の考えでは、こういう無責任な言葉は極めて有害な
人を死に追いやる言葉だ
と警鐘を鳴らす必要を大いに感じています。

悪意のある言葉ではないことは重々分かっています。
しかし、だからこそ危険なのです。

地獄のように苦しいときに
朗らかにすることは誤りで
大変危険なことです。

苦しいときには苦しいと
辛いときには辛いと
いうことこそが理性的な行動です。

それを受け止めてくれる人を
粘り強く探しましょう。



nice!(0)  コメント(0) 

【お知らせ】 過労死等防止対策推進シンポジウム 仙台 やる気のある若者による生産性向上を実現する会社の作り方。浜田真理子さんのミニコンサート付き [労災事件]

平成30年11月13日火曜日2時から
エルパーク仙台(三越定禅寺通り館、旧141)
スタジオホールで
厚生労働省主催の
過労死等防止対策シンポジウムを開催します。

まだまだ余裕がありますが、
下記ページから予約していただくと確実です。

https://www.p-unique.co.jp/karoushiboushisympo/#area2-3

なんで私がこれをここで宣伝しているかというと
企画及びちょこっと出演をするからです。

ブラック企業対策仙台弁護団事務局長から
若者使い捨て企業とは何かというお話と
グリーンディスプレイ事件という事件の概要の説明があり、

遺族(お母さん)の訴えがあった後、
パネルディスカッションに入ります。
まず、事件を支援していたポッセの方のお話があります。

そうして話し合いに入っていくのですが、
テーマは普通の企業がブラックになってしまう要因と対策
ということになります。

老舗企業であっても、
若者に対する見方にはやや危険なところがあり、
世代が離れてしまうと、自分と違うところを持つ人の
良さということに気が付きにくいということがあるのでしょう。

社会保険労務士の先生から、そのような
企業の実態を報告いただきます。
同時に若者が起こした職場改革の実例にも言及していただき、

さらには、離職率0のために生産性が150%上がったという
奇跡の企業の紹介があります。

なぜ、一方で若者が追い込まれて
生産性が上がらず
皆が不幸になる企業がある一方、

低賃金なのにやる気のある労働者ばかりで
生産性が上がり
それなりの幸せを獲得している企業があるのか

その秘密について解き明かしていく予定です。

何よりもミニコンサートの紹介をしたかったのです。
これまで、遠野物語のあんべ光俊さん
翼の折れたエンジェル作詞作曲の高橋研さん
という信じられないアーチストのミニコンサートをしてきましたが、
今回は浜田真理子さんというシンガーソングライターの
ミニコンサートがあります。

とにかく歌がうまい。
私が言うことではないのですが、
音階の正確さが、延ばす音の一定感が
聞く方に心地よいのではないかと
にらんでいます。

熱狂的なファンが多いので、
余り余計なことは言わない方が身のためだと思いますが、
無料で生の浜田真理子さんを聞ける
ということを告知することも
身のためだということに気が付いて告知している次第です。

おそらく当日でもふらり来れると思うのですが、
先ほどの頁から申し込みをしていただくことが
確実だと思います。

ちなみに私は、浜田真理子さんのアルバムは
タウンガールブルースというのがとても好きです。






nice!(1)  コメント(0)